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2006年08月28日

 ■ 私がすべきこと 論壇がすべきこと

話を進めるための掲示板へのレス
 無駄に炎上してしまっているので、今回は1点だけ。
 あと、今週中に「『バックラッシュ!』非難の本質とは?(その3)」を出します。

[1505] そのうえで赤木さんへ 投稿者:フェミニスト 投稿日:2006/08/28(Mon) 05:51

わたしはあなたを擁護しているように見えるでしょうが、厳密には、あなた「個人」を擁護しているわけではありません。
あなたの提示した問題がただ否定され嘲笑される情景に、かつてのフェミニスト先駆者たちの異議申し立てが
「モテない女のひがみ」「ただのわがままだ」と矮小化され個人化され無視されたのと似たものを見たからです。
類または構造としての「弱者男性」問題の「コア」を見逃すことは避けたかった。
ましてフェミニストがそれを潰すようなことはあってはならないと思う。

一方で、皆さんがあなたに対して批判的なのは、あなたの提示する類的または構造的問題の向こう側に
あなた「個人」の存在が見え隠れするからだろうとも思います。
わたしは、あなたの類的または構造的な問題提起を肯定するけど、それをあなた「個人」に全面適用することには懐疑的です。
だって、あなた「個人」がそれほど絶望的な状況にあるとは思えないもん。
(もちろん本当のところはもっと情報がないとわかんないけどね)

ここから先は「物書きとして」という話になるけど、あなた自身、ネタとベタの区別が十分にできてないんじゃないかな。
だから徒に議論を混乱させるという部分もあるだろうと思います。
また、物を書いて世に問う以上、「当事者だから」で何もかも免罪されるわけでなく、書かれた事柄に即して叩かれも潰されもします。
ちょっとマキャベリスティックな話になっちゃうけど、言説の政治学という面ではまだまだだなーとは言っておきます。

 まず、フェミニズム一般への反発、というかバックラッシュの本質は、決して八木秀次という「ラスボス」が若者を焚き付けて、バカな若者がそれに騙されているというものではありません。
 男性が男性であるがゆえに救済を拒否され、驚異的なまでに変質した日本社会のひずみに押しつぶされている若者たちが、唯一アクセスできる「公」であるネットを通して、「自分たちを抑圧するもの」に対して呪詛の声を挙げている現象こそがバックラッシュなのです。
 そういう意味で、そうしたかつての女性差別に対する呪詛の声が、学問や社会運動という「まとまり」として展開されたのがフェミニズムの本質でしょうから、かつてのフェミニズムと、私の持つ弱者男性の問題が非常に「近い」ものであることは、同意します。
 また、その近さ故にフェミニズムが男性弱者にとっての標的になっていると考えます。

 しかし、かつてのフェミニズムがその「男性と女性」という生得的で分かりやすい特性であったが故に「差別しやすく反発しやすい(女性が女性として生まれたのは、自己責任ではない事は明白)」ものであったのに対し、男性弱者は自己責任論と巧妙に搦め取られているために「差別しやすいが反発しにくい(フリーターやニートがそうであるのは自己責任ではない事は明白とは言えない)」性質を持っています。
 故にその反発は自ずと「個人的なもの」にならざるを得ず、男女差別のような社会構造的な問題として提起しにくいのです。

 しかし、どうにせよ「個人的な反発」なしに、こうした問題が社会的にまとまることはあり得ませんし、私が現段階ですべきことは、「とにかく大声を出して、個人的な反発があることを明示する」ことであると考えました。
 本来なら私のような人間がブログで挙げた声を、若者に近しい論壇が、その学問的素養をもって十分な説得力をもってまとめあげ、我々の社会に対して増幅し発信するべきなのです。ですから、「フリーター・ブロガー」と「宮台・文化サヨク(私の言う「左傾論壇」の若者社会により近しい側)」(この分類は分かりやすいと思うので、つかわせていただきます>Oさんへ)の間にパイプが出来ることこそが重要なのです。

 しかし、現実には掲示板にいる「論壇に片足を突っ込んだ方」みたいな、その知識をもって、不勉強なフリーター・ブロガーを論破して楽しむという、社会的問題ではなく自分の快楽にのみ忠実な「論壇モドキ」が論壇に多いのです。
 以前この掲示板で、「ある教授だか助教授だかの人が、少年犯罪データベースを紹介していた」というコメントを書いたら、管理人に微妙な反応を返された。という書き込みがありました。
 これを私はその教授だか助教授だかの人が、素人である少年犯罪データベース管理人が一生懸命まとめあげたデータを、ただ一方的に利用し、何もデータベース側に返していないことに対する管理人の反発ではないかと考えました。
 この管理人さんは以前から「私は統計が得意ではないので、誰かしっかりとした統計データを提供してほしい」と書いていますが、そうした訴えに対して、統計が出来るであろう教授先生がまったく反応せずに、ただ「こんな便利なデータがある」とタダ乗りしてしまう。
 Webの発展は我々のような弱者にも表現の場を提供したけれども、現状では弱者がWeb上でまいた種を、紙媒体をもっているような強者がタダで採取してしまっている現状があります。

 あなたのおっしゃる「言説の政治学」という言葉がどのような事を差しているのかは分かりませんが、私はこんな方向性を考えています。
 それが「まだまだ」だというなら、それこそ「まだまだではない人たち」が私の「大声」を「社会の声」に変換していくべきなのであって、「お前が1から10まで全部やれ」と言われても、困ってしまいます。それでは「(広義の)社会学」の存在意義は無いに等しいでしょう。

<ビラ配布>「住居侵入」否定し無罪 東京地裁
 まぁ、無罪なのは当たり前として、むしろ「警察用語を駆使して通報した“自称”住人」の話はどうなったのかと。

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