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2006年12月25日

 ■ 「ご縁が無い」が穏便だって!?

この件については、もう付き合ってられないので、そろそろまとめに入ろうと思っているのだけれども、その前に少々見過ごせない書き込みがあった。

ここのコメント欄 91番

91. Posted by kuroneko 2006年12月25日 16:21

ロストさま

>赤木さんが結婚できないのは
縁がないってことだよね。

 学校時代の同級生とつるんで、友達のお嬢さんだの知り合いのご子息だのをお見合いさせていた母親を見ていたわたしは、「ご縁が無い」で穏便にすますというのには、最も共感します。
 
 赤木さんからめでたく話題が離れたし、いじめ云々はそもそものエントリーと関わらないから、もういいかもね。

 いじめに関しては話の種が一個あるから、来年、松でも取れたら自分のところで書きます。

 ご縁が無いという言葉が穏便とは……

 就職できずに苦労している人の中には「今回はご縁がないということで」という言葉を何十回も聞いた人もいるだろう。
 そういう人たちにとって「ご縁が無い」という言葉は、その人が社会に立ち入ることに対する拒絶を意味する。
 日本の「会社−社会」において、会社に入れないというのは、社会の一員ですらないということを意味する。そしてそれは人間として扱われないことを意味する。
 「ご縁が無い」というのは、その当人に対して「お前はこの社会で生きる価値がないのだ」と宣言しているに等しい、極めて無慈悲な言葉である。そんな言葉が穏便とは……

 無自覚にも運良く社会の中にいられるkuronekoには、そのような弱者の苦しみなど、想像もつかないのだろう。
 いくら教育基本法の改正に賛成しようとも、安倍政権を批判しようとも、弱者の味方のフリをしていようとも、こうした言葉の端々に、書き手の傲慢は姿を現してしまうだ。

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