第45回 東日本大震災発生から1ヶ月

前回の収録から数日、3月11日に発生した大地震。その揺れから発生した津波による被害も甚大なものになった。今回の収録は、それからちょうど1ヶ月後に行なわれた。メンバーは地震とその被害、人々の姿に何を感じたのか。またこれから考えるべきことについて、トークを展開する。ノンストップで一本録り、大久保・ルノアール会議室にて。
(2011年4月11日収録)

参加メンバー
・赤木智弘
・粥川準二
・山下祐司
・武田徹

 

◆第45回を視聴

 

(以下、トークの概要を時系列で掲載します)

00:00〜 あの日の私たち:3月11日、何をしていた?
00:07〜 「正しく怖がれない人たち」を嘲笑するな
00:11〜 分断と、極端な振幅:「もっと怖がらなければ」「怖がり過ぎだ」
00:16〜 個人が取った危険回避行動について、何を言うのか?:非難は不安の現れ?
00:19〜 予防原則:個人的な予防原則、社会的な予防原則のコスト
00:21〜 流通させるための規制緩和が不安を増幅させる?
00:25〜 放射能のリスク:対応する『科学の領域』が狭く、すぐ『決断の世界』に入ってしまう
00:26〜 「安全安心」な社会を求めすぎると、それにそぐわないリスクや存在を許容できない
00:28〜 他者のために、自らがリスクを被ることができるだろうか
00:30〜 他者の(彼自身の)リスクを回避するための行動を非難できるだろうか

00:35〜 福島第一原発の「再臨界」はあったのか?「再臨界があったとしても、線量は変わっていない。では、いま何のために『再臨界論』を述べるのか?」
00:38〜 放射能問題に対する予防原則:「本当は危険でないのに、危険だと間違える」「本当は危険なのに、危険でないと間違える」
00:40〜 Twitter タイムラインとの距離感
00:44〜 現在明らかになっている死者、行方不明者数の多くは、津波によるもの:原子力発電所の問題が、他の問題へのまなざしを曇らせている
00:50〜 心情とリスクのあいだで:「リスク」と「コスト」では拭えないもの
00:55〜 節電:日本は電力を使いすぎていた?

01:00〜 地震による被害・影響は(被災地内において)公平に訪れたのか? それとも、再び(社会的・身体的・経済的……)弱者は不均衡のしわ寄せを受けたのだろうか?
01:03〜 平時に変えられなかったこと、ひとが、震災を機会に変わっていく
01:05〜 なぜ私たちは平時に変えることができなかったのか
01:09〜 「天災」を「人災」にしたもの
01:10〜 「原子力」を是としているもの:金銭的コストだけでは議論できない理由
01:13〜 「原子力だから」反対?「金銭的なコストが釣り合わないから」反対?  それだけの理由で、反対・廃止ができるだろうか?
01:15〜 発電方法ごとの発電コストとリスク、危険性の比較
01:19〜 原子力発電は「安心」ではないけれど「安全」……?
  (地震がありました)
01:22〜 低レベル放射線の影響
01:26〜 不平等をもたらさない予防原則への期待