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2007年07月26日
 ■ 内田樹はまだ現実に気付かないのでした

仙台の給食はどうなってるんだ?
 給食費未払いの問題ではなく、なんかメタボとか生活習慣病のような、健康の過大視問題のような気がする。子供に必要なカロリーを厳密に考え過ぎているような。

今売りの「SPA!」で、神足裕司がネットカフェ難民の現状に気づいたようです。
 一時期を日雇い労働者として過ごした彼が、「貧困を経験した」と思っていた物が、決して貧困では無かったことに、ついに気付きました。

 神足裕司は、少し前に亡くなった渡辺和博と共に「金塊巻」という本を出版し、「マル金、マルビ」という言葉を産み出しました。
 ここでいう「マル金、マルビ」というのは、あくまでも「同じ職業でお金を持っているマル金と、貧乏なマルビ」という意味であり、マルビはみすぼらしくても決して食うに困るような意味ではありませんでした。当時の一億総中流から脱し、一億総上層を目指す経済状況、そして「貧困なき社会」を象徴するような本でした。

 今だに経済成長下での貧困しか想像できず、「自己責任」という戯言がまかり通る時代に、「経済成長下での貧困」を象徴した「マルビ」という言葉を作った神足が「今のネットカフェ難民は、かつての日雇い労働者よりもヒドイ状況にある」と気づいたのは、大きな希望だと思うのですが、どうでしょうか?

図書館に出かけようとしたら、佐野くんだりまで岡田克也が来て、応援演説をしていた。
 栃木選挙区は改正前2議席だったのが改正で1議席になり、自民と民主で一騎討ちをしているので、重点区なんですよね。まぁ、ご苦労様なことで。
 内容はやっぱり「年金」ばっかりでした。年金が差別的な制度だなんて意識は毛頭ないみたい。別に民主だけじゃなくて、全ての政党がそうだけどさ。

 いろいろ考えたけど、若い人にとって一番有利な主張をしている政党は、低所得者向け住宅という政策をもつ、黒川紀章の「共生新党」か。最後まで天木直人の「9条ネット」と迷ったんだけど。
 いや、どっちも議席獲れないだろうし、どうでもいいといってはどうでもいいんだけど。

内田樹先生が、またバカなことを言ってらぁ。
格差社会って何だろう

私自身は、私たちの社会が住みにくくなってきた理由のひとつは「金さえあればとりあえずすべての問題は解決できる」という拝金主義イデオロギーがあまりにひろく瀰漫したことにあると考えている。
「格差社会」というのは、格差が拡大し、固定化した社会というよりはむしろ「金の全能性」が過大評価され、その結果「人間を序列化する基準として金以外のものさしがなくなった社会」 のことではないのか。

 ホリエモンはこう言いました。
「世の中にカネで買えないものなんて、あるわけない」
「カネで買えないものは、差別につながる。血筋、家柄、毛並み。世界で唯一、カネだけが無色透明で、フェアな基準ではないか」

 内田のいう「人間を序列化する基準として金以外のものさし」という幻想を、堀江は2005年の時点で「差別に繋がるものだ」と看破しています。堀江はとっくに気づいていました。

私は長い間同年齢の人々の平均年収のはるか下、底辺近い「貧困」のうちにあった。
だが、私はいつでもたいへん陽気に過ごしていた。
ご飯を食べる金がないときも、家賃を払う金がないときも、私はつねにお気楽な人間であり、にこにこ笑って本を読んだり、音楽を聴いたり、麻雀をしたりしていた。
たいていそのうち誰かが心配して、私のために手近なバイトを探して来てくれたので、間一髪のところを何度もしのぐことができたのである。

 昔のような大家さんが個人的に管理をしているようなアパートは、今ではほとんどなくなり、管理会社に委託されたアパートや、レオパレスのような住民の権利を保証しない住居が増えました。こうした場所では家賃を滞納すれば、ビジネスライクに追い出されます。
 また、今の時代では、私のように「誰か雇ってくれ」ということを論座というリベラルな人たちが読んでいる雑誌で叫んでも、誰も「じゃあ、うちで雇ってあげるよ」なんて声をかけてくれません。(もちろん、ライターとしての仕事が増えたのはありがたいのですが、生活は決して安定しません)
 そして、この内田の「余裕さ」こそが、彼自身が決して「貧困など経験していなかった」ことの証明なのです。
 上記の「SPA!」の記事で、神足裕司は「貧困など経験していなかった」ことに、やっと気付きました。

私はシュシャーニ師のような人に生活できる程度の年金が支払われる社会を実現することよりも、師のような人が十分な知的敬意を以て遇される社会を実現することの方が、ずっと大切ではないかと思う。

 「知的敬意を以て遇される」べきなのは、社会の現状に気付くことができる程度に、知性ある人です。

 堀江貴文は知的敬意を以て遇されるべきです。
 神足裕司は知的敬意を以て遇されるべきです。
 内田樹は知的敬意を以て遇されるべきではありません。

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2007年07月20日
 ■ 年金制度に反対します

オールニートニッポンのサイトで、エッセイの連載を開始しました。
「ゲームあふるる国に生まれて」と題して、TVゲーム関連の話を、週一回程度、書いて行きます。

一週間以上更新が開いたけど、ニュース的に重要なものってありましたっけ?
 地震、河合隼雄死去……村上とかはどうでもいいし、それぐらいか?
 特に何か言いたいニュースはないですね。ああ、年金については触れておかないと。

年金さぁ。なにあの「第三者委員会」って。
 要は「本人がマジメなら、払ったことにする」ってことでしょ。
 年金問題でよく「マジメに年金を払った人が、ちゃんと年金を受け取れなければならない」なんていうけれども、「マジメに年金を払」えるほどに収入に余裕があったことこそが、経済成長世代の特権じゃねーか。

 それは一方で、マジメでも年金を払えるような収入が無いワーキングプアは、老後どうなっても構わないということです。
 「とある高額な金融商品」を買い続けることができた人間のみが老後の生活を保証され、それを買えなかった人間にはなんの保証もない。それは国が行なう政策ではありません。
 そもそも年金は「国民全員がある程度余裕のある給与を得ている」ことを前提にした制度であり、その前提が破綻している現状においては、年金制度の縮小や変更が議論されるべきなのに、さも「まじめな国民は契約を果たしたのだから、ちゃんと支払うべきだ」などという、金融商品的な考え方がまかり通っているのが現状です。年金制度は、国民全ての老後を支えるべき政策であり、一部の既得権益者を支えるだけの金融商品であってはならないのです。

 「契約」というなら、国民は「保険料を納入するだけ」では十分に契約を果たしていないと考えるべきでしょう。「保険料を納入」し、「経済成長を正しく継続させた」時だけに満額が支給されるべきではないのでしょうか。
 つまり、契約者たちは、保険料を納入する義務は果たしたのかも知れませんが、賦課方式という、支給元の労働環境を守る義務は完全に放棄したのです。
 たとえば、月1000円程度を支払えば、汲み放題のキレイな湧き水があるとします。
 しかし、それを支払っている人間が、その水が湧く場所の近辺に、ゴミや生活廃水。化学物質などを廃棄し続ければ、当然キレイな湧き水は湧かなくなります。
 ところが、ゴミを捨て、キレイな湧き水を汲めなくなった人たちはこういうのです。
 「我々は月1000円を支払っているのだから、キレイな湧き水を汲めるべきなのだ!!」
 これが、今の年金問題の正体でしょう。

 自ら若者を卑下するような言論をくり返し、年寄りの雇用環境を守るために、若者を非正規雇用や請負に貶め、賦課方式の源泉である若者たちを苦しめ、若者の労働環境を守る義務を放棄するその一方で、「カネは払ったのだから年金をよこせ!」と権利だけを要求する。
 年金問題の本質はここにあるのです。

 マスコミも政治家も誰も言いませんが、「払った人しかもらえない」年金制度は、本質的な差別を内包する制度です。
 そして、国民全体の幸福を考えるべき国が、そのような差別的な制度を運用してはいけないのです。

 誰か一人でも選挙で「年金制度反対」を訴えてくれれば、投票したいんだけどなぁ。

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2007年07月11日
 ■ 「論座」の文章を公開しました

論座の2007年1月号と6月号に掲載された、「「丸山眞男」をひっぱたきたい」「続「『丸山眞男』を ひっぱたきたい」」を公開しました。

 「希望は戦争」という、安直な要約ばかりが流通し、それが誤解を招いていることもあり、原文をアップすることにしました。
 読んでいただければ、私がいかに「戦争を忌避しつつも、しかし、戦争にしか期待を込めることができない諦念」を表明しているかが分かっていただけるかと思います。

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2007年07月09日
 ■ プチブルに成り下がる

クローズアップ現代に出演したことが、近所バレしていた件……

20代の自分の写真が一枚もない。
 あるとしても、専門学校の卒業アルバムと、今の免許書ぐらいか。あと、ナンジャタウンのパスポート(笑)
 風景写真ならともかく、自分の写った写真やプリクラなんかをいっぱい撮る人というのは、楽しい思い出を写真の中に閉じ込めるのだろうけど、まぁならば俺が20代の写真をまったく撮っていない理由は明らかなんだ。
 30代は写真をいっぱい残せればいいなぁ。そんなカッコイイ顔じゃないけど、それでも。

選挙どうするかなぁ。
 「希望は戦争」なので、自民党にでも入れてみるかなぁ。
 民主党には入れる気しないしなぁ。
 また、いつものように共産党にちまちま入れようかなぁ。

「モンスター」につぶされる教師 理不尽なクレーム深刻化

 問題は「クレーマーが増えている」ことではなくて、「親の利権が増長し過ぎている」こと。親が「プチブル(「チューサンカイキュー」の方がいいか?)」と化して、「自分の子供は、大切なお坊っちゃま、お嬢様なのだ」と考える親が増えたこと。昔っから、地元の名士などの「ちっちゃい権力」を握った人間ってのは、常に我が侭に振る舞うものだろうし。
 それなら、事件の数も増えていないのに、不審者を異様に警戒してスクールバスを要求する親も、事件となんの関係も無い「エロマンガを規制しろ」「ホラーゲームを規制しろ」と叫ぶ連中も同じことであって、頭のおかしい「親」という人種に被害を受けているのは、決して学校だけではないのです。

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2007年07月06日
 ■ 新風舎のこと

そういえば、一番最近セックスしたのがいつのことなのか、すっかり忘れてしまった。
 射精感を味わうだけなら、オナニーでもできるけど、肌と肌がぴったりくっつき合った時の、あの独特の幸福感なんてのは、相手がいてこその感触だからなぁ。
 あー。誰かとくっついて、相手の体温を感じたい。これからどんどん暑くなる季節だから、余計にそう思う。
 あと、キスね。
 最近歯医者に行って、虫歯を全滅させてきたので、今なら安全にキスできるんですが、誰かしませんか?

新風舎がいよいよ訴えられたそうです。
 いまいち被害者に同情できないのは、本の流通の事をちょっと考えれば、個人が数千部だか数万部だか刷った本が、全国の書店に並ぶはずがないのは、普通に分かるだろうと。
 また、私自身もかつては「同人誌」を作っており、コミケなんかで売ってましたから、本を作りたいなら同人誌を作って、売りたいならば、自分でサイト作って売ったり、文芸作品なら模索舎なりタコシェなりに持っていったらいいんではないかと。
 結局、そういう地道な努力を差し置いて、「カネを出すから本を出せ」という感覚が嫌というか、あまりに「本」というものの形式にこだわっているのが嫌というか。つか、そんなカネがあるなら弱者によこせ。
 そういえば、こないだ地元の本屋のレジ前に新風舎の本が3冊ほど置いてありまして「地元の方の本です」というPOPがついておりました。ISBNコードなんかがついていると、こういう売り方ができるんですねぇ。
 けれども、本当ならそれだって地元の本屋が同人誌の委託を受け付ければいいだけのことのはずで、それをしないのはやっぱり会計が面倒なんでしょう。そういう意味では、新風舎問題というのは、「本」の本質を巡る問題なのかもしれません。
 そしてそうした問題に最も正しい回答を与えられるのは、同人誌や委託販売書店の存在を知っている、若いオタクやサブカルの人たちなのかも。

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2007年07月03日
 ■ この人は本当に頭が悪いと思う

ふと思い立って、豚の角煮を作ってみたが、味が濃すぎるなぁ。醤油と砂糖が多すぎたか?

第326回のマル激で、「丸山(以下略)」に触れていただいています。
 Part2の後半ぐらいのところです。この回は無料放送なので、みなさんご覧ください。

 で、結論としては、そこで語られている内容でいいのかなと思います。
 つまり、強者が弱者に対して責任を持つということ。それは宮台のいうところの「パトリオティズム」であるし、小林の実践としての「アシスタントにしてあげること」であるし、萱野のいうところの「経済的パトリオティズム」であると。
 いわゆる「ネオリベ」である経団連の愛国心のなさこそ、左派は糾弾するべきであるのだけれども、「同じ日本人の弱者を助ける」という事に対して「愛国」を否定することで自尊心を産み出してきた左派は積極的ではない、と。
 まぁ、それどころか、経団連的「ネオリベ精神」をそのまま引き継いじゃっているサヨクってのもいて、俺はその代表が鈴木謙介だと思っているのですよ。
 というのも、私のことを指して言った、この発言ね。

「赤木君の言っていることは俺たちを既得権益の中に入れろ。
さもなくば戦争だ!それは恫喝だ。」
といっているんですよ。ぼくそれは完全に正しいと思っていて。
彼の意見を受け入れて、30代フリーターを正社員にしてその分の給料を払うと、
今君たちが時給800円でやっている仕事を時給400円んで外国人に渡して、
もっと劣悪な環境で働かせないとそのお金持ってこれませんよ。

 これを見て、俺は心の底から「鈴木謙介ってバカだなぁ」って思って。本当にガッカリした。

 なに? 外国人を時給400円で劣悪な環境で働かせるのは悪いことだと思うって?
 じゃあ、日本人を時給800円で劣悪な環境で働かせるのは、いいことだとでもいいたいの?
 『生きさせろ!』でも読んで、時給800円の若者たちがどれだけ劣悪な環境で働いているのかを知ったほうがいいですよ。

 それにね、そもそも私は日本人だろうと、外国人だろうと、「劣悪な環境で働く労働者」を許容しませんよ。それは「左派」「エセ愛国(「愛国民労働者」とでも言ったほうがいいのかなぁ)」のどちらのモードにおいても。
 左派モードであれば、当然「外国人だからと搾取をしてはならない。労働者は全て平等であるべきだし、再配分は行われるべきだ」と言うし、エセ愛国モードであれば「外国人労働者を流入を許せば、日本人労働者が外国人労働者との競争に立たされることとなり、労働環境は悪化する。だから外国人労働者の大量雇用を許してはならない」と言います。そして、そのどちらにおいても、「国」や「政府」の存在を必要としているのですから、私がアナーキストなどではないことは、自明です。
 ところが、引用文のように日本人労働者と外国人労働者を、劣悪な労働環境のまま取り替え可能なものとして理解し、このような2択問題を提出するメンタリティーは、まさに外国人労働者の大量雇用を行なうことによって、国内工場の低コスト化を目指す「経団連」と同等のものででしょう。
 そしてそこには、既得権益側である、正社員や富裕層の利益を取り崩すという思想は、まったく無い。これはまさに「ネオリベ」以外の何ものでもないでしょう。
 上記のマル激で、宮台が俺のことを「小泉翼賛派」と言っていましたが、その呼称は鈴木謙介にお譲りします。

 あと、後藤さんに対する部分。
 後藤さんが一度でも「俺は俺で自由にやりたいのに、なんで規制しようとするんだよ」なんて論点を示したことがありましたっけ?
 後藤さんは「俗流若者論によって若者の利益が失われていること」に対して抗議し、そのために本や雑誌から事例を抜き出して、地道に提示しているわけですよ。そうした中で「不当な規制」に対して異議を唱えることはあっても、それは「自由にやりたいから」などといういい加減な話ではありません。
 「俺は俺の自己責任でコミュニティーをつくるから他のやつもやってくれ」って、後藤さんはなんかコミュニティーを作ってましたっけ? 「私の示したデータを自由に使ってください」とは言っていたけれども。

 ちょっと自分よりも目立った若手(笑)を、奇弁を使って潰そうとするようなヒマがあるなら、もうちょっと社会のことを、お勉強したほうがいいんじゃないですか? 鈴木謙介先生。

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2007年07月01日
 ■ 2億5540万の瞳 ビューティフル・ジャパンさんへ

「2億5540万の瞳 ビューティフル・ジャパン」さんへの返答が、ちょうどいい「希望は戦争」論についてのFAQになるかなと思うので、記事にします。

赤木さんが「人間としての尊厳」に言及されるとは思いもよりませんでした。「日本が軍国化し、戦争が起き、たくさんの人が死ねば、日本は流動化する」の赤木智弘さん御本人ですよね?

 そもそも、私の視点は「いかに弱者の尊厳を回復するか」という点にあります。
 「希望は戦争」論は、あくまでもその視点の上に立脚した論理です。

何よりも先に言っておきたいのは「他人がたくさん死ねば職にありつけるから戦争が希望」と言い放つ赤木さんに「人間の尊厳」を口にする資格はありません。

 しかし、現在の社会でも「他人が死ぬことを期待している経済体制」が存在しています。つまり「使い捨て労働者」の問題ですね。雇用計画はあくまでも「企業」側が立てるものであり、非正規労働者の割合が増えているのは、労働者の意志や能力の問題ではなく、企業の雇用計画の問題です。(この点を分かってない人が多すぎます。企業が「今年の就職希望者は質が高いから、5人の予定を10人採っちゃおう」なんて雇用をするはずがないだろう。常識で考えて)
 そして、労働力の「非正規化」は間接的に「他人を殺す」就業計画なのです。
 逆に言えば、正規社員は非正規労働者を殺すことで「職にありついている」ということになります。この点で、「戦争」と「現在の雇用状況」を巡る状況はほぼ同じです。
 「非正規労働者がたくさん死ねば(苦しめば)、正社員の地位は安泰だから平和が希望」と書き換えることもできますね。

 ただ、一点だけ違うのは、戦争による死が「見通し不可」、つまり一部の富裕層を除けば、誰でも死の可能性に直面するのに対し、雇用による死がほぼ「見通し可能」であることです。
 そうした状況に対し、私はこう書きました。

 国民全体に降り注ぐ生と死のギャンブルである戦争状態と、一部の弱者だけが屈辱を味わう平和。そのどちらが弱者にとって望ましいかなど、考えるまでもない。

 私は、見通し可能な「階層化」に異を唱え、「見通し不可」の流動性によってのみ、弱者の尊厳が回復されると考えています。
 もちろん、強者が自覚的に動けば、戦争など起さなくても流動性を発生させることは可能です。しかし、「非正規労働者がたくさん死ねば(苦しめば)、正社員の地位は安泰だから平和が希望」という論理を受け入れている強者たちが、果たして、自身が弱者化するかもしれない可能性を高めてしまうだけの流動性を、自ら産み出すことなんてするでしょうか?
 私はそんなことは絶対にありえないと考えています。最近の年金騒ぎを見れば、彼らがいかに「自分たちの利益だけが重要だ」としか考えていないかが、よく分かりますね。

また、「人間としての尊厳に深く結びついている、車・家・仕事・お金・食料」というのも理解に苦しみます。特に「車」には大いに異和感を覚えます。あなたの論法で行けば全人類が「車」を持つまで「希望は戦争」と言う事なります。

それとも「人間としての尊厳に深く結びついている、車」と「希望は戦争」は日本のみのローカル・ルールなんでしょうか?当然ですが、ローカル・ルールなのであれば「車は人間としての尊厳に深く結びついていない」事になります。

 「ローカルならば人間の尊厳と結びついていない」というなら、ムスリムが豚肉を食べるか否かということは、尊厳に結びつかないのですか?
 成人になるための儀式が存在する部族で、成人の儀式を行なうか否かは、尊厳に結びつかないのですか?

 私たちは世界標準の価値観の中で生活しているのではなく、所属する共同体のローカルな価値観の中で生活しているのです。
 そして、私は日本人にとっての「車」というのは、人間としての尊厳を表出する極めて大きなファクターだと考えています。日本人の成功体験を具現化してきた「三種の神器」と「3C」と「持ち家」のなかで、直接的にベースである「家」と直接的に結びつかないのは、車だけなのです。
 私は車というものを「家の外部化」であると考えています。つまり、持ち家を持つことが高度経済成長時代の人たちの、社会人としての尊厳を満足させてきたように、車もまた社会人としての尊厳を満たすために、必要不可欠であると考えています。

「『もう経済は回復したから、黙って自殺しろ』というのが、あなたの目指す社会の姿なのですね」も実に思慮の浅い発言です。「日本が軍国化し、戦争が起き、たくさんの人が死ねば、日本は流動化する」が現実になった時に「真先に死ぬたくさんの人」は誰だと思いますか?

 まず、現状、つまり「非正規社員がたくさん死ねば(苦しめば)、正社員の地位は安泰だから平和が希望」な社会において、「真先に死ぬたくさんの人」は非正規労働者ですね。しかもこれは極めて「見通し可能」な死です。絶対に死にます。
 そして、私の希望である「日本が軍国化し、戦争が起き、たくさんの人が死ねば、日本は流動化する」社会において、「真先に死ぬたくさんの人」は、一般兵士です。一般兵士とは非正規労働者はもちろん、普通の正社員や、正社員予備軍の学生なども含まれます。
 また、被侵略戦争であれば、もっと多くの人が、その身分に関係なく死ぬ可能性があります。
 しかし、これらは「見通し不可」な死です。死ぬかもしれないし、死なないかも知れません。

 そう考えた時に弱者自身が、「自分だけが絶対的な死を受け入れざるを得ない状況」を支持するのと、「自分も他人も死ぬかもしれない状況」を支持するのと、どちらがより「自殺願望」に近いでしょうか? 私は前者だとおもいますが。

実際にに軍国化し戦争が起きて「兵隊さん」になったら「フリーターの尊厳に深く結びついている、アルバイト・テレビ・ゲーム・ネット・オナニーなどを享受する自由」すら奪われて、上官の命ずるままに「人殺しの訓練と実践」に明け暮れる日々を送る事になるんですよ?

 フリーターの尊厳って、その程度なんですか。
 というか、あなたは「フリーターなんて、アルバイト・テレビ・ゲーム・ネット・オナニーをしてればいいんだよ」と考えているんですか?
 前にも尋ねましたが、それは「美しい国」と何が違うのですか?

その訓練の中でイジメ・シゴキは日常茶飯事で、戦場に行く前に鬱状態で自殺したり、訓練の中で命を落とす可能性だってあります。実際に戦場に行けば行ったで簡単に死ぬだけでなく身体のどこかを永久に失う羽目に落ち入る可能性もあります。身体は無傷でも精神に癒し難い傷を負って死ぬまで苦しむパターンも考えられます。

 雨宮処凛さんにお聞きしましたが、なんか「非正規労働者はゴミ箱をつかうな!」なんて会社があるらしいですよ。これはイジメですね。
 社会評価の低いフリーターは、当然自己評価も低くなりがちですから、うつ状態で自殺する人も多くいるかと思います。年間自殺者3万人超は、決して中高年のみの数字ではありません。
 派遣労働では、正規労働者ではありえないような劣悪な環境で働かされる場合が少なくなく、怪我は日常茶飯事、身体の欠損があっても労災すらおりず、死亡事故も当然あるわけです。
 そういえば1999年に、JCOの核施設で全身被爆で死亡した方々がいましたが、あれは戦争で被爆したんでしたっけ?

 それが「見通し可能」な階層差の一方でのみ存在するわけです。
 そして、あなたがこの現状を理解していないのと同様に、社会もこうした現状を理解していないわけです。
 私は現状の方が、戦争状態よりヒドイと思いますよ。

「平和な社会なんてろくなもんじゃない。夜遅くバイトにいってろくな休憩も撮らずに明け方帰ってきて、テレビとネット、昼ごろ寝て、またバイトに行く繰り返し」

「毎朝、目を覚ますたびに、お前はこう云ってもいいだろう。目が見える。耳が聞こえる。体が動く。気分も悪くない。 有難い!人生は美しい」

それでもなお「フリーターの希望は戦争」と言い張るなら、赤木さんは「精神異常者」か「工作員」のどちらかだと断定するしかないです。

 あなたがそれでいいというなら、あなたがフリーターとして一生働いてください。よろしくおねがいします。

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