有毒廃棄物で揺れるコートジボワール

--- 2006年10月07日

 僕の単行本デビュー作は、ビル・モイヤーズ編『有毒ゴミの国際ビジネス』(技術と人間、山口剛との共訳、1995年)という翻訳書である。この本は、アメリカのジャーナリスト団体「調査報道センター」が、先進工業諸国から第3世界への廃棄物輸出がビジネスとなっている現状を克明に記した作品で、テレビドキュメンタリーをもとにしたものらしい。そのことを知ってか知らずか、ある知人が、だだでさえ内戦で政情が不安定なコートジボワールで、同様の“事件”が起きていることを知らせてくれた。

 さっそく調べてみると、ことの発端は今年8月、オランダに本社を置く「トラフィギュラ」という会社が所有するタンカー「プロボ・コアラ号」が、アムステルダムの港で、汚水を捨てようとしたことらしい。『BBCニュース』2006年9月26日付は、その経緯を次のようにまとめている。

 トラフィギュラ社はまず、8月初め、アムステルダムの港で、メルカプタンmercaptanを含む、化学的に汚染された水を、そのタンカーのうち1つ、プロボ・コアラ号から投棄しようと試みた。
 しかし、その廃棄物を処理することになっていた会社は突然、その料金を劇的に値上げした。その廃棄物を処理するために40倍以上求めたという。
 トラフィギュラ社はそれを拒否し、タンカーはナイジェリアに向かった。そこで同船はその廃棄物を降ろそうと試みたが、またもや地元企業2社との契約を結ぶことに失敗した。 同社が認められるコストでその廃棄物を処理するための会社をようやく見つけられたのは、象牙海岸だけだった。
 8月19日、その廃棄物は商業都市アビジャン〔コートジボワールの首都〕の近くに投棄された。2週間後、最初の苦情が持ち上がった。
その廃棄物は、焼却されるはずだったのだが、その代わりに投棄されたのだ。

 コートジボワールでは、この“事件”によって反政府デモが起き、政権は退陣を余儀なくされた。少し日時を遡るが、『BBCニュース』2006年9月7日付では、ジェイムズ・コプナル記者が現地からその様子を詳しく伝えている。

 象牙海岸では、自分たちの政府を国家の絆であると考えている人々は数少ないようだが、彼らは、有毒廃棄物をめぐるスキャンダルで打ちのめされたようだ。
 この大量辞職は、この国では前例のないことである。
 それは与党と野党、市民社会とこの国の北側を支配する反乱者たちから成る、奇妙で脆弱な状況である。
 その状況は、内戦における戦闘の大部分を終わらせた、2003年のマルクシス平和協定the Marcoussis peace agreementの後にかたちづくられたものだが、しばしば、不自然で非効率的だと批判されてきた。
 このスキャンダルに対する政府ののろまな対応に対する怒りは、十分に現実的なものである。
 激怒した象牙海岸の人々、その多くは毒物の脅威から自分自身を守るためにマスクをかぶり、ここ数日に渡って、首都アビジャンの多くの通りを占拠した。
  「彼らは私たちをカネのために殺している」と読めるプラカードを抱えている者もいる。  別のものは「彼らは私たちの健康を売り渡した」。

牽制

 若者を中心とする抗議者たちは、ときにはタイヤに火を付け、高圧的な警察によって追い散らされたと不満を述べた。
 しかし、彼らのように熱狂している抗議者たちは限られており、政府を身震いさせるほどのスケールではない。とりわけ多くの危機に立ち向かってきた政府にとっては。
「私は喉の具合が悪く感じ、また頭痛がし、うまく呼吸できません」とアビジャンの住民は言う。
 有毒廃棄物の犠牲者たちに対応する特別班を設置した、ココディCocody大学付属病院では、そのムードは、怒りと恐れとのあいだで揺れた。
「私は病気です。私は近所のアコウエドAkouedoで毒に侵されました」とガイは言う。
「その匂いはとても強くて、ガスと金属をまぜたみたいです。私はぜんそくになり、気を失いました。これは人間性に対する犯罪です。彼らは小銭のために、この国の人々の命を売り払ったのです」と彼は言い、この国に雇われた人々は、その製品が有毒なものであると知りながら、目をつぶるようにカネをもらったのだ、という考えを述べた。
 これまで1500人以上の人々が治療を求め、3人が死んでいる。

自信のない医師

「私はとても怖いです」とエリクは言った。彼もまた多く者と同じく、政府が無料になると約束したにもかかわらず、その医療に金を払わなければならないことに不満を述べた。
 チャールズ・コナン・バニーCharles Konan Banny首相の政府が取った最後の行動は、廃棄物の影響を受けた人々を助けるための特別な基金を創設することだった。
 ある医師は自分や自分の同僚たちが有毒廃棄物の中身を完全には確信していないことを打ち明け、懸念する患者たちに、その廃棄物が放射性である場合には、ミルクを飲まないようアドバイスした。
 4人の子どもを連れた若い母親ポーリンPaulineは、もっとギョッとするアドバイスを受けた。
「その医師は私に処方箋をくれたのですが、本当の治療は引っ越すことだと私に話しました。私は〔毒物に〕侵された地域に住んでいます。しかし私には引っ越す余裕はありません。ならば私はどうすればいいのでしょうか」
 バニー首相の新政府はすぐにこの問題に取り組む必要があるだろう。
 しかし、このスキャンダルが引き起こした、熱狂的な非難の応酬----港湾局と交通省がお互いを非難し合っている----は、問題のいくらかは、国家の結束という統治の問題であることを示唆している。
 港は与党FPI党の手にあるのだが、交通大臣アナキイ・コベナAnaky Kobenaが野党を率いているのだ。
 こうした中傷には、根強い政治的含意があり、分断された政府を持つ国を動かすことの困難さが暗示されている。
 このことはバニー首相の新内閣では変わらないだろう。象牙海岸の厄介な和平プロセスが目立たなくなり、この有毒廃棄物スキャンダルが、象牙海岸の危機の解決がどれほど急用であるかをただ示しただけだとしても。

 当初、死者は3人と伝えられたのだが、現在では7人とも伝えられている。『BBCニュース』を時系列で追ってみよう。

〔無署名〕「フランス人、象牙海岸の廃棄物をめぐって逮捕」 『BBCニュース』2006年9月19日付 

 有毒廃棄物を象牙海岸に捨てた会社のフランス人幹部2人が、その汚染について起訴された、と当局は言った。
 オランダに本社を置く「トラフィギュラ・ビーエBV社 Trafigura Beheer BV 」は、「ショックを受けた」と言い、その2人は、7人の死人を出した廃棄物に侵された人々を助けるために出かけている、と述べた。
 トラフィギュラ社はつねに、象牙海岸の会社と当局に、その廃棄物を安全に処理するよう、カネを払い続けてきた。
 象牙海岸の政府は、このスキャンダルを放置してきた。
 複数の高官もまた処分され、8人のコートジボワール人が逮捕された。
 トラフィギュラ社のクロード・ドーファンClaude Dauphin社長と、その西アフリカ部長ジャン・ピエール・ヴァレンティーニJean-Pierre Valentiniは、汚染と有毒廃棄物法違反で起訴された、と法務省当局のアリ・イエオAli Yeoは言った。
 彼らは保護観察下に送還された。
 トラフィギュラ社は、この2人は当初、ただ証人として質問されただけで、警察当局が確認を拒否したと主張した。
 土曜日、彼らはヨーロッパ行きの飛行機に乗ろうとしたとき、同国から去ることを阻止された。
 彼は、当局の報告が象牙海岸の犯罪捜査部に送られ、この問題はいま彼らの手の中にある、と言った。
 土曜日には、象牙海岸の首都アビジャンの周囲の汚染された地域を浄化するための大仕事が始まった。
 ガソリンと水、腐食性洗浄剤の混合物を含む400トンもの廃棄物を11地域すべてから取り除くには、数週間かかるだろう。
 多くのコートジボワール人たちがいまも病院に行き、頭痛や下痢、呼吸の問題を訴えている。
 アビジャンにいるBBCのジェイムズ・コプナルは、有毒廃棄物すべてが解毒されるまでは、この都市の住民は怒り、恐れ続けるだろう、と言う。

マーチン・プラウト「象牙海岸の廃棄物は「毒物ではない」。」 『BBCニュース』2006年9月26日付 

 500トンもの廃棄物を象牙海岸に投棄した企業は、その産物が有毒であることを否定した。
 オランダに本社を置く「トラフィギュラ」社は、独自の調査によって、その化学汚泥は国際的な安全水準に適していることがわかった、と言った。
 7人が死に、4万人が吐き気や呼吸困難、鼻血のために病院で治療された。
 ロラフィギュラ社のフランス人幹部2人を含む10人が、この排出物とのかかわりで起訴されている。
 環境保護団体グリーンピースは、それに関与したタンカー「プロボ・コアラ号」をエストニアの港で阻止し、ヨーロッパによる調査を要求した。
〔中略〕
 同社は、それは本質的には危険ではないと主張しているのだが、それが含む化学物質の1つは刺激臭を放った。
 しかしトラフィギュラ社の社長エリク・ド・トゥルケイムEric de Turkheimは、この話が曝露されてから初めてのインタビューで、その廃棄物と、アビジャンの人々が被っている健康問題とのあいだのつながりを彼は除外できない、と言った。
「私たちは、その産物を使うために何らかの試みがなされたかどうかを知りません。それが何らかの毒性を持ちうるような、何らかの方法あるいは形式で〔その試みが〕行なわれたのかもわかりません」
 トラフィギュラ社は、アビジャンの誰かがその科学的に汚染された水を精製して、ガソリン含有物を再生させようとし、そのことが、何らかのかたちで、それを危険な廃棄物に変化させたのではないか、と疑っている。
 そうこうしているあいだにも、同社は象牙海岸に幹部を送り、浄化の手助けを申し出て、そして医療的な手助けを提供した。
 しかし幹部2人は象牙海岸〔コートジボワール〕当局に逮捕され、現在、その有毒廃棄物スキャンダルにおける疑惑のため、最高20年の投獄に直面している。

〔無署名〕「象牙海岸の「毒船」捜査」 『BBCニュース』2006年9月27日付 

 エストニアは、象牙海岸の環境スキャンダルのさなか、有毒廃棄物をその船上で発見した後、同船に対して犯罪捜査を開始した。
 パナマ船籍のタンカー「プロボ・コアラ号」は、エストニアのパルジスキ港に収容された。
 先月、アビジャンに輸送された廃棄物の結果、8人が死に、7万7700人が医療処置を求めた、と象牙海岸〔コートジボワール〕の当局は言った。
 オランダの運送企業「トラフィギュラ・ビーエBV」は、その荷が有毒であることを否定している。
 エストニアの捜査当局は犯罪捜査を開始し、同船の乗務員が汚水をパルジスキ港に許可なく廃棄しようとした疑いがある、と言っている。
 同船から得たサンプルの検査結果は「環境的に危険で、有毒な化学物質」の痕跡を示した、と捜査当局は声明のなかで述べた。
「プロボ・コアラ号は、その手続きが必要とする限り、パルジスキ港に居続けることになるだろう」と声明は述べた。

独自調査

 象牙海岸では、その化学廃棄物を調べている委員会を指揮する判事が、エストニアがその船を拘束するよう求めた。
 環境保護キャンペーン団体グリーンピースもまた、自分たちの船の1つでプロボ・コアラ号を阻止したのだが、その船が拘留されることを求めた。
 同船をチャーターしたオランダ企業「トラフィギュラ・ビーエBV」は、同社は、その廃棄物をめぐる状況についての独立調査を開始するだろう、と言っている。
 同社は、起きたことを究明することにかかわる機関すべてに協力することを約束した。
 プロボ・コアラ号は、8月19日、アビジャンに500トンもの廃棄物を投棄した。アビジャンは西アフリカの国家で最も大きな都市である。周辺地域はひどく汚染された。
 危機に対する政府ののろまな対応は、象牙海岸の人々を激怒させ、その結果、内閣は退陣を余儀なくされ、政府は入れ替わった。
 月曜日、この事件の議会審理において、3人の元政府高官が解任もしくは任務停止された。
 同国は、廃棄物によって汚染された11地域を安全にするための作業を開始している。

 以上、お気づきの通り、僕の情報源はすべて、イギリスの国営放送BBCである。人間という存在はマスメディアも含めて、自分から距離的に遠いものに対して想像力をめぐらすことがあまり得意ではない。だから日本の報道機関を責めはしない。僕だって、知人に教えてもらって初めて知ったのだ。しかしコートジボワールは、イギリスにとっても、決して近い国ではないはずである。06.10.7

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