ES細胞の有用性、安全性をめぐって(2)
--- 2006年11月11日
アメリカでは、中間選挙において幹細胞研究をめぐる議論がヒートアップしたようだが、イギリスのBBCニュースは、11月9日付、つまり中間選挙から2日後に、この問題を冷静に考えるためにヒントになりそうな情報を含む分析記事を載せている。
この記事のなかで、ある研究者は、幹細胞は薬剤スクリーニングのツールとして有用かもしれないと指摘している。このことは、幹細胞やクローニングの問題を考えるうえで、とても重要である。もしかしたら、拙著『クローン人間』(光文社新書)は、ほとんどすべて書き直されなければならないかもしれない。06.11.11
幹細胞----希望、それとも誇大宣伝?
Stem cells: Hope or hype?
レベッカ・モレル
健康記者、BBCニュース
最終更新:2006年11月9日、木曜日、グリニッジ標準時9時幹細胞をクリニックに持ち込むことは、医療における聖杯とみなされている。
ほかのどんな細胞にも変化する特別な能力を持つ、こうした細胞の注入は、パーキンソン病から糖尿病にいたる疾病の万能薬として見せびらかされてきた。
そして最近の進歩、たとえば心臓麻痺の患者が幹細胞を注入されることになった臨床試験や、盲目のマウスの視力を回復する可能性を示す研究などが、こうした希望が現実になりうることを示唆している。
しかしそれは本当なのだろうか。幹細胞の「カウボーイ」
私たちは、一部の幹細胞研究が動物モデルから臨床へと移っている段階にいる、とアン・マクラーレン教授は言う。彼女はケンブリッジ大学の発生生物学者である。
しかし、多くの進歩がある一方で、たくさんの誇大宣伝もある、と彼女は付け加える。
「また私は、幹細胞研究は絶対に過大宣伝されてはならない、と思っています。体性(大人もしくは胎児の)幹細胞でさえ、臨床に応用されるまでにはかなりの時間がかかるでしょうし、胚性幹細胞は10年かそれ以上かかるでしょう」
幹細胞を臨床に少しずつ近づけている試みのなかには、ほかのものよりも、かなり優れているものもある。実際のところ、幹細胞は、何年ものあいだ白血病のための骨髄移植に使われてきており、また、火傷の患者に移植する皮膚をつくるために幹細胞を使うこともまた、大きな成功をおさめてきた。
現在、目や軟骨、脊髄までも視野に入れている研究もまた前途有望である。
しかし、オックスフォード大学に属する幹細胞の専門家リチャード・ガードナー博士によれば、人々は「展望ばかり強調しており」、そして「まだ克服されるべき問題を明らかにしていません」。
「そしてそうこうしているあいだにも」と彼は言う。「幹細胞カウボーイをめぐる本当の懸念が存在します」
「うたがわしい細胞を、多発性硬化症のような疾病に苦しむ人々に注入することに何千ポンドもかける人々がいるし、出産しようとしているカップルを追いかけて、彼らの赤ちゃんの臍の緒の細胞を保存することに何千ポンドもかける人々がいます」
これは非倫理的なことだ、と彼は言う。というのは、そうした幹細胞が、それらが大人、胎児、胚のどれに由来するものであれ、身体のなかに入った時点で、どのように振る舞うかということについての根本的な問題があるからである。あまりに多すぎ、あまりに早い
アメリカのメルク研究所のフセイン・メフムット博士も同意する。
「私は、幹細胞移植が将来の治療法になるだろうと疑ってはいません。しかし私は、幹細胞の分化の基本的なメカニズムについて私たちはもっと注目しなければならない、と思います。幹細胞が、その幹細胞としての状態からもっと拘束された表現型へと姿を変える決断をどのように下すのか、ということです。
また私は、私たちの幹細胞が試験管や動物、患者のなかで行なうことを私たちがどのようにコントロールできるかについて、私たちが何でも十分に知っているとは思いません。
私は、私たちはそれを知っているとはとてもいえない思いますし、幹細胞を手当たり次第に患者に貼り付け始めることは好ましくないと思います」
しかし、幹細胞移植の進歩が望まれているよりもずっと不満足なものであるらしい一方で、この分野は、ほかの----もっと「青い空」の----研究分野において急成長している。
スティーブン・ポラード博士は、ケンブリッジ大学にある「ウェルカム・トラスト幹細胞研究センター」の研究者であり、脳の幹細胞を研究している。
彼は次のように言う。「脳の幹細胞については、それらが移植における修復機構として使われるという、患者の希望を叶えることは、とても非現実的でしょう。しかし、それらが行なおうとしていることは、疾病の基礎生物学を理解するためのとても有用なツールになるのです」限りなき手段
たとえば運動ニューロン疾患など、特定の疾患について、動物もしくはヒトから幹細胞をつくることによって、科学者たちは、細胞がほかの種類の細胞へと変化するとき、そのなかで何が起きているかを見ることができる。そのプロセスにおける特性をすべて追い、それらが発生し、成長するとき、起きていることを見るのだ。
そしてある疾患のメカニズムを理解することは、その処置、さらには治療の可能性への洞察を与えるカギになりうるのだ。
ポラード博士はまた、幹細胞は、薬剤スクリーニングdrug screeningにとても有用なものになりそうだと予測する。
ヒトの神経物質への限りなき手段を持つことは、薬剤をスクリーニングする機会をもたらす。私たちがどのようにして細胞の振る舞いに働きかけ、毒性やそうした物事を検査できるかを考察するために、である。
彼は、幹細胞の基礎生物学についての知識はがんの研究において重要になるだろうと付け加えた。
「私は、それはサクセス・ストーリーになる可能性の高いものの1つだろうと思います。
脳腫瘍や乳がんなど、多くの腫瘍については、がん幹細胞と呼びうる腫瘍のなかに、細胞の亜母集団sub-populationがある場合があるようです。だからそれらを理解し、それらに焦点を定めることは、とても重要な分野なのです」「非現実的な期待」
だからゆっくりではあるが確実に、幹細胞研究は進歩しており、科学者たちは、それが実際にエキサイティングで展望のある分野であることに同意している。
しかし、そもそもこうした大きな進歩は、そうした特別な細胞がどのように働くかを理解することのなかに存在するようだ。それらがどのようにコントロールされ、利用されうるかを解決し、それらを、それらがクリニックにおいて永住の地を見つけるより先に、私たちの基礎生物学を探究するために使うのだ。
ガードナー教授は次のように言う。「私は、この分野の誰もが遺伝子治療を推進していた30年前に起きたことを、とても気にかけています。この分野はずっともたついており、大きな成果は、まだ本当に何もないのです。私はすでに、幹細胞分野には、利益に固執する人々のあいだに非現実的な期待が生じていることについて深刻な懸念があると思っています。可能かもしれないことに注目することは重要ですが、同時に、把握しておかなくてはいけない、厄介な技術的な問題にもいくらかは注目することもまた重要です」Story from BBC NEWS:
http://news.bbc.co.uk/go/pr/fr/-/2/hi/health/6127772.stmPublished: 2006/11/09 09:00:38 GMT
追記;
少し古い情報だが、昨年9月、ES細胞を培養し続けると染色体異常が起きることがあると報告されたこともある。日本の新聞サイトの記事はすべてリンク切れしているようだが、『ニューサイエンティスト』同年9月5日付の記事と、『ユーレカアラート』同年9月4日付の記事が残っていたので、自分用のメモとしてここにリンクしておく。なお元ネタは『ネイチャー・ジェネティクス』。

