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2006年12月10日
●論座の記事のタイトルになっている「丸山眞男をひっぱたきたい」ですが、文章を読んでいただければ分かるように、丸山の名前に意味はほとんどありません。
まぁ、原稿出してゲラが戻っていたらこのタイトルになっていて「え?そこ?」と思ったんだけど、短い文字数でインパクトがあっていいなと思ったのと、他にいい案も思い浮かばなかったのでOKにしました。
そもそも、文章を書いている途中では、丸山の事例はいい具合の「低学歴で決して裕福では無い人間が、知的エリートを下に見て引っぱたくことができるステキな事例」として提示したにすぎないんですよ。
しかし、このタイトルを見て「ああ、ここで丸山眞男の名前を出すということは、戦後民主主義の枠組み自体に反発するという意味にもなるな」と気づいたのです。なんか、意図せずに駄ジャレを言ってしまったような気分ですね。
また、丸山眞男の名前は、私の今のターゲットでもある既得権益左翼層にはインパクトがありますから、いい「釣り」にもなっているというわけで、このタイトルなのです。
●gegengaさんへのレス。(http://blog.livedoor.jp/gegenga/archives/50638103.htmlの記事に対するものです)
gegengaさんのところのコメント欄は、最大文字数があまりに少なく、ちょっとしたレスを付けるのにも苦労するので、トラックバックという形でレスをします。
-- ここから最後まで --
>自称男女平等論者の皆さんが、「女性が有利な方が正しいのだ」などと異口同音に言いたれていったのがあの件です。
という物言い自体が、あなたを不利な状況に追い込んでいる原因の気がしてなりません。
安直な自己責任論ですね。
私がこうしたことを言い出したのは、この3ヶ月程度ですよ。
少なくともフリーターになった頃はそんなことは思ってもいなかったし、最近は思ってはいても、なかなかそれを言語化しなかったし、まだもっと普通の「いわゆるサヨク」でした。
しかし、状況的にはずーっと変わっていない。そんなことを言っても言わなくても、不利な状況であることにはかわりがないのです。
なにしろ中学〜高校にかけての私の将来に関する夢は
「バリバリ働いて金持ちになる。
そして、35歳で若いツバメを囲う」ことでしたから。
夫婦として一緒に生活することが「ツバメを飼う」ですか。すごい差別意識ですね。
ということで。
>仕事をしていない男性を養おうなどという女性はいません。
います。
私が中学生だったのはもう30年近く昔で、そんな時代からいるんです、専業主夫がほしい女は。
今のあなたの旦那さんは働いていないんですか? って、すぐ後に働いているって書いてありますね。
実際に養うことと、養ってもいいなぁと思うことでは、まったく意味が違います。
それだったら、大半の家事を女性に任せっきりの男性は「料理ぐらいしたいなぁ」と思っているので、「家事をしたい男性はいます」ということになってしまう。
でも、大抵の男は半年に一回ぐらいは料理をしても、毎日継続的に作らない。そのような状態を「男性も家事に積極的に参加している」なんて言わないでしょ。
その中で、まず改めるべきは
女が働くことが、男が働くよりも難しい
という、誰がどういおうとあからさまに存在している現状じゃないでしょうか?
こういうと、あなたは
「イヤ、自分のほうがちゃんとした収入を得るのは難しい」
というのでしょう。
しかし、これは、女の立場から言うと
甘ったれてるんじゃねぇよ!!
という話です。
あなたより優位に立つ女は、たくさんいると思います。
いい家の出身で、高学歴で、若くて、または若い頃からキャリアを積んで。
なんていったら、そりゃ、あなたより有利な条件で働いているでしょう。
しかし、あなたとまったく同じ条件の女が、あなたより有利な条件で仕事が得られるとでも思っているのでしょうか?
そんなわけ、ねえぇでしょ?
あなたより不利に決まってるんですよ、あなたと同じ条件の女は。
私が望んでいるのは、男性女性という性別の差無く、全ての人が対等な立場で社会に参加できることです。
あなたの言うように「仕事」という限定をしてしまえば、確かに女性の方が不利かも知れません。しかし、仕事と家庭を平等に考えた場合、トータルで不利なのは明らかに男性の方です。現状において、女性は仕事と家庭の双方から社会参加できるのに、男性は仕事の側からしか参加できないのですから。
どうしてそういうことになっているのかと言えば、結局「仕事をしている人間は偉く、家庭にいる人間は劣っている」という社会通念があるからです。
女性は性差別と、家庭にいるという社会的状況の双方から劣る人間として扱われてきた。
そして、女性解放論者たちは「女性が家庭に閉じ込められている」として「女性に仕事という社会参加の回路を開くこと」をその目標としたわけです。
しかし、仕事の観念からしか女性解放を考えないということは、女性制を開放しても、「家庭にいる人間は劣っている」という社会通念を開放しなかった。それどころか、女性解放運動の仕事へのこだわりは、家庭にいることを卑下したわけです。「男と対等に仕事をしよう」というかけ声は、その裏に「家庭にいる人間は対等ではない」という卑下を含んでいるのは分かりますか?
それでも、労働市場へ女性制が進出しても、経済が順調で需要があった時代には、その錯誤は問題にならなかったのです。
ところが、バブルが崩壊し、不況になった途端にその問題が噴出してくるわけです。
労働市場への供給がなくなる、すなわち仕事を通した社会参加への回路が減ってしまった時に、古くさい「男は仕事、女は家庭」というマッチョイズムと、「家庭にいる人間は対等ではない」という男女平等の論理が結びつき、仕事をもった男性が仕事を持たない女性は支えるけれども、仕事を持った女性は仕事を持たない男性を支えない社会が生まれてしまったのです。
男女共に仕事を通して社会参加できる人はいいとして、仕事の回路に参加できない女性は、古くさいマッチョの論理を利用して家庭に入ることができる。その一方で男性は仕事をしている女性から見れば「対等ではない」のだから、結婚の対象として見られない。かくしてここに男性差別という性差別を含む現代的な格差が生まれるわけです。
その格差を是正するために、私は「男性も、家庭という回路を通して、社会参加ができるべきだ」と言っているのです。
ということで、過渡期的措置としての
>「女性が有利な方が正しいのだ」
を理解していないとしか思えないあなたの物言いが
「反ジェンフリで、権力ベッタリのヤツ」
という誤解を生む原因なんじゃないでしょうか?
過渡期というのは「女性が「私は差別されている」と叫んでいれば、いつまでも過渡期」という意味での過渡期ですか?
アファーマティブアクションは理解しますけど、それは決して蟻の一穴ではありません。アファーマティブアクションは強力であるがゆえに、副作用も大きいことをしっかり理解し、その適用は明確な指針によってコントロールされるべきです。
そしてその物言いが、本来あなたの味方であるべき人間からも疎まれ
自分をどんどん不利な状況に追い込んでいく。
私がよく「左翼は(平等論理は)10年間何もしなかった」というのは、自分がいくら平和や平等を叫ぼうとも、私の生活は決して平和でも平等でもなかったという意味です。
同調している時にはロクに手を貸さないし見向きもしないのに、同調を破ると制裁に走る。
あなたのような人をみていると、かつての左翼運動家たちが内ゲバに走ったことの意味がよく分かります。
あなたが望むものが、私にはわかりません。
他人が、自分より不幸になることですか?
でも、他人が不幸になったからといって、自分が幸福になるわけじゃありませんよね。
いいえ、皆が不幸になれば平等になります。
その時に、一部の富裕層の存在は関係ありません。
9割の人が不幸であれば、社会はその9割を最頻値として扱わざるを得なくなる。
その時に男性弱者は始めて「普通の人」になれるのです。
やっぱ、頭をとるしかないっしょ?
ケンカには勝たなきゃ!!
私にとっての「(敵の)頭」とは、現在の社会体制そのものであり、決して富裕層ではありません。
だからそれを「戦争」という外部手段を通して、物理的に破壊しようと考えているのです。
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