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2006年06月28日
 ■ ボクシング業界のジレンマ

日本がいなくなり、マスコミの馬鹿騒ぎも終ったので、ようやくワールドカップが楽しく見られるようになった。
 あと、7月1日からはツール・ド・フランスも始まるので、ますますスポーツから目が離せません。

掲示板のワタリさんへのレスを考え中。
 格差社会と平等観念についてのお話しになりますね。

ちょっと惚けていると、時間はあっという間に過ぎてしまうのですね。
 で、被害者が表に出すぎのへんな誘拐事件とかありまして、もちろん犯罪被害者が沈黙せねばならない理由もありませんが、女性が誘拐されればもちろん「レイプされたのでは?」などという邪推もありますから、あんまり出たがらないのが普通だと思うのですが……。
 というか、劇場型犯罪ってのはよくあるけど、劇場型被害者ってのははじめて見た。
 ……いや、拉致被害者とか殺人被害遺族とかも最近はそうだなぁ。
 皆が「私は被害者! 私は被害者!」と喚き立てる時代に、本当の被害者の声はどこに掻き消えてしまうのでしょうか?

興毅批判許さん具志堅ジムと絶縁
 ボクシングファンの友人に聞きましたが、やはり亀田3兄弟については難しいところだそうで。
 つまり、人気は抜群なんだけど、じゃあ本当に世界に挑戦できるだけの実力があるかというと、それは無理があると。
 ボクシング業界には畑山以降、人気のあるボクサーってのが完全に途絶えていた状態なので、まさに砂漠が水を飲み込むように亀田の人気を受け入れてしまっているけど、じゃあいざ亀田の実力が露呈してしまえば、いままで以上にボクシングの地盤が沈下することもあり得るわけで。

 で、この件について、私は「具志堅はボクシング業界のつっかえ棒」になるべく、こうした発言をしたのではないかと思いますよ。
 もしこれで、亀田が世界を征すれば、それは「具志堅の見る目がなかった」ということで具志堅がボクシング界から離れればいいし、逆に亀田が世界を取れなかったとしても「具志堅はちゃんと実力を見極めていた。ボクシング業界は人気に踊るような人間ばかりではない」ということを後から言うことができる。
 そういう意味で、自らを危険に晒してまで具志堅はボクシング業界を守ろうとしたのでしょう。といったら、少々具志堅を持ち上げ過ぎですかねぇ。

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2006年06月21日
 ■ 不敬の輩 伊藤良一

ドイツのサッカー祭りとかはどうでもいいんだけど、ツール・ド・スイスではドイツの英雄、デブ……じゃなくて、ピザ……じゃなくて、ヤン・ウルリッヒが優勝。サッカーのほうも3連勝らしいし、ドイツは大騒ぎだね。
 「ドイツで流れているらしいおもしろCM」テラヒドスwww。ウルリッヒはドイツ国民に愛されてるなぁ。

仮に北朝鮮がミサイルを仮に準備しているとして、北朝鮮の誤算は、日本とアメリカのリーダーが、北朝鮮以上に国民の命など屁ほども思っていないことだろう。
 だから、恫喝が恫喝にならない。むしろ撃って国民の数千人も死んでくれたほうが、堂々と戦争ができて嬉しいくらい(笑)。麻生ちゃんなんか、あんなに嬉しそうじゃん。

起立せぬ親と来賓調査 君が代
 はらわたが煮えくり返る思いなのはこっちだ!!
 伊藤良一とやらは、いったい何様のつもりだ!!
 天皇陛下は「強制してはならない」とおっしゃった。にもかかわらず、強制するならそれは不敬だ!!
 陛下を讃美する歌をうたいながら、陛下のご威光に背く二枚舌!!
 保護者や来賓の方々においては、このような不敬の輩を許さぬためにも「着席」を貫き、子供たちに規範を示していただきたい。

 おまけ。
 埼玉県のサイト内にある「市町村教育委員会」の名簿

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2006年06月17日
 ■ 『グロテスクな教養』高田里恵子(ちくま新書) その1

成城トランスカレッジより。

 千葉県管理教育の経験談シリーズ by ふぇみにすとの雑感@シカゴ
 「70年代千葉県管理教育と日の丸・君が代」
 「千葉管理教育その2:業間体育、掃除、給食」
 「千葉管理教育その3:「男女同室着替え」編」
 「千葉管理教育その4:体育編」
 「千葉管理教育その5:小学校体罰編」
 「千葉管理教育シリーズその6:密告文化と暴力、管理」

 「子供を教育する」と息巻くことがどれだけバカバカしくて有害な空回りなのか。ということがよく分かりますね。

『グロテスクな教養』高田里恵子 ちくま新書539 1周目読了。

 自分にとってまったく未知なジャンルのため、とりあえず2回読むつもり。で、今回はその1周目の感想。

 結局、教養主義“論”(と論をカッコにいれるのは、教養主義そのものというよりも、肯定するにせよ否定するにせよ、教養主義を巡る言説こそが教養主義のグロテスクさを際だたせているからだけれども)というのは、すなわち「東京の中産階級層の青春を巡る青臭い議論」に他ならないのだなぁ。と読みました。
 それが上品過ぎるなら、「我々はこれほどまでに実存というものに悩んでいるのだから、幸福になる権利があるはずだ」。
 もっと下品にして「悩むことが権力や女を手に入れる免罪符なのだ」。ぐらいまで言えるのではないかと。

 ただ、こうした教養主義論について明確にしておくべきなのは、それがあくまでも「東京の中産階級レベルの学生」の話に過ぎないということです。
 結局、『学問のすすめ』にせよ、『資本主義宣言』にせよ、『君たちはどう生きるか』にせよ、「本を読む」ことでしかなかった教養主義の生存域は、本を買い求められて、なおかつ悩むような時間のある学生という範囲に限られたのです。
 ある意味でこれは日本人の学習感と同じもので、学習は学生までで終了して、後は社会の歯車になって学習しないのが当たり絵前というものです。だから「教養」を学んだ元学生たちは、

 いまでは、たんなる外交官、たんなる医者、たんなる高級官僚、たんなる幹部社員、たんなる東大教師

 になってしまう。「モラトリアムの季節が終わり……」みたいなやつですね。
 だけれどもそれは最初っから「学生というモラトリアムの期間が明確に明示され、その範疇で悩むという歯車的行動なのではないか?」とも言えるわけです。
 つまり、中産階級が「自分たちは自分たちの人生を勝ち取ったんだ」という方便のために教養主義を翼賛しているけれども、そのことになんの意味のないのではないか? とも思えます。

 そしてそんなよくわからない「教養主義」が、確実に崩壊するのが「一億総中流社会」という潮流です。
 それまでは「知的エリート」という身分のおかげで教養主義に片足をつっこみ、人生に悩んだフリをできていたのが、圧倒的な経済成長によって、労働者層までもが、その権限を得てしまうのです。
 下品に言えば、東大(と、そこに至るエリート校)の専売特許であった教養(という利権)が、早慶上智やMARCHに流出して行くわけです。
 そして、「悩むことが権力や女を手に入れる免罪符なのだ」という下品な教養主義は、「金を持っているから権力や女を手に入れていいのだ」という、もっと下品な資本の論理によって、完全に押し流されてしまうのです。そして東大の貧乏学生は、私立大の金持ち学生においしいところを全部持って行かれてしまいます。これが「教養の失墜」です。

 こうした感覚で教養というものを眺めた時に、それが我々が一般的に使う用語としての「教養」というイメージからまったくかけ離れたものになっていることが、確認できます。

 「それを確認した」というのが、1周目の感想です。
 もう少し書きたい気分はありますが、それは2周目の感想に取っておきましょう。

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2006年06月15日
 ■ こんなやつが記者って……

アップは16日になってしまいましたが、昨日書いたものをアップし忘れたということで、日付は15日扱いで。

GYAOでムーンライダーズを見よう。
 出演が3組中、一番最後で、1組あたり45分。15分ごとに1分程度のCM(飛ばせない)が入るので、ライダーズを見るのは結構面倒だけど、無料でたっぷり楽しめるので是非。

“程度の低い”毎日新聞のメイドカフェ記事

 まず、メイドカフェに毎日新聞の女性記者が行く意味が分からない。
 そもそも現在のメイドカフェというのは、メイドカフェが好きな属性のためにカスタマイズされた業務形態であり、そこにワケのわからぬ一般人が入ったって、楽しめるわけがない。
 もちろん、入った結果、新しい癖を見つけることはできるかもしれないが、それは個人的な経験であり、記事として客観的な地平をもって論じられるものではない。
 ならばどうしたって「大人の判断」として、メイドカフェという状況を批難するしか無くなってしまう。そして、この記事に関して言えば、批難をするためにメイドカフェに入っているとしか考えようがない。ならばこの記事の目的は最初っからマイノリティーバッシングであったと断言できるだろう。

 店を出た男性客(23)に取材した。埼玉から週1回程度、近くのアニメ専門店に来て本を買い、この店で休んでいく。彼は「店員がやさしいから通っている」と答えた。
 「お気に入りの人はいますか?」と聞くと、即座に2人の名前をあげた。アニメ本に熱中していたはずなのに、いつメードさんを見ていたのだろう。
 後日、メードカフェ常連に聞くと「チラ見」という言葉があるそうだ。自分の世界に没入しているようで、しっかり女性を観察している。
 彼らにとって、メードさんはアイドルのような存在だ。本物より身近なところが魅力なのだろうが、私はまたまた、う〜んと考え込んだ。

 この記者は普通の喫茶店を利用したことがないのだろうか? この後に「料金は、安い店でコーヒー400円ぐらいから。全体に割高だ」という記述があるので、喫茶店と言われてもドトールとかスタバみたいな店しか思いつかないであろうことが伺い知れる。
 古くからの「喫茶店」というのは「客がコーヒー一杯頼んで、本などを読みながら長居する店」であり、喫茶店のサービスというのは「のんびりできる空気」を演出することである。だから不味いコーヒーが高かろうと、それはコーヒー代ではなくショバ代なのだから、なにもおかしなことはない。
 そういう意味で、古くからある老舗の喫茶店と、昨今のメイドカフェは実は同一線上にある。
 だから、店員に対する好みも「単純にかわいい」とかそういうことではなくて、メイドカフェであるという空気感を上手に演出できるという意味での「好み、お気に入り」なのである。だから「アイドルのような存在」とはちょっと違う。この記者と同じようにそこを勘違いした秋元康が「AKB48」というユニットを作って活動させているが、ヲタク界隈では大して話題にはなっていない。(もちろん、昔ながらのアイドルオタクは食いついているけれど、それは秋元の狙いとは別のモノだろう)

メードさんだって、今どきの女の子。接客は「演じている面がある」という人も多く、結構クールだ。

 などと、真実を指摘しているつもりなのだろうが、客にしてみればそんなことは今さら言われることでも何でもない。「お化け屋敷のお化けは、全部作り物ですよ」という指摘に意味がないのと同じことだ。

ある店では、指名したメードさんが席に来て握ってくれるおにぎり2個に、写真撮影付きで1500円。ぎこちない手つきは学園祭の模擬店のようでほほえましいが、おにぎりは「雪合戦の玉か」と思う出来だった。

 だから、それも演出。メイドさんが握ってくれるおにぎりは、丸と相場が決まってる。
 メイドは基本的には「ドジっ娘で一生懸命属性」とオタクには認識されているので、わざとぎこちない手つきで時間をかけて、形の不揃いなおにぎりをつくるという、従業員の凄まじいテクニックなのですよ。
 お客さんは、メイドさんの柔らかい手に何度も包まれた、指の形がわずかに残るおにぎりを食べて至福を感じるのです。逆にパッパと三角形のおにぎりを作られたんじゃ、そこに1500円の価値はないのですよ。
 つか、お前が「演じている面」とやらに騙されてんじゃん。

数百円でご主人様になれるメードカフェの流行を、私は喜べない。幻想に守られた“家”で、飲み物を混ぜてくれるメードさんをうっとり眺める男性客に「いい若い者が大丈夫か」と胸ぐらを揺さぶってやりたい気持ちがわきあがってくるのだった。

 マイノリティーバッシングで記者気どりなマスメディアの凋落を、私は喜べない。エリート幻想に守られた“会社”で、刷り上がった誌面をうっとりと眺める亀田早苗に「頭大丈夫か」と胸ぐらを揺さぶってやりたい気持ちがわきあがってくるのだった。

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2006年06月14日
 ■ “格差問題”問題

『太田光の私が総理大臣になったら』、「ニート対策禁止法案」
 爆笑問題は、1990年に太田プロから独立した。
 しかし、そのために仕事を干され、田中はコンビニでバイト。太田は奥さんに食わせてもらっていた時代があった。
 前に「石田衣良」のところで書いたけど、バブル崩壊前の裕福なフリーターやニートは、現在のフリーターやニートの現状を、自分たちの経験から考えてしまうところがある。しかし、かつての「適当にやってても金が稼げ、いくらでも仕事を選べた」フリーターやニートと、現在の「仕事を選べず、正社員に近いレベルの仕事を押しつけられる。もちろん時給は安い」フリーターやニートとは、まったく別の存在なのです。
 結局、我々はバブル以前のフリーターやニートのいいかげんなイメージを押しつけられ、さらにはその当事者にまで批難される。つまり二重の意味で彼らに苦しめられているのです。


 ここから雑談。

 太田はビートたけしになりたいんだろうなぁ。
 太田は確実に、たけしのシニカルな態度を真似している。
 たけしのシニカルさというのは、かつて精強を誇りながら、既に弱り切った旧来左翼イデオロギーという記憶を逆手に取るものであって、強い記憶があればこそ、反左翼的なことをちらっと呟くだけでシニカル足り得た。
 しかし、現代では既に左翼が精強であった記憶などなく、たけしレベルのシニカルさを演じようとすれば、それは自ずと声高で高圧的なものになってしまう。
 ましてや、右傾化傾向の強い現在において、たけしと同じ立場をとれば、それはシニカルにはならない。

 かつて人気絶頂を誇ったビートたけしのオールナイトニッポンが放送されてた頃、何らかの原因でたけしが出られなくなって、その代役として、当時太田プロ所属だった爆笑問題が出演して、太田は同じ太田プロの若手だった浅草キッドに対して「ざまーみろ! バカクサキッド」などと罵倒したことがある。それだけ嬉しくて舞い上がったんだろう。
 しかし、太田はもう若手じゃない。そういうことをしても許される立場だった時代は終った。
 TVというマスメディアを利用できる特権階級なら、それに対する自制が必要なのだ。俺もかつては爆笑問題のファンだったのだから、せめて失望させないで欲しい。


 上記記事からトラックバックを辿ってみる。

「ニートってどうよ。」
 「正社員層」にコメントしてみた。反応待ち。

「ニートの話」
 本当はこういう企業を労基がガンガン指導して、労働者からの搾取をやめさせなければならないのです。言うなれば就職界の「都1」
 労基はこれを放置し、正社員層はそういう現実を直視しない。直視すれば自分たちの取り分が減らされるからね。

日銀総裁の村上Fへの資金拠出、問題ない=小泉首相
 ずーっと言っているが、格差問題のクリティカルな点は、「富裕層が金を儲けること」ではなく「人間としての尊厳を確立することのできない貧困層が生まれている」ことである。
 こう書くと「貧困層は富裕層に略取されている」という簡単な構図(古くさい「ブルジョアジー VS プロレタリアート」という考え方)を思い浮かべてしまう場合が多いのだが、それは全くの間違いだ。

 簡単に解説する。
 もし日本が100人の村だったら、と、どこかで聞いたような屁理屈で、日本経済を適当にモデル化してみる。
 1人の富裕層が5000万を得、69人の正社員層が500万。そして、30人の貧困層が100万を得ているとしよう。
 このとき社会における給料の総額は42500万。これを100で割ると、一人頭425万である。つまり、貧困層が325万を奪われている状況である。
 しかし、その犯人を富裕層に求めれば、おかしなことになる。
 富裕層と貧困層を平等にするために、31人で平等に均等割りしても、8000*31=約258万にしかならない。まだ正社員層と貧困層の間には2倍弱の格差が存在することになる。
 一方で、正社員層と貧困層の99人で均等割りすると、(500*69 + 100*30) / 99 =約378万になる。しかもこれならば正社員層の所得も減るのだから、貧困層が貧困では無くなる。
 私が指向する社会は、貧困が消滅する後者であって、貧困の存続を許す前者ではない。だから富裕層の逸脱など問題ではないと言っているのだ。

 まぁ、上記のモデルはかなり適当なので信じなくていい。
 けれども、少なくとも経済成長を当然のものとしてその意味を考えもせず、低成長に切り替わればそれをさも貧困層のせいだと言わんばかりの正社員層の罪を糾弾し、正すことが必要だ。貧困の撲滅はそこから始まる。

 世の中は富裕層と正社員層の間でばかり格差を論じたがる。
 そしてジャーナリズムは無理矢理「富裕層の悪」という嗜好品を庶民(=正社員層)という名の略奪犯のために絶え間なく提供し、「貧困層の発生」というクリティカルな問題から目を逸らし続ける。
 その根っこは、不審者というミニマムリスクばかりに注視し、親や交通事故といった根源的なリスク要因を無視する子供の安全論議と同じものである。

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2006年06月10日
 ■ 格差問題を考える基礎中の基礎 予告

後藤さんの所に丸橋賢からの回答が帰ってきたよ。
 一言でいうなら、「丸橋賢はヘタレ」。
 結局、「公平で影響力のある公共の場」に本を出版しながら、抗議されると「抗議される性質のものではない」と高速ダッシュで逃避。それじゃ単なる出しっ放しでしょ。ひょっとして「本が出た」時点で公平性が確保されていると思っているのか?
 そして最後には「若者は立派だと評価されるような若者をそだてていただくことを、日本民族の将来のために心から祈念し、期待申し上げます。」だって。
 お前が真っ先に立派になれよ! ヘタレにそんなこと言われたくないよねぇ(苦笑)。

 丸橋賢 様へ
 年寄りは立派だと評価されるように、必要十分な「責任」をとっていただくことを、日本民族の将来のために心から祈念し、期待申し上げます。

また「アインシュタインの予言」に文句つけてるよ^^
 朝日新聞に文句を言ってみたはいいものの、証拠を提示できずに2ちゃんねるからも見捨てられるウヨ厨テラワロス。
 つか、お前が国会図書館で調べて来いよ。コピーサービスもあるから。

掲示板に投稿していただいたスレを見ていて思ったのは「やっぱり格差問題に関する基礎中の基礎をほとんど理解していないんだなぁ」ということ。
 いわゆる「現実的な脅威である格差問題」と「ただの庶民の愚痴としての格差問題」の優先順位が転倒しているからこそ、私の保守左翼批判がまったく理解されないのでしょう。

 というわけで、メインコンテンツの第8弾として「格差問題を考える基礎中の基礎」を準備中。古本屋で『希望格差社会』が安く手に入りしだいスタート予定。
 今後はこれと、先に予告した「テレビゲーム有害論」の作成に注力しよう。それと下流社会はどうしようかなぁ。反響もないけど、放置するのも嫌なので、とっとと終らせようかなぁ。

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2006年06月09日
 ■ 村上を叩ければ何でもいいという民度

太田府知事、村上容疑者に“物言った”

「“村上何やんねん”という気持ちを持つ大阪の庶民が、金で買えないものがあると教えた」「お金で何でも買えるという風潮にも大阪府民が警鐘を鳴らした」と発言。阪神ファンとしても知られる太田知事は、村上氏に不快感を示していたファンの声を代弁するような形で、独特の分析をしてみせた。

 ……はぁ?
 株は株式市場で売っているモノやろが。それを「金で買えない」とはどういうこっちゃ。サッパリ意味がワカランチ会長。
 ついでに「<村上ファンド>安く買って高く売る、周到な計画性が鮮明に」に至っては、記事ですらない。なんの問題提起もない小学生以下の作文。せめて「株主配当率の低さ」という、株式が投資ではなく投機になってしまう元凶批判でもしたらどうなんだい。
 かつて堀江貴文が「金で買えないものはない」という有名な台詞と同時に、「カネで買えないものは、差別につながる。血筋、家柄、毛並み。世界で唯一、カネだけが無色透明で、フェアな基準ではないか」と言っていた。
 そうした点で、こうしたマーケットに乗った株券というのは「ファアな基準」であるべきだし、そうでなければ自由経済は否定される。

 一方で、人間の尊厳や、労働価値など、そのまま単純に金に換算してはいけない基準を平気で金に換算している現状がある。
 今回の事件だって、「阪神は(よくわからないけど)守るべきだ」と思うと同時に、「公園のブルーテントの住民は邪魔だから、とっとと追い出せ」という考えが同居している人は少なくないのではないだろうか。

 フェアであるべきものがフェアではなく、フェアであってはならないものがフェアという名の無情に晒される。こうした「ネオコンネオリベ」とも一風違う、自分勝手な市民感情をどのように論じ、どのように是正していけるのか。見通しは暗いと言わざるをえない。

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2006年06月05日
 ■ 連れ去られて殺されるより、事故で殺された方がマシ

水死女児の母逮捕=豪憲君、死体遺棄の疑い−2軒隣、全容解明へ・秋田県警
 この事件もどうやら「親の子殺し」事件になりそうです。

消えつつある黄色いランドセル 旧今市市の小学校

 ポカーン……
 こうしたテレビで放送される連れ去りや殺人事件よりも、自動車事故の方がはるかに多いわけで、車からの視認性が良い黄色いカバーは、子供の安全を真に守るために必須の装備です。
 また、反射材のカバーに変えた小学校もあるといいますが、記事中の通り、反射材では夜にしか役に立ちません。小学1年生の登下校は日の高いうちですから、まったく意味がありません。

 結局のところ、こうした感情的で馬鹿げた声を取り上げる学校やそれを支持する親は、子供の安全よりも自分たちの責任問題になるのが嫌なのでしょう。
 連れ去りは学校の責任問題になりかねずマスコミ対応等にも追われますが、事故だったらそんなこともなくてラクですからね。たとえ同じ「子供が死ぬ」という結果であってもね。

村上世彰逮捕。
 地検は神にでもなったつもりか!!

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2006年06月03日
 ■ 預けが9万枚超えた

村上世彰から事情聴取って、もう日本はどうしようもないな。
 国が「儲けてもいい」と認めている人間以外が儲けようとすれば、こうやって潰すんだろ。本当にバカみたいだ。

総務省から官製spamがやってくる。
 間違ってToとかCCで送信したりしたら笑うんだが。

メダルゲームが絶好調ですよ。
ゴールデンフェニックス9984枚
 ゴールデンフェニックス。ハイローラーお約束の9984枚での振り切り。
 つか、写真取るの忘れたけど、当日一番熱かったのは、メインでフェニックス絵柄×2、7×1の時に、飛んでくれた事だったりする。

ウィニングトンネルジョーカーポーカー7488枚
 こっちもお約束。トンネル3倍から7488枚、振り切り。期待してなかったけど、叩いてみるもんだなぁ。

 あと、ボーナススピンZ ツインジョーカーで、2倍フリーゲーム中にジョーカー3つぞろいが出て、ちっちゃくガッツポーズをした。
 ところが、メダル枚数が全くのびなくて、どうしたのかと思ったら、なんだよトップラインたったの30倍かよ!! 20枚ベットでプレイしていたので、30*2*20でたったの1200枚、トップラインのくせに。ハーフダブルでそのまま終了。
 この機種でどうやったら勝てるのかがサッパリ分からないよママン。

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2006年06月01日
 ■ 共作の証明

誠一さん、僕のあの良心、どうしたんでせうね?
ええ、若かったころ、画家として歩んだみちで、
谷底へ落としたあの良心ですよ。

誠一さん、あれは心地いい良心でしたよ。
僕はあのときずいぶんくやしかった、
だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。

誠一さん、あのとき、スギさんがいましたっけね。
使い古したパレットに絵の具に染まった筆をもった。
そして拾はうとして、ずいぶん骨折ってくれましたっけね。
けれど、とうとう駄目だった、
なにしろ深い業で、それに欲が
谷底を覆いつくしていたんですもの。

誠一さん、ほんとにあの良心どうなったでせう?
そのとき傍らに咲いていた夢は
もうとうに枯れ果てたでせうね、そして、
晩年には、業の霧があの丘をこめ、
あの良心の下で毎晩昔の私が泣いてたかもしれませんよ。

誠一さん、そして、きっと今頃は、今夜あたりは、
あの谷間に、静かに雪がつもっているでせう、
昔、光輝いていた、あの伊太利亜のアトリエと、
カンバスに僕が書いた
Y.Wという頭文字を
埋めるように、静かに、寂しく。

#勢いだけで書いたので、出来が悪くてもキニシナイ

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