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2005年11月30日
 ■ 勝谷誠彦(笑)

例の、広島県の幼女殺人事件で、ペルー人の男性が逮捕されたそうです。(もちろん、ただの逮捕であって、決して犯人確定ではないことは明記しておく。特に外国人はこういう時に立場が弱いので、実刑が確定したとしても、真相は不明だろう)
 さっそく2ちゃんねるは、お得意の外国人バッシングに走っています。外国人参政権などの問題を持ち出して暴れるもようです。
 外国人参政権を推進するようなBlogをお持ちの方々は、荒らしに備えて厳重な戸締まり(コメント欄閉鎖)、もしくはアクセスログなどのチェックを怠らないようにしてください。
 以上、2ちゃんねる天気予報でした。

 あと、一昨日取り上げた自称ジャーナリストの勝谷誠彦先生はどうするんですかね? 盟友である大谷“フィギュア萌え族”昭宏と同じで、バックレ?
 いえいえ、ホモかっちゃんだけではなく、一連のマスコミ報道においても、明らかにオタクを犯人像の念頭に置いていたことは、疑いようがなくて、勝谷はその空気に乗っかっただけに過ぎません。もっとも空気を読んでしまった時点で、勝谷はジャーナリストとして完全に失格なんですけどね。

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2005年11月28日
 ■ 次期総理候補だとか言ってるアホー太郎……じゃなかった、麻生太郎がやっちゃった(笑)

「見出し」にする必要性のない細かい記述コーナー(ブログとの整合性を考えるのも大変だ)
・小泉がまた相撲の土俵で叫んでた(笑)。土俵の真ん中で売国を叫(ry
・西村レイパーの件に関しては、個人的にどうでもいいです。

次期総理候補だとか言ってるアホー太郎……じゃなかった、麻生太郎がやっちゃった(笑)
 Yahoo!ニュース掲載の共同の記事

「靖国批判は中韓だけ」 麻生外相がけん制

 麻生太郎外相は26日午後、金沢市内で講演し、小泉純一郎首相の靖国神社参拝によってアジアで日本が孤立しているとの指摘に対し「靖国の話をするのは世界で中国と韓国だけ。ほかから言われたことはほとんどない」と、中韓両国の批判をけん制した。
 その上で「日本が孤立しているとか、好かれていないとか、どうでもいいことは気にしなくていい」と述べた。
 また麻生氏は「今は(世界各地で)人種、地域、宗教でいろんな争いが起きている。日本は一国家、一文明、一文化圏で、そういう国はあまりない」とも述べた。
(共同通信) - 11月26日19時42分更新

 あちゃー。
 しかし、次期総理候補が片やパチンコ韓国利権で、片や今さらこんな時代遅れなことを言う極右ですか……。まさに小泉政権は池沼の集まりですね。

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 ■ 勝谷誠彦もやっちゃった(笑)

勝谷誠彦もやっちゃった(笑)
 「フィギュア萌え族(仮)犯行説問題ブログ版・サブカル叩き報道を追う」より

西脇「現場周辺では10月と11月の始め頃に、不審者の目撃情報があって、小学校が連絡網で各家庭に知らせていた。ま、そう言った事実も報じられているんですけどね。」
勝谷「あんまりそちらに僕、引っ張られない方が良いと思いますね。これねかなりねぇ、心理的に見ると、まるでね子供をフィギュアの様に扱ってますよね。人形の様に。人形性愛って言うか嗜好のね、あるようなタイプで、それでホント箱に入れて自分でパッケージしちゃって自分のものにするっていう精神構造が見られる。それと大谷さん徒歩とおっしゃったけど、僕はもしそのクルマの事を考えるんであれば、小型のワンボックスカーですか、ですね。あの細い道を、出入りできて、なおかつ、それがねぇ、トランクだと結構キツイですよ。かなり大きさありますね。この大きさは。」

 あちゃー。
 また「フィギュア萌え族」ですよ。つか、フィギュア萌え族は大切なフィギュアをダンボールに無造作に突っ込んで外に放置なんかしないだろうと。
 勝谷は今日の朝、「ゴールド免許は10年とか更新しなくていい(これは間違い、最長5年)、これは危険だから反射神経とかを検査して、免許書を取り上げろ」なんて言ってたけど、犯人像を勝手に創造し、差別的発言を行う勝谷からもジャーナリストの冠を取り上げるべきだ。とっととグルメリポーターに戻りやがれ。
 しかし、この事件の犯人が近所の主婦とかだったら、マスコミ各社はどうするんだろうね。途端に報道も沈静化ですかね。

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 ■ 児童虐待を本当に根絶するために。

児童虐待を本当に根絶するために。
 以前、私もネタ的に取り上げた「このバナー広告」
 このバナー広告に対する見事な批判をしているサイトがあった。
 なるほど、病気でアザができやすい体質というのがあるのか。

 そもそも広告というのは、物事を一方向からだけシンボリックに伝える側面があり、だからこそ作成には慎重である必要がある。
 このバナー広告の場合は、アザをフューチャーしているし、またこのような痕跡は虐待の証拠として採用しやすい。さりとて、このような病気の事例もあるのであって、虐待を断定することはできない。
 また、肉体的な虐待だけではなく、精神的な虐待というのもあるだろう。
 先日、例の奈良県の小林薫の事件が1周年ということで、特集が組まれていたが、あの地区では今だに親が付き添いで集団登校しているのだという。確かに親の心配を解消するためには必要なのだろうが、子供にとってはどうなのだろうか?
 殺人という、極めて特殊で確率の低い危機のために、自身の自由が親の管理下に置かれることに対して、子供は納得しているのだろうか?
 私には子供に対する過剰な危機意識というものが、子供に対する精神的虐待(管理監視)を容認しているように見える。

 虐待の本質を考えた場合、それは親が親であるがゆえに自然に持ってしまう強権。その強権をむやみに行使することが虐待といえる。また、親というタームもカッコに入れてしまえば、強者の論理こそが虐待を生み出すと言える。
 その点で、このバナー広告は、マスメディアの強権を自覚無しに振りかざしているのであり、このサイト主のような人たちに対する虐待を行っているともいえる。

 だが、やはり「ならばどのように虐待を防ぐのか」ということになると、アザなどの身体的外傷を目安にするしかないというのが、はがゆいところ。
 たとえば、上記サイトの内容の多くは納得できるし、同感なのだが、唯一「虐待を受けている子どもが、こういうふうに穏やかにニコニコしている、つうのか。」という部分だけは違うと思う。虐待を受ける子供を表情で判別するのは不可能である。子供は自身が虐待にさらされていても、それを伝える術を知らないし、表情などいくらでもつくる事ができる。だからこそ、身体的外傷が重要な目安とされる。だが、目安は目安であって、実質ではないという堂々巡り。
 結局、もっとも根本的な解決法は、子供の人権を明確なものとし、子供が虐待を受けていれば、親を訴えても当然というコンセンサスと、それを行った場合の生活保証を行うことであって、決して近所の人間に対する親の監視の要請だけでは解決できないし、今回とりあげたような偏見を伴ってしまう。

 けれども現在の日本はそれとは全く逆方向、社会は親に子供の管理責任を重く負担させ、親は子供への監視を強める方向に進んでいる。
 これではいつまでたっても、虐待は無くならない。

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2005年11月25日
 ■ 業務連絡(笑)

業務連絡(笑)
 メインコンテンツに「なぜ左翼は若者が自分たちの味方になるなどと、馬鹿面下げて思っているのか」を追加しました。
 自分の立場も踏まえての、へたれウヨク理解のための文章です。彼らがなぜ小泉政権を支持するのかということを、簡潔に説明する予定です。

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2005年11月23日
 ■ 「ストレイ・ドッグ」にあまりに強烈な記事があった。

「ストレイ・ドッグ」にあまりに強烈な記事があった。

タミフルの国家備蓄も米ブッシュの意向!?

 最近の鳥インフルエンザ不安の中で、さも特効薬であるかのように喧伝される「タミフル」であるが、これが実は「感染から48時間以内」に服用しないと、効果が期待できないのだという。

 鳥インフルエンザの潜伏期間が3~7日だというから、発病してからタミフルを服用したところで、ほとんど無意味といえる。

 そして、そんな無意味な薬を大手マスコミが喧伝する理由は何かと言えば、この薬の開発企業の大株主がラムズフェルドだからという事らしい。

 ふーん、なるほど。ハリバートンと同じことか……



 そして、この記事にトラックバックを張っている「非国際人養成講座」を読んだら、さらにすごいことが指摘されていた。

 なんと、タミフルの副作用で「日本で16歳以下の小児12人が死亡していた」のだという。

 そしてこの薬、アメリカでは19歳以下の約87万人が服用しているが、日本ではなんとその10倍以上、16歳以下で約1,160万人が服用しているという。



 この件の本記事を見ると、タミフルはインフルエンザの猛威とセットで売り込まれていることが分かる。

 そういわれれば、確かに数年前から、インフルエンザの特効薬としてタミフルの備蓄を煽る報道が相次いでいたことを思い出す。タミフルは2001年に保険適用になっており、普及の妨げとなる障害は一切ない。

 そして、安易なタミフル投与の結果、12人の子供の命が失われた……



 副島隆彦はこれを「日本国民への、特に子供たちへの、計画的な人体実験」だという。私も同感だ。



 現在、広島でダンボールに少女の変死体が見つかったということで、ニュースが大々的に報道している。

 マスコミとしては「また、子供が被害者になった事件で、ロリコン男の犯人を映し出して大もうけ」といったところか。

 しかし、タミフルでは、12人の子供の命が失われている。しかも国家的な方策でタミフルを備蓄、服用させればさらなる被害の拡大は必然といえる。にもかかわらず、この件を大々的に扱おうというTV局があるだろうか?

 タミフル拡大の方策は、マスコミが政府の言われるがままにたれ流してきた方策である。その罪を考えれば、マスコミはこの件をはっきりと報道し、自らの罪を清算するしかないのではないだろうか。



 「あの連中」は、どうせテロ国家の鬼畜だし、黄色いサルを人間だとは思っていないだろう。しかし、日本人が日本人同志で他者を人間と思わず、悪質な人体実験に利用するなど言語道断だ。

 テロ組織の手下に成り下がり、改革という言葉をぶん回す売国奴と、その売国奴のケツを舐めるマスコミ連中。

 絶対にこいつらの口車に乗って、子供を使った悪辣な人体実験を続けてはならない。

続きを読む "「ストレイ・ドッグ」にあまりに強烈な記事があった。"

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2005年11月22日
 ■ 本当にあった! エイベックスへの脅迫!!

本当にあった! エイベックスへの脅迫!!
 チャンネルボーイ(この表現、気に入った)達が必死に「エイベックスの自作自演」「赤坂署に被害届は出ていない」などとしてきたエイベックスへの脅迫書き込みですが、逮捕者が出ました

 つか、エイベックスの自作自演説を形成したひろゆきは、名誉毀損かなんかに問われないのか?

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 ■ ゼロトレランスではなくゼロサムトレランス

ゼロトレランスではなくゼロサムトレランス

 掲示板での件に関して

[918] 頭部の運転手 投稿者:無名し 投稿日:2005/11/19(Sat) 18:13

>その座り込んだ事と全く同じ理由で運転室のレバーやボタンを
>いじりかねない。

この論理展開、現実的じゃないと思いますよ。
たしかに100%いじらないとはいいませんよ。
でも、親がいじらせませんって。
3歳くらいの子供でしょ。そんなもん、親の運転手だって力ずくでいじらせないでしょ。
中に入れたのは「いじることは阻止できるから」という前提だと思うんだけど(私は運転手本人じゃないから推測ですが)。

 まず、規則としては「乗務員室に関係者以外をみだりに立ち入らせてはいけない」ということです。
 ですから、力ずくでいじらせないと言うなら、そもそも乗務員室に立ち入った時点で力ずくで排除するべきでした。立ち入り自体を阻止できていないのですから、同じ理由でボタンやレバーをいじることを阻止できないでしょう。
 現実に安全か否かではなくて、基準としての立ち入りとレバーやボタンの操作は等価です。
 この安全レベルは東武本社の明確な基準であって、運転手が決定できる基準ではありません。また、この基準を徹底したところで、運転手の仕事に支障が出ることはなかったはずです。その点で、竹の塚の警備員はあまりにも可哀想ですが、件の運転手への解雇という対応は決して厳しすぎる処分であるとは思えません。

 で、もちろんわざわざ日記の方に持ってきたからには、これだけの反論が本題ではありません。
 こちらからお聞きしたいのですが、質問された名無しさんは、その安全基準を「腕力」に置いています。つまり「力ずくで触ることを阻止できる」ならば安全とおっしゃるわけです。
 ならば、もしこれが「若い運転手が、彼女を乗務員室に入れた」ならば、どうお考えでしょうか? もちろん状況としては、彼女が泣きながら乗務員室のドアを叩いたので、運転手がドアを開けて、そこに彼女が座り込んだと考えます。彼女は背丈も小さく、いかにも非力に見える。という設定をつけ足してもいいです。

 ……さて、どうでしょう?
 この運転手が解雇されたとして、それに対してあなたは異議をとなえるでしょうか?
 今回の件で異議を唱える人の中で、一体どのくらいの人が若い運転手にも同じ感情を持つでしょうか?

 そうですね。ほとんど同じ感情は持たず、異議を唱える人はほとんどいないはずです。問題はここにあります。
 ところで、私の日記ではここしばらく「ゼロトレランス社会」の話題を出しています。ゼロトレランス社会に反対の姿勢を示しているのに、この件に関してのみ運転手への厳しい処分を容認するのはおかしいのではないか。そんな反応があってもおかしくはありません。
 けれども、決して反ゼロトレランスとは、責任を放棄し、人々を甘やかすことではありません。
 重要なのは社会的に妥当であると思われる判断が、人種や地位によって揺り動かされることなく、しっかりと行われることです。

 「暗いニュースリンク」さんに時折掲載されるゼロトレランス教育の悲惨な実態ですが、(以下、掲示板への過去の投稿からコピペ)

ペンシルベニア州:小学4年の10歳少女、「ハサミを所持していた」容疑で逮捕


詩の授業で得られた厳しい教訓:政府を批判しなければ、言論は自由
イラク戦争と、ブッシュ政権の落ちこぼれゼロ教育政策を非難する内容の詩を朗読して詩の授業と詩の朗読クラブが永久に閉鎖


反ブッシュ写真の現像をウォルマートに持ち込んだ高校生、店員に密告されシークレットサービスから尋問

 特に真ん中の「詩の授業で得られた厳しい教訓:政府を批判しなければ、言論は自由」を見れば分かるように、ゼロトレランスは寛容さを被支配者から取り上げたその一方で、支配者に「サムトレランス(多大な寛容)」を与えます。つまりゼロトレランスは「ゼロサムトレランス(ゲーム)」なんですね。ゼロトレランスを推進する人間は、自分が決してトレランスを取り上げられる側に回らないことを見越して推進しているのです。
 だから、「子供」という非可逆的な生体的弱者に対するゼロトレランスが真っ先に叫ばれるのです。その次が当然、性差やエスニシティーであることは、言うまでもないでしょう。

 運転手の件に戻って考えましょう。
 私はこの件に同情的な意見が集まったのは、運転手が「一家の主」、すなわち「好ましいマジョリティー」であるという要因が極めて強いのではないかと考えています。
 そして、この人たちが同時に好ましくないマイノリティーに対しても寛容であるという保証は無く、逆に苛烈に責任を押しつける人たちであると考えています。すくなくとも今回の件が、イラクの人質達に対して自己責任を連呼した国で起ったということは、ハッキリ把握しておくべきです。

 最後に、2ちゃんねるで発見した、こんな書き込みで締めたいと思います。

16 名前:名無しさん@6周年 メール: 投稿日:2005/11/18(金) 01:54:56 ID:LyF5sQoN0
踏切事故の処分見送り+警察への非協力で批判され、
末端運転士の規則違反に毅然とした態度で挑んで批判され、

ってか東武は空気が読めてないと見る。

 私は、この書き込みに、すごい恐怖を感じました。
 あなたはどうですか?

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2005年11月19日
 ■ 「MOTHER 3」キテターーーーー!!

「MOTHER 3」キテターーーーー!!
 でも、音楽はK1じゃないんだよな。まぁ、GBAだから買うと思うけど。

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 ■ エディー・ゲレロ死去

エディー・ゲレロ死去
 WWEトップレスラー、まさかの死去。まだ38歳なのに……。
 ちなみにまだ生きている時のスマックダウンの放送が、日本ではあと2回ぐらい(J SPORTSのWWE番組はおおよそ3週間遅れ)残っています……。その間はきっと実況スレは哀しい実況になるんだろうな……。
 J SPORTSの追悼ページにリンク張っときます。

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 ■ ステーキ、実は「成型肉」…「フォルクス」に排除命令

ステーキ、実は「成型肉」…「フォルクス」に排除命令(Yahoo/読売)

 ちょっとまて、いつの間に「ステーキ=一枚肉」という定義が出来上がったんだ? 俺はそんな定義を聞いたことがないぞ。なら「ハンバーグステーキ」はどうなるんだ? ハンバーグが一枚肉なわけがあるまいに。
 ステーキの定義として妥当なものは「肉を焼いたもの」程度のものではないか。どうにしろステーキという言葉に「一枚肉」という意味があると考えている人がいるということを知ったのは、まさにこのニュースを聞いたのが始めてだ。
 どうにせよ、この排除命令はいささか強引過ぎる。TVでは公取委の人がアナウンサーに「どのような表現を使えば妥当なんですか?」との主旨の事を聞かれて「それはお店で考えてもらうしか」などと言っていた。その他の妥当な言葉がないのであれば、表現として「ステーキ」という言葉を使う必要性は十分にあるのだから、それを批判する権限など公取委にはないはずだ。なのに「公取委がそう言った」=「御上がそう言ったから」と、平気で「偽ステーキ」などと言いたれる連中いるってのがなんとも……

 先日は「規範の暴走」という文章を書いたけど、今回のニュースはその規範自体が事後に作られてしまうということを証明したといえる。

 つか、要はアメリカ牛肉輸入再会に対する露払いって事でしょ。安くて安全な成型肉より、安くて危険なアメリカ牛を使えと。日本の御上はどこまで売国すれば気がすむんだか……

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2005年11月15日
 ■ 寄贈の餌、自宅に持ち帰る 札幌の円山動物園職員

寄贈の餌、自宅に持ち帰る 札幌の円山動物園職員

 「暴走する規範」。このニュースを聞いて、こんな言葉が真っ先に思いついた。

 そもそも、スーパーの寄贈とやらも、どうも火災後のゴミ処理費用を浮かすためにしか思えない。
 餌としての寄贈なら、受け取る時点で動物の餌とならない米は辞退すれば良かったのだろうが、やはり市の施設としては、そう邪険にすることもできないというのが本音だろう。
 今回問題になったケースを含め、スーパーの火災という点から、複数のケースを考えてみる。

1、スーパーですべてをゴミとして処分する。(スーパーに高いゴミ処理費用が発生)
2、動物の餌となる野菜などのみを動物園に寄贈し、米はスーパーで処分する。(スーパーに安いゴミ処理費用が発生)
3、動物の餌として送られたのだからと、野菜などは動物に与えて、使えない米は動物園でゴミとして処分する。(動物園に安いゴミ処理費用が発生)
4、動物の餌として送られたので、野菜などは動物に与えて、使えない米は職員で分ける。(ゴミ処理費用なし)

 誰がどう見たって、4が誰も損をしない、もっとも妥当な処理方法であることは明らかだろう。なのに市はこれを処分するという。
 そして、先日も書いたように、このようなゼロトレランス社会(これについては、教育問題などを踏まえて後日書きます)を要求しているのは我々一般市民である。

 つか、この程度がさも汚職であるかのごとく糾弾されるんなら、ホワイトバンドがバカバカしいほどに糾弾されるのは、納得といえば納得だ……

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2005年11月13日
 ■ 運転室に息子入れクビ…「厳しい」と抗議430件

運転室に息子入れクビ…「厳しい」と抗議430件(Yahoo!News/読売)
 なんだね、この「家族」という構成単位に対する社会の甘さは。若者などに対する、異様なまでの厳しさと正反対だ。
 私はこの処分は極めて妥当なものだと思う。子供がドンドンドアを叩いて、開けて怒ったらその場に座り込んだのだと言うが、その座り込んだ事と全く同じ理由で運転室のレバーやボタンをいじりかねない。まさにその瞬間、運転手は乗客すべてを生命の危機に陥れたのだ。

 もっとも、今回書きたいことは、別に「厳しく責任を追及しろ! 甘やかすな!!」なんて話ではない。
 この事件は「東武鉄道」で起きた。東武といえば思い出すのは今年3月にあった、竹の塚での踏み切り事故である。今回の事態を知った幹部の頭の中にはこの事件が思い起こされたであろう。今回の厳格な処分も、そう考えれば十分に納得が行く。
 けれども、けれどもだ。それは本当に「乗客を守るための処分」なのか? 東武電鉄の威信や、幹部たちの社会的地位を脅かしたがための処分ではないのか?今回の事故はともかく、竹の塚の件に関して業務上過失致死を問われた警備員は、組織の論理に貶められた被害者だとしか思えない。そしてそのことが今回の処分にも繋がっているのだから、そういう意味でこの運転手にも同情の余地はある。

 少なくとも表層上は、解雇や減給といった各種処分は、本人が社会に対する責任を取るという意味合いでなされている。現実には上記で書いたような理由であるとしても。しかし、本当にその「責任」とやらは妥当なのか? もちろんそんなことはない。
 責任を取らされる必然性があるのは、やはり現場でさまざまな「ブレ」に対応しなければならない下っ端の職員であり、本社ビルでふんぞり返って予定されたスケジュールを淡々とこなしていればいいトップの人間は、そうそう責任を取らされる事故に合うことはない。
 もちろん能力がないがために、会社の利益を害した時には責任を取らされるが、彼らのような高給取りが会社を追われたところで、これからは今までの貯金を使って慎ましく生活すればいいだけの事である。ましてやこの手の事故が起きた時の減給処分なら「今年の海外旅行は中止するか」程度の意味合いしかない。その一方で、現場の薄給社員やアルバイトの人間は、食いぶちそのものを奪われ社会的生存の危機にすら瀕する。

 こうした、「責任の不平等」はどうして発生するのかといえば、私はこれを「被害者優位の罰則処理思想」にあるのではないかと考えている。つまり「罰」というものが加害者に対しての加罰ではなく、被害者関係者に対する癒しを目的としたものとなっている現状である。
 たとえば、何らかの事故で子供が死んでしまったとして、そのことを加害者に対する加罰で処理するなら、金持ちからは多額の賠償金(分かりやすく、金1つにまとめているが、実際は謝罪や加害者に対する加罰などの総体的な満足度の大小であることに注意)をとれるが、貧乏人からは大した金額をとることができない。これでは子供は殺され損だし、家族には不満がのこる。
 そこで、罰を被害者本位にすることによって、子供の生命の価値を(高値)固定化し、被害者不満の解決を先に計る。その結果、金持ちと貧乏人で罪に対する責任の重さに過大な偏りが発生する。

 その結果、何が起こるかといえば、現場の人間ができうるかぎり加害者になることを回避しようとするようになる。
 一瞬、「それは安全管理のためには良いのではないか」と思えるかも知れないが、それは決して安全基準の順守ではなく、責任からの逃避という姿になって表出する。要は、安全というものを構成員全体で確保していこうという理想的な姿とはほど遠い、各自が責任から逃避し、逃げ切れなかったひとり(えてしてそれは最下層の人間だ)にすべてを押しつけるという恥ずべき姿を表す。
 さらに言えば、本来守るべき安全基準だって、本社の人間による自己保身的な安全基準であって、それが現場で現実に実施できるものであるかという問題もある。竹の塚の事故では、安全基準の結果、全く人が通行できない踏み切りになってしまったからこそ、現場の警備員はその基準を破らざるをえなかった。

 最初の運転手の話に戻るが、この問題は決して「東武鉄道の処分が厳しいか否か」などという問題ではない。
 我々の過剰な安全志向が、現場の人間=弱い立場の人間に、過剰な罰を押しつけてしまうという、現在の社会システムそのものが有する問題である。

#なんか、「処分が厳しい!!」などと抗議をする人間に限って、同じ口で「少年犯罪の厳罰化を急げ!」とか「怪しい外国人はどんどん取り締まれ!」などと言っていそうな気がするんだよなぁ。

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2005年11月09日
 ■ ついつい、全部一気に読んでしまった。JR6社を使った最長片道きっぷ旅の記録。

ついつい、全部一気に読んでしまった。JR6社を使った最長片道きっぷ旅の記録。「PROJECT LOP」

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 ■ 本田美奈子(本当は改名して「本田美奈子.」らしい)って、その死がそんなに大々的に報じられるような芸能人だったか?

本田美奈子(本当は改名して「本田美奈子.」らしい)って、その死がそんなに大々的に報じられるような芸能人だったか?
 俺が本田美奈子っていって思いつくのは、太平サブローシローのシローが腹を出して「マリリ~ン」ってひょうきん族でやってた映像だけですわ。

 よっぽど他にニュースがないのか? フランスでの暴動を報じたくないのか? 他に隠すべきニュースがあるのか? さぁどれだ。

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 ■ 報じたくないニュースの1つは、こんなニュースか?

報じたくないニュースの1つは、こんなニュースか?
 「暗いニュースリンク」より、「イラク駐留米軍はファルージャで化学兵器を使った」イタリア国営放送がドキュメンタリーで証拠ビデオを放映

 アメリカこそがテロ国家だ!! そして、アメリカに金を提供する日本もテロ国家であり、我々こそがテロリストだ!!
 爆笑問題の大田光が、TVブロスの連載に、「テロリストの目的は、秩序を破壊することであり、9.11テロをちゃんと「事件」として裁かずに、「戦争」という安直で非秩序的な手段に出たことこそが、まさにテロに屈したということだ」と書いていた。そして、テロに屈した我々は、ブッシュや小泉が批判した「大量破壊兵器」や「化学兵器」を平気で使用するテロリストになってしまった。
 テロとの戦いだというなら、自らを罰しなければならない。自らを罰し世界に秩序を取り戻すことこそが、本当のテロとの戦いである。

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 ■ 天木直人、細木数子の小泉擁護発言について考察する

天木直人、細木数子の小泉擁護発言について考察する
 島倉千代子を陥れた詐欺疑惑等々、細木の黒い人脈はどれだけ広大なのか。

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 ■ 天木直人でもうひとつ。

天木直人でもうひとつ。
 石原慎太郎。牛肉の輸入再会や郵政民営化が決定してから、アメリカの耳に届かない程度にこっそりと威勢のいい一言(藁
 いまさら「年次改革要望書」の話かよ!! 1年以上話題が遅れてるよ慎太郎君。

 ちなみに、アメリカの命令である「改革」(小泉のいう改革の真の意味はこれ)がどのように進んでいるのかは、日米規制改革及び競争政策イニシアティブ・4年目の報告書などをご覧ください。
外務省、日米経済関連文書のサイトより)

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2005年11月08日
 ■ ブラザーズ・グリム

「ブラザーズ・グリム」見てきた。(ネタバレありまくり注意)
 映画なんかめったに見ないんだけど、たまたま早く目が覚めて時間が余っていたのと、近くにできた映画館に一回も行っていなかったことと、その映画館のメンズディで1,000円だったことと、伊集院がラジオでテリー・ギリアムにインタビューしていたことが重なったという理由で。

 で、感想なんですが、ファンタジーというモノを感覚的に理解できている人間には、普通に楽しめる作品。でした。
 いや、ここが問題で日本に「ファンタジーというモノを感覚的に理解できている人間」なんて、そうそういないんですよ。指輪物語を桃太郎のように読んできた人たちと、ロードオブリングなんて映画ができて、ようやくその存在に気付く日本人では、致命的に差がありすぎます。
 実際、ブラザーズ・グリムの映画評をいくつか見ましたが、本当に「分かっていない」意見しか書いてありませんでした。まぁ「分かる」というのもおかしいけれども。
 なんか、この作品をテリー・ギリアムだから、なにか難しいものなんだろう。自分がこの作品を素直に楽しめなかったのは、難しいことを理解できていないからだろうなんて、偏屈に考える人が多いようですが、俺から見ればこの映画は単純で純粋なファンタジーです。
 後半の展開を「ご都合主義」と見た人もいるようですが、ファンタジーはいつだってご都合主義的なのです。つまりは、桃太郎に誰も「犬サルキジがきびだんごをあげただけで、桃太郎に付いてくるのがおかしいだろ?」なんて疑問を挟まないのと同様、王子様のキスでお姫様が目覚めるのも、最後がハッピーエンドで終るのも、それがファンタジーのお約束だからです。
 「お話しは、めでたしめでたしで終るのがお約束」と言ったのは、指輪物語のサムでした。それ以降、ファンタジーは「めでたしめでたし」で終わるのがお約束になったのです。

 この映画にはファンタジーのお約束的要素がつまっています。つか、ファンタジーのお約束と、テリー・ギリアムのギャグという2つの要素しかありません。
 オカルトを餌に金を稼ぐペテン師であるグリム兄弟は、主人公が英知を持った愚者であるというお約束ですし、子供が皿割れるというのもお約束。森は畏怖の場であり、バケモノの住処というのもお約束ですし、敵は魔女で、その手下がワーウルフ(人狼)。そしてなりよりファンタジーというのは怖いものだというのが、もっともお約束的でしょう。
 ただ、ここでテリー・ギリアムのオリジナリティーあふれる部分は、お約束を過剰に積み重ねる(台詞で言わせるまでに)ことによって、それを猛烈に意識せざるを得ないという作品になっているということ。これが日本人にとっては不可解なのでしょう。
 だけれども、これを「時代劇パロディー」だと理解すると、その意味が理解できるのではないでしょうか? お約束をお約束のまま、消化していくことは、その展開が身体に染みついていればいるほど、お約束は良質なギャグとなります。たとえば水戸黄門の印篭というのは、それがお約束であると同時に、その途端に命がけでチャンバラしていた相手が突然土下座をするという、爽快感のあるギャグになっているのです。

 結局、ブラザーズ・グリムは、「ファンタジー作品」なのではなく、「ファンタジー精神でつくられた作品」なのです。
 そして同時に、テリー・ギリアムのファンタジーに対する愛情の表明なのです。
 だって、最後に森から生還した4人と11人の子供たち、そして村人たちは、みんなファンタジーを心から信じたのですから。

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2005年11月05日
 ■ 「きんも~っ☆事件」の分析を更新しました。少しだけ。

「きんも~っ☆事件」の分析を更新しました。少しだけ。

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 ■ みのもんたの朝ズバッ!に、長野サリン事件の河野さんが出ていた。

みのもんたの朝ズバッ!に、長野サリン事件の河野さんが出ていた。
 内容は、麻原の娘たちにインタビューという、いまのマスコミの中ではかなり突っ込んだ(といっても、このレベル)ものであったが、みのがひたすら「麻原をとっとと死刑にしろ」と言っていたのがみっともなかった。もっとも、そういうふうに必要以上に視聴者の心情に感情移入するのがみのの「芸風」なので、別にみのを批判する気はないんだけど。
 河野さんはいつものように「日本は法治国家なのだから、法手続きは厳格に守れ」と冷静に言う。
 しかし、みの(=多くの視聴者)は河野さんを目の前にしつつ、みののような死刑論を適用した場合、河野さんはとっくに死刑にされて、この世にいなかったであろう事なんて、想像できてないんだろうな。そして死刑を要求したのがマスコミであるということもね。

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 ■ ワンダと巨像クリアした。ファーストクリアまで9時間強。

ワンダと巨像クリアした。ファーストクリアまで9時間強。
 面白かった。
 ……えーと、特に細かいことはないです。
 無理に書こうとすれば、巨像以外のフィールドに工夫が欲しかったとか、全体的にボリュームが足りないぐらいのことは書けますが、そのことにイチャモンつけ以外の意味はないでしょう。
 このゲームは、巨像を下から見あげた時の絶望感と、登っていく時の期待感。そして弱点を刺しながら巨像を上から見下げる時の達成感がすべてでしょう。BGMもそのためだけに作られているし。
 その他の感想は、ファーストインプレッションで書いたとおり。

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