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2007年02月26日
 ■ TBSラジオ「アクセス」に出演してきました

さて、今日のお話しは、当然のように「アクセス」の話ですね。
 ひとまずその話をする前に、ちょっとこぼれ話を。

 本番終了後に車を出していただけるということで、黒塗りのタクシーで帰って来たんですよ。
 ルートは、赤坂のTBSから、佐野のバスターミナルまで。まぁ、首都高に乗って、そのまま東北自動車道入って、佐野藤岡インターで降りるルートです。
 普段はこれとほぼ同等のルートを高速バスで移動しているワケだけれども、これが片道1300円。回数券だと1100円弱。6500円の6枚つづりだからね。
 では、タクシーでほとんど同じルートを深夜料金3割増の、高速代を含んでおいくらかしらと。
 これこれ、車やさん、御代はいくらだい。
 35,000円でございます。

 いややややややああああああああああああああああああああああああああああああ。
 すいません、取り乱しました。

 いや、別に俺が払うわけじゃないんだから、高くったって問題はないんだけど、なんか、ちょっと引いたね。
 だってさ、最初に担当の方から仕事をうけた時に考えたことが、「赤坂だったら、JCでアカデミーヒルズに通ってた時になんどか使ってたカプセルホテルがあるなぁ。あそこに泊まろうかなぁ。マンガ喫茶はあの辺は行きつけのところはないなぁ」ですよ。交通費なり宿泊費をもってくれるということを、最初っから考えてなかったんですよ。だってそんな仕事始めてだもん。
 つかさ、35,000円とか、もう普通にギャラでいいもん。ギャラがそれで、TBSの床で寝させてくれればいいよ。カーペットフロアーのところでダンボール敷いて寝ればいいじゃん。俺。
 35,000円とか、Wiiや360買えるじゃん。PS3は買えないけど。
 時間にしたって、1時間半ぐらいですよ。俺の人生の中で、1時間半で35,000円を完全に消費したことなんてないぞ。

 ……ああ、タクシーの話はいいから、とっととアクセスの話をしろと。はい、分かりました。
 つかね、アクセスの話っていっても、要は一人反省会ですよ。
 あのね要はさ、自分に期待されていた役割はなにか? って事ですよ。
 城さんは人事コンサルとしての立場から、若者が巻き込まれている人事システムそのものを語るワケじゃないですか。じゃあ、そこで俺が語るべきなのはなんだったのかと。
 それはやっぱりそのことと、社会の現状を結びつけることだろうと。
 俺は城さんの言うことには十分納得が行くんですよ。『若者はなぜ3年で辞めるのか?』はいい本ですよ。なるほど、城さんの言うとおりだと。年功序列のガチガチの社会じゃなくて、職務給で、その場で努力できる、常に流動する社会にするべきだと。ええ、そのとおりですよ。
 けれども、社会は、社会の現状はそうじゃない。
 社会はニセ科学やエセ道徳で若者を批判して、それを不平等、すなわち格差社会の論拠にしているわけじゃないですか。「若者はTVゲームをやっていて、我々のような努力をする大人ではないから、賃金格差(「賃金差」ではなく「賃金格差」であることに注意。この辺もちゃんと明確にしないと、「賃金格差は間違い」=「年功序列が正しい」という、トンチンカンな話になってしまうので、なにか書いておかないと)があって当たり前という事に従っているワケじゃないですか。
 そのことをしっかり表明するために俺がいたのに、それをちゃんとできなかった。そのことを反省しています。量をしゃべれなかった事よりね。
 麻木さんに振られて、言葉につまってしまったあの時に、ちゃんと「雇ってくれる中小企業の方もいるといいますけど、そうした肯定的なメッセージは、ゲームで脳がおかしくなるだの、携帯で猿になるだの、脳内が汚染されているだの、若者の凶悪犯罪が急増しているといった、若者蔑視の言論が流通することによって、遮られてしまう。こうした俗流若者論に歯止めをかけない限り、フリーターはそうしたメッセージを肯定的には受け取れない」と言えれば、その他のことを一切しゃべれなくても、自分の中では満点でした。それが言えなかったので、今回の放送は20点ぐらいです。
 ちなみに、最後の30秒をコメントできたのは、その直前のCM時に二木さんがあらかじめ「グローバリズムとの関係について振るから」と言ってくれたからです。気をつかわせてしまってすみません。

 あとは。城さんとコーナーの前に個人的に話をしましたが、すごく私の経歴を肯定的にとってくれて、嬉しかったです。私自身が自分の経歴を恥ずかしく思っていたので、この辺の話になると常に自嘲気味に「就職活動とかほとんどしなかったんですよ」と言うのですが、それに対して「いいことだと思いますよ」と言われたのは初めての経験でした。こういう人が多いと、世間のフリーターも自分に自信を持って、活動できるんでしょうけどね。
 大抵こういう話をする時には、相手は「就職氷河期で大変な思いをした経験」の話をしてくれることを望んでいるので、その期待に添えずに申し訳なく思ってしまうのが常なのですが。

 まぁ、名刺も配れたし、いろいろ話もできたし(CM中や終了後など、番組の外で)、楽しい経験でした。今後も機会があれば、ラジオ出演などもして行きたいと思います。声をかけていただければ、ですけど。

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2007年02月23日
 ■ お仕事報告

仕事やります。
 本日、22時から放送のTBSラジオ「BATTLE TALK RADIO アクセス」に出演します。
 内容としては、当日メインゲストである『若者はなぜ3年で辞めるのか?』の城繁幸さんとの対話になります。多分。
 まぁ、まんまり詳しいことを聞いてないので、どういう立場で出演するのかは分かりませんが。

 というか、JCcastのあんな調子で大丈夫なのかと思われるかも知れませんが、メインは城繁幸さんですから、まぁ何とかなるでしょう。分かんなきゃ、適当に相槌をうっておけ。
 さて、『若者は(略)』を読み返しておかないと。

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2007年02月21日
 ■ 自尊心

武田さんのところより

きっこの日記で紹介されていた町屋の豆腐屋の親子心中も酷い事件だと思うけれど、弱い人間に対して、その傷みや絶望を含んで少しでも共感しようとする、本当の意味での想像力が社会全体として希薄になっているのではないか。だから格差社会が流行語として消費されるしかない。
こんな話を聞いた。ある新聞の書評委員系の会議で、赤木智弘の論座寄稿『丸山真男をひっぱたきたい』が話題になったとき、「若いうちって一度は戦争を望むとか言いたがるんだよね、ハッハッハー」で話は終わってしまったのだという。赤木がどういう立ち位置からその原稿を書いたかなんて全然分かっちゃいない。分かろうともしない。知識人ギョーカイ内で、シニカルでウィットに富んだ人間だと自分が思われたいという本当にくだらない虚栄心が、高層マンションとスーパーに包囲されて仕事の先行きがどうにもならなくなって町屋で心中するしかなかった年老いた親子や、30過ぎてもコンビニで働き続けるしかなく、それを選んだわけでも望んだわけでもないのに自己責任だと言われる人間の無惨な気持ちを思いやるより優先されている。これがこの国のエセインテリたちの実情なのだということをよく伝えてくれるエピソードで、当然のことながらそれを聞いて私は密かに立腹しまくった。
保守か革新かという二分法が意味を持たなくなったのは、政治的な文脈だけでなく、「自分はリベラルだ」という自意識のひとが、実はもはや社会を変えようなどとは全然本気で思っていないし、一滴の汗すら流そうとしない、心情的にも態度としてもきわめて保守反動的な立ち位置しか取れていないことにもよる。
分厚く社会を覆う保守的な心情のヴェールに対して散文的表現ではもはや突破できないという諦念を抱いている。『NHK問題』は起爆剤たりえなかったようなので。となれば詩か。「詩とはなにか。それは、現実の社会で口に出せば全世界を凍らせるかもしれないほんとのことを、かくという行為で口に出すことである」(吉本隆明)

 丸々転載してしまったが、まぁいいか。
 私はリバタリズムが蔓延る背景に、昭和的な「一億総」という考え方があると見ている。

 「一億」という数を日本国民全体の総数として考えるようになったのは「進め一億火の玉だ」という言葉が使われた、戦時のことなのだという。当時の日本の人口が7千万。それに植民地の3千万を足して、一億というわけだ。
 前者と後者の間には、侵略者と被侵略者という絶対的な格差があるわけだが、それを無視することによって「一億=国民全体」という標語が成り立っている。そして、かつての豊かさを指して一億総中流と言う時にも、もちろんそのような無視が存在している。
 日本は第二次世界大戦に対する反省と、高度経済成長によって「平和と平等」を手に入れたことになっているが、それは決して誰かが能動的に運動して手に入れた平和と平等ではなく、ただ単にアメリカの統治政策によってもたらされ、朝鮮戦争景気以降の好景気によって「たまたま手に入った」ものに過ぎない。
 たまたま持っていただけのモノに、日本人が自覚を持つはずもなく、その無自覚さが「一億総中流」という、極めて一方的な、平等に対する客観視をもたらした。
 それはバブルが崩壊し、景気が悪くなっても継続している。今度は「皆が苦しいのだ」と、いわば「一億総下流」というべき思想に変化を遂げた。
 しかし、それは安定経済基盤を持つ層と、不安的な社会基盤しか得られない層の格差を隠蔽する考え方でしかない。
 現実にはせいぜい年数回の家族旅行を取りやめる程度の苦しさの人間と、人間としての尊厳すら得られず、生きることに絶望している人間という格差が存在しているのだ。
 しかし社会は、この格差を無視している。そして景気の回復によって、かつてたまたま手に入ったものが、今度も手に入るハズであると、極めて甘く現状を捉えている。
 そのような「一億総」の思想が蔓延る現状で、私の文章がさも坂井三郎に憧れる軍国少年のような捉えたかをされるのも、必然といえよう。
 「私」がかつて昔に考えたことを、現代の若者も考えている。そのような現状に対する短絡さが、社会から「個人」という視点を奪い去っていく。その点は右も左も似たようなものだ。

 『丸山真男をひっぱたきたい』で私が伝えたかった事は、「お国のために戦って手柄を立てて凱旋するのだ!」という、彼らのような軍国少年的威勢の良さとは真逆のものである。
 戦争で人が死んで、その分の仕事が回ってきてほしい。さらにそこに重ねて、人が苦しむ社会を実現したくないと書いている。
 戦争に向かうことでしか自分の苦境は解決しないのだけれども、それでも人が死ぬことを望むことはしたくない。それがあの文章の本心である。
 もう一つここに加えるならば、仮に戦争に行って最前線で戦って死亡したとしても、それは「現状のまま」よりも、よほど幸せなのではないかという心情だ。
 マトモな実存を得られぬままに、人間のクズと社会から罵声を浴びながら、人を恨んで惨めに首を吊るよりも、お国のために戦って形だけでも勲章をもらい、靖国神社にまつられる英霊の一人として誇りを持って死ぬ。
 それは現状では決して得られぬ、人間としての当然の自尊心を得たいという渇望である。

 結局、私の文章を「ワッハッハ」ですます人たちは、自分で自尊心を得たいと考えたことがないのだろう。
 ただ、社会の中にいて、気がついたら十分なステイタスを与えられ、高みにいた。そういう人たちなのだろう。

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2007年02月17日
 ■ PS3を生きのこらせたければ、さっさと久夛ちゃんを更迭しろ

もう、3日に一度の更新ペースだな。

久しぶりにゲームの事を書いてみるか。
 PS3が「売れねぇってレベルじゃねぇぞ!」なのは、もはや周知の事実で、キラータイトルの1つであるはずの「バーチャファイター5」すら、店頭販売をやっても一本も売れないような状況なわけです。

 理由は単純なもので、もはやPS3に、メーカーもユーザーもついていけないのです。
 開発費用から問題をスタートすれば、PS3のソフトは1本つくるのに、PS2の倍の開発費がかかるといいます。さらに、PS3環境開発のための初期費用も相当な額に登ります。
 それだけの額を回収、さらには収益を得るためには、ソフトを世界に合わせて発売せざるを得ず、どうしても「万人向けの大味のゲーム」ばかりが、開発される傾向にあり、そうした状況にユーザーが辟易としているのです。

 象徴的なエピソードがあります。
 「アリカ」というコアなゲーマーに愛されるメーカーさんが、PS3で開発しようとSCEに出向いたところ、「アリカさんにはもっとPS3クオリティの物をやって欲しい」などと、言われたそうです。
 アリカのゲームは、一定のファン層がしっかりついているゲームですから、ロンチタイトルとして発売できれば、ゲーマー層という、PS3を支える重要な土台となる客を引き込むことになるのですが、PS3陣営は、それを不要としたのです。

 PS3陣営は、PS3を「ゲームではないもの」であると考えています。
 「PSPは芸術品だから、□ボタンが反応しないぐらいで文句をいうな!」という名言でおなじみの久夛ちゃんこと、SCEIの久夛良木健、代表取締役会長、兼CEOは、「「PS3の実態は一つの箱ではなく、あらゆるデジタル機器の中に存在し、それらがネットワークで結びつくことで仮想的なコンピューティングパワーを発揮する」と語っています。
 これを要約してしまえば、ゲーム機としてのPS3は、あくまでも久夛ちゃん構想のプロモーションでしかないということです。先の「PS3クオリティ」発言も、すなわち「久夛ちゃん構想を満足させるような、“ソフトウェア”を作れ」という意味になります。
 すなわち、PS3の主役はゲームを開発するメーカーや、プレイするユーザーではなくて、この「久夛ちゃん構想」そのものなのです。
 そうした考えの中で、メーカーは「PS3クオリティ」のソフトを開発することを強要され、ユーザーは久夛ちゃん構想実現のために7万円ものお布施を強要されるのです。
 こうした状況にメーカーもユーザーもついていく気がないのが現状です。こういうのを普通は「信頼を失った」といいます。

 いくらPS3陣営がそのような妄想を語ったところで、現実は携帯機においては、DSがより「家庭に溶け込むコンピューティング」としての体を明確にしています。
 一方、据え置き機は、決してWiiの圧勝ということもなくて、現状は今だに「PS2というゲーム機」が市場を牽引している状況です。
 まぁPS3が久夛ちゃん構想をベースに置くかぎり、PS3の浮上はあり得ませんので、ライトユーザーである我々はWii、ゲーマーならば合わせてXBox360を買っておけばいいんじゃないでしょうか。

 結論として、PS3がメーカーやユーザーの信頼を取り戻すには久夛ちゃん構想の破棄と、久夛ちゃんの更迭しかありえないと考えます。

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2007年02月14日
 ■ 更新、遅れました

しまった、2日に1回の更新をもう破ってしまった。

JCcastの第2回がアップされました。
 別に統一したテーマを設定したわけではないけれども、おおよそ「自己責任と社会責任」という文脈になってますね。

QMA4稼働以降の「クイズマジックアカデミー黙示録カイジ」スレ。
 すっかりドラゴン組が、別室や地下帝国扱いに。

 しかし、そういう元ユニ賢以下の努力を惜しまない皆様(別名 踏み台)がいてくれるからこそ、私のような大して強くもない元ペガステがドラゴン組でやっていけるのです。ありがとう。
 ちなみに、購買部は「退出」→「はい」とボタンに手を動かすより、リエルの胸を連打するほうが面倒が少なくていいと思うのは俺だけ?

<番組ねつ造>知りつつも通報せず 関西テレビの孫請け会社
 でも、通報したら、かつての雪印食品による牛肉偽造事件を通報した「西宮冷蔵」のように業界ぐるみで潰されてしまうのです。

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2007年02月11日
 ■ システムを運用しているのは誰か

「まだ続いていたのか!」と、ここの読者の人は驚くかもしれないけど、どうしても自分のしていることに責任を持ちたいので、まだなんとか続けていたわけです。
 結局のところ、ワークシェアリングにしてもベーシックインカムにしても、経済強者の側、というか、ごくごく普通に生活をしている側に「弱者のために自分の金や仕事を支出するのは当然」という合意がなければ絶対に達成できないわけで、そういう意味で「強者は弱者と結婚するべき」という考え方も、これをわずかに変形させたものに過ぎず、これに対して発言主を誹謗中傷するような過剰な反発が起るような社会では、ワークシェアもベーシックインカムも達成できず、結果、その主張自体が単なる「平等平和ゴッコ」にしかならないことは、明白なのです。

 で、まぁこのことの結論については、harutoの言葉を引用しましょうか。

「おまえが生まれたことが俺の不幸の原因だ」と誰かが言うなら、それは許さない。「おまえさえ生まれなければ俺は幸福だった」と誰かが言うなら、それは許さない。あたりまえのことでしょう。だから、私は自分の不幸の原因をある「システム」だと考えても、それを誰かのせいにはしない。これも、あたりまえのことでしょう。

なんで、これが「あたりまえ」ではないのか、昔から不思議なんです。

 harutoはこういいますが、じゃあそのシステムを支え、運用しているのは誰でしょうか?
 そのシステムを讃美し、そのシステムによって抑圧される人たちの存在を闇に葬り去ろうとするのは誰でしょうか?

 そのシステムが、なにか自らの姿勢を測る、ある種の「アイドル」として作用し、それを正面切って讃美すれば右側で、反発を示せば左側になるわけだけれども、その一方で自らの「左側である」というアイデンティティーを保つために、そのアイドルを利用しているとも言え、要は右側も左側も、そのアイドルを讃美しているということになる。言葉を変えれば、そうした讃美と反発の発生すら、そのシステムの効用ということだ。

 フリーターの就職ということを考えた時に、ならば「悪いのはフリーターを採用しない会社の人事部長だ!」ということになるのでしょうか? もし、そう人事部長に詰め寄ったって「私だって、そんな権限はない」と告白するでしょう。たとえ彼がフリーターを不憫に思っていたとしても。
 それは、もはや「新卒を前提とした就業システム」がシステマティックに機能してしまい、そこに人為的価値判断が指し挟まる余地がまったく無いからです。
 誰かさんたちは「恋愛は自由なのだ」などと言うけれども、恋愛だって就業と同様に「男性が経済強者であることを前提としたシステム」と化してしまっています。このようなシステムに無自覚なまま支配された恋愛を「自由だ」などと嘯く態度には、失笑するほかありません。
 そうした就業システムに対する無自覚が、多数の年長フリーターや経済的に自立できない女性を産み出しているのと同じように、恋愛システムに対する無自覚が、多くの弱者男性を産み出しているのは、否定しようがない事実なのです。
 そして、このようなシステムを持続させるのは、それを無意識のままに「活用」している人々なのです。だから私は最低限、このことに対する「自覚」を求めています。
 しかし、harutoのように、悪の幻影をシステムに求め続けるかぎり、そのシステムは無自覚のまま運用され続けます。
 システムは「自分以外の誰か」が運用しているのではなく、「自分自身がシステムに反発するが故に、そのシステムに力を与えてしまっている」こと。これをハッキリと自覚しなければ、システムに犯された弱者を救うことなど、決してできません。ましてやシステムへの隷属を「あたりまえ」と言うようでは、話になりません。

 私の「女性強者と男性弱者の結婚」という考え方は、そのための踏み石のようなものです。これに一方的に反発するようでは、とても「自覚」があるとはいえません。

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2007年02月09日
 ■ マニアの受難

池袋のWAVEにて。
 ライダーズの棚にハルヒ様いらっしゃった!!

ムーンライダーズの棚にハルヒ様光臨

 ……念の為に言っておくが、俺がネタ写真を取るためにやったんじゃなくて、ふと見たらライダーズの棚に入ってたの。まぁ、半分引き出したのは、写真を取るためにやったんだけどさ。

 せっかくだからネタやるか。
 もしも、SOS団がライダーズだったら!

 慶一はもちろんハルヒ。
 んでもって、慶一に引きずられるキョンは博文さん。そこはかとない不幸感もそっくりだ。
 かしぶちさんはカッコイイのと、最近は死のイメージがだぶる(ちょっと待て)ので古泉。
 目立たないけど、ライダーズの芯を支えていて、さまざまな場所で活躍できる才能の多彩さから、岡田さんが長門。
 マスコットキャラ的なイメージで、くじらさん=みくる。もちろん、くじらさんはポンコツではないけれども。

 え?良明さんを忘れてるって? 良明さんはそのにぎやかさから、鶴屋さんに決まっているっさ。めがっさお似合いにょろ〜。

 すると、みくる&鶴屋さんのコンビが「ガカンとリョウメイ」で、古泉+キョン+鶴屋さんが「アートポート」か。後者はなにか、きな臭い陰謀の匂いがするのですが……

QMA4は、とうとうドラゴン組に上がってしまった。
 ドラゴン組は3でのケルベロス組ぐらいの事を想像していたのだが、プレイしてみたらそうでもなくて、あっさりと決勝へ。まぁ、4位だったけど。
 考えてみれば、この「上がりやすく落ちにくい」システムは、それなりにQMAをプレイする人間のすべてをドラゴン組に導くようになっているので、前回では大魔道士カンストをしてたような人もドラゴン組に上がっているんだろうね。
 要は、強い人間から、弱い人間まで揃っているのがドラゴン組ということだ。そこに前回のケルベロス組のような絶望感は無い。
 とはいえ、これでは組の意味がないので、やはり「上がりやすく落ちやすい」システムに改訂されることを望む。

確定申告 大沢親分が「e−Tax」をPR(Yahoo!ニュース)
 PRされるのはいいんですが、このシステムは誰に向かって作られたシステムなんですかね?
 いえね、一昨年だったかな。私は確定申告に国税局の【確定申告書等作成コーナー】を使っているんですが、これで確定申告した後に税務署から「e-Tax」に登録しませんか? なんてダイレクトメールが来たんですよ。
 確定申告なんて、年に1度のもののために、わざわざ登録して、ICカードリーダ&ライターなんてものを買いたくなんてないので当然無視しましたけど、それ以来「一体、このシステムは誰のためのシステムなんだ?」という疑問が頭にこびりついて離れないわけです。俺みたいな貧乏人の個人にアピールしたって、意味がないだろうと。
 企業や事業主に向けてPRするって言うんなら、具体的な利用シーンを明確に打ち出したアピールをするべきで、ただ「便利」という言葉だけを強調して、ベッキーなんかをイメージキャラクターに使っても、誰にもなんにも伝わってませんよと。

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2007年02月07日
 ■ 更新を頻繁にするようにしよう

更新が滞ってしまって、すみません。
 例の「女性は産む機械」発言についていろいろ考えているんだけど、まとまりが悪くて、更新ができないでいました。
 最近はまた「まとまった文章をアップしないといけない」と思いこんでいて、頻繁な更新をおろそかにしていました。
 そんなわけで、今日からは最低でも2日に1回、ニュースに数行の簡単なコメントを入れるニュースサイト形式で更新することにします。長文はその間に書ければいいなと。

「川柳100選、サラリーマンの哀感・叫び・恨み節」
 よくこういう「サラリーマン川柳」とかあって、なんか「一般庶民の悲哀を描く」なんてイメージで語られてる。
 けれども、格差問題でいうなら、サラリーマンは「勝ち組」なんだから、こういう「自分は社会のハズれた場所にいる」かのような作品群は、サラリーマンの悲哀というよりも、「俺は本当はもっと偉いんだ!」というサラリーマンの社会に対する傲りを晒しているだけのように思える。
 故に、正社員層の所得を非正規レベルに落すことは、現実的に必要な政策だ。

世界陸上開催の大阪長居公園、ホームレスのテント撤去
 この手の大イベントが開催される近辺になると、必ずといっていいほど、こうしたホームレス狩りが行なわれます。
 マスコミも「テント撤去」ではなく、「ホームレス排除」なり「浄化作戦」と書いてほしいものです。でないと、「行政がしている事が何なのか」という大切なことが、いつまでたっても見えてきません。

<日本相撲協会>八百長報道で講談社告訴へ
 昔ならば、相撲が八百長だなんてのは、世間のお約束だったワケで、それを納得しつつも、相撲取り達に敬意を払っていたのが、本来の大相撲のありようだったはず。
 戦後日本で、プロレスというジャンルが熱狂的に受け入れられたのも、相撲文化という土台があったからこそ「動きの派手な大相撲」として受け入れられたのでは無いかと考えている。
 「あるある」の件もそうだけど、もっと「嘘を嘘と認知しつつも、それを受け入れる社会」にならなくてはダメだと思う。もちろん「他人に害のない嘘」に限定されるけれども。

近所のスーパーに「堅パン」が売っていたので買ってみた。
 食べてみる…………ガキッ。堅い、シャレにならないぐらいに堅い。
 つか、なにがどうしてこんな堅くなってるんだろう?
 しかし、これを食べていると、どうしても食べることに集中してしまうな。パソコンの画面見ながら食べるとかどうしてもできない。

QMA4続行中。
 前回、基本的にペガサスステイだった自分にとっては、現在のフェニックス組が一番落ち着く組なんでしょうね。
 しかし、予選ではある程度、骨のある問題が出るものの、決勝になると、出題形式が各自の難易度依存になるために、おおむね難易度1〜2の即答レベルの問題しか出題されない。
 結果、12問全問正解必然のスピードバトルになってしまうのは、いかがなものかと。
 しかも、これで優勝したら、最上組であるドラゴン組(廃人のるつぼ)に上がっちゃうので、ワザと間違えて2位以下に調整したくなってしまう。
 しかし、「勝つための誤答(早押しクイズなどで相手に回答権を渡さないための無茶押し)」ってのはあっても、「負けるための誤答」というのは、クイズとしてもゲームとしても、かなり抵抗がある。

 まぁ、KONMAI(Typoではない)は早急に、降格条件を厳しくしろと言うことで。

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