《 “格差問題”問題 | メイン | 『グロテスクな教養』高田里恵子(ちくま新書) その1 》

2006年06月15日

 ■ こんなやつが記者って……

アップは16日になってしまいましたが、昨日書いたものをアップし忘れたということで、日付は15日扱いで。

GYAOでムーンライダーズを見よう。
 出演が3組中、一番最後で、1組あたり45分。15分ごとに1分程度のCM(飛ばせない)が入るので、ライダーズを見るのは結構面倒だけど、無料でたっぷり楽しめるので是非。

“程度の低い”毎日新聞のメイドカフェ記事

 まず、メイドカフェに毎日新聞の女性記者が行く意味が分からない。
 そもそも現在のメイドカフェというのは、メイドカフェが好きな属性のためにカスタマイズされた業務形態であり、そこにワケのわからぬ一般人が入ったって、楽しめるわけがない。
 もちろん、入った結果、新しい癖を見つけることはできるかもしれないが、それは個人的な経験であり、記事として客観的な地平をもって論じられるものではない。
 ならばどうしたって「大人の判断」として、メイドカフェという状況を批難するしか無くなってしまう。そして、この記事に関して言えば、批難をするためにメイドカフェに入っているとしか考えようがない。ならばこの記事の目的は最初っからマイノリティーバッシングであったと断言できるだろう。

 店を出た男性客(23)に取材した。埼玉から週1回程度、近くのアニメ専門店に来て本を買い、この店で休んでいく。彼は「店員がやさしいから通っている」と答えた。
 「お気に入りの人はいますか?」と聞くと、即座に2人の名前をあげた。アニメ本に熱中していたはずなのに、いつメードさんを見ていたのだろう。
 後日、メードカフェ常連に聞くと「チラ見」という言葉があるそうだ。自分の世界に没入しているようで、しっかり女性を観察している。
 彼らにとって、メードさんはアイドルのような存在だ。本物より身近なところが魅力なのだろうが、私はまたまた、う〜んと考え込んだ。

 この記者は普通の喫茶店を利用したことがないのだろうか? この後に「料金は、安い店でコーヒー400円ぐらいから。全体に割高だ」という記述があるので、喫茶店と言われてもドトールとかスタバみたいな店しか思いつかないであろうことが伺い知れる。
 古くからの「喫茶店」というのは「客がコーヒー一杯頼んで、本などを読みながら長居する店」であり、喫茶店のサービスというのは「のんびりできる空気」を演出することである。だから不味いコーヒーが高かろうと、それはコーヒー代ではなくショバ代なのだから、なにもおかしなことはない。
 そういう意味で、古くからある老舗の喫茶店と、昨今のメイドカフェは実は同一線上にある。
 だから、店員に対する好みも「単純にかわいい」とかそういうことではなくて、メイドカフェであるという空気感を上手に演出できるという意味での「好み、お気に入り」なのである。だから「アイドルのような存在」とはちょっと違う。この記者と同じようにそこを勘違いした秋元康が「AKB48」というユニットを作って活動させているが、ヲタク界隈では大して話題にはなっていない。(もちろん、昔ながらのアイドルオタクは食いついているけれど、それは秋元の狙いとは別のモノだろう)

メードさんだって、今どきの女の子。接客は「演じている面がある」という人も多く、結構クールだ。

 などと、真実を指摘しているつもりなのだろうが、客にしてみればそんなことは今さら言われることでも何でもない。「お化け屋敷のお化けは、全部作り物ですよ」という指摘に意味がないのと同じことだ。

ある店では、指名したメードさんが席に来て握ってくれるおにぎり2個に、写真撮影付きで1500円。ぎこちない手つきは学園祭の模擬店のようでほほえましいが、おにぎりは「雪合戦の玉か」と思う出来だった。

 だから、それも演出。メイドさんが握ってくれるおにぎりは、丸と相場が決まってる。
 メイドは基本的には「ドジっ娘で一生懸命属性」とオタクには認識されているので、わざとぎこちない手つきで時間をかけて、形の不揃いなおにぎりをつくるという、従業員の凄まじいテクニックなのですよ。
 お客さんは、メイドさんの柔らかい手に何度も包まれた、指の形がわずかに残るおにぎりを食べて至福を感じるのです。逆にパッパと三角形のおにぎりを作られたんじゃ、そこに1500円の価値はないのですよ。
 つか、お前が「演じている面」とやらに騙されてんじゃん。

数百円でご主人様になれるメードカフェの流行を、私は喜べない。幻想に守られた“家”で、飲み物を混ぜてくれるメードさんをうっとり眺める男性客に「いい若い者が大丈夫か」と胸ぐらを揺さぶってやりたい気持ちがわきあがってくるのだった。

 マイノリティーバッシングで記者気どりなマスメディアの凋落を、私は喜べない。エリート幻想に守られた“会社”で、刷り上がった誌面をうっとりと眺める亀田早苗に「頭大丈夫か」と胸ぐらを揺さぶってやりたい気持ちがわきあがってくるのだった。

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