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●雨宮処凜さんの『生きさせろ!』がJCJ賞を受賞しました。
「マガジン9条」に授賞式の様子が掲載されています。
えー、会場の人からすれば「空気読め」でしょうね。
けれども、圧倒的に正論です。安定した高給を得て、湯水のように(と書くと、「全然少ないよ」とか彼らはいうのでしょうが、それは彼らの基準の「少ない」ですから)取材費を使える新聞社社員は「賞」という名誉を欲しがるでしょうが、フリーライターが欲しいのは「賞」よりも「金」です。
会場ではきっと「笑い」が起きたのでしょうが、それは決してジョークでも何でもないということに気づいた人が、その会場に何人いたんでしょうかね。私は一人もいないと予想します。そんなもんでしょ。
こういうのも一種の「平等ボケ」だと、私は思いますね。新聞やテレビがお金や人をたんまり使って作ったものの絶対的な評価が「8」だとして、フリーライターや一般の人がコツコツとつくったものの評価が同じく「8」で、それを「同じ8の評価」にしてしまうのは、あまりに酷ではないかと。
大会社の社員が仕事の中で作ったものと、フリーランスが作ったもの、そして重度の身体障害者が作ったものの「完成品」のみを並べて、その機能や美観が全く同じならば、全部同じ価値なのだと判断するべきなのでしょうか?
もちろん、市場に出てしまえば、誰が作ったかなんて分からないのだから、同じ価値と判断するしかありませんが、「賞」ということを考えれば、その「もの」を誰が作って、どうした背景があるってことを判断できるのですから、そこに対して「色」をつけてもいい気がするのです。
まぁ、だいたい、賞なんて送る側の都合で一方的に選ばれるものですからね。もちろんそれが次の仕事に繋がるならいいのだけれども、名前ばかりならまだしも、逆に足かせにしかならないような賞もたくさんある。JCJ賞も「左翼」的な烙印として扱われる可能性も否定できませんし。
私なんかは選考委員に「大谷昭宏」がいるって時点でアウトですね。フィギュア萌え族になんか誉められたくないぞ(笑)
でも、仮に自分がそういう賞をもらう立場になったとすれば、もらえるものはもらいますけれども、だからといって、それで若者に対する責任を果たしたように考えたり、何らかの恩を着せたり。また、私がその賞を仏壇にまつって家宝にしないからと恨んだりするのは勘弁してください。
あくまでも「賞」は名誉であり、「金」で賄われるべき「生命の保護」に何ら関係のない、「生き甲斐の代替物」に過ぎないのですから。
●わいせつ漫画委託販売のイラストレーター逮捕
報じているニュースを聞くと、「印刷所に印刷させ」とか何かおどろおどろしさを感じますが、要は同人誌つくってて捕まったということです。
逮捕のきっかけとなった本かどうかは知りませんが、絵を見ましたけど、一本線モザイクで、ほとんど見えている状態。確かにモザイクの用を足していない感はありますが、そうそう作家さんは他にもたくさんいますから、今回はネームバリューなども考慮した見せしめ逮捕ということでしょうか。
これの少し前ですが、日本同人誌印刷業組合が「奥付の記載」「成人コミックマークの添付」を同人作家さんたちに要請していたこともあり、今回の件とあわせて、警察が同人誌市場にも一気に食い込んできた様子が伺えます。
多分、ここまで警察が強気なのは、松文館裁判の判決が今年の6月に確定したことなんでしょうね。警察は平沢勝栄に足を向けて寝られませんね。
●20代の暮らしぶり地味、貯蓄意欲は高め・日経調査
先立つ物(って今気づいたけど、うまい言葉だよな。資本主義社会においては、お金こそが物事の先頭ってわけだ。お金がなければなにも始まらないと)がないのに、消費などできません。
お金を渡せば、需要は付いてきます。需要がないと不平を言うよりも、すすんでお金を渡しましょう。(お金のともしび(笑))
つか、東京「駅」から30キロ圏内で、車なんてどれだけ贅沢なんだよ。日経記者の頭には蛆でも湧いてるのか?
●「痛いニュース」から来た人にご案内。
『論座 4月号』に、社民党の福島みずほを始めとする大物左派の方々から反論がきていますが、その内容がおおむね皆様の反応と同じなので、機会があれば読んでみると、面白いのではないでしょうか。
そしてもし、お気に入りの文章がございましたら、左翼になってみてもいいのでは?
なお、『論座 1月号』に掲載された、原文はこちら。
「「丸山眞男」をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」
ところで「努力をした」ということが、「他者に認められる」というのは、どういうことなのでしょうか?
たとえば、「生活ができないフリーターは、昔の労働者よりも努力していない」ということを証明するには、どうしたらいいのでしょうか?
たとえば、パリス・ヒルトンという人はお金をたくさん持っていますが、彼女はフリーター達よりも努力をしているのでしょうか?
そのあたりを考えてみると、面白い考えが発見できるかもしれませんよ。
●さて、その東京新聞の社説ですが、よりによって15日という大イベントに私の文章ですか。思いきりましたねぇ。
「苦悩直視が唯一の救い」というのはその通りだと思います。
もはや決して「平和と平等と自由」が並び立たない状況であるにもかかわらず、いまだ「平和を守ることが、平等と自由を守ることなのだ」と信じて止まない人たちがいます。
かつては経済成長によって、金銭は十分に分配され、平等と自由が保たれていました。だからこそ「平和を守る」ことが重要だったのです。
しかし、経済成長の停滞は、一部の人間の金銭由来の自由を守るために、一部の人間の金銭取得機会を奪うことを必然とし、結果「平和であっても、自由ではない人がいる不平等な社会」を形成させるに至りました。そのような社会で「平和を守る」ということは、「不平等を守る」ことに他なりません。
そうした現実を直視し、「平和を守るに値する社会」を再び産み出さなければなりません。
しかし、もはやグローバル経済が増長する状況で、経済成長の夢を見ることもかなわず、金銭分配での自由平等は、決して達成されません。
では、金銭以外の何で、自由や平等を達成するのか。もしくは金銭を別の方法で再分配するのか。
今は、そうした苦悩を直視しなくてはなりません。
「平和を守る」なんてアホな妄想語りをしている場合ではないのです。
しかし、それはあくまでも社会というマクロレベルで達成されるべきであって、社説の例に出ているような、ミクロな個人的心情において達成されるべきではないのです。これが個人レベルで達成されるべきだというなら、それこそ右派のいうような「戦争(徴兵)の教育効果」を認めることにしかなりません。「人間は極限を体験することによって、成長する=戦争(徴兵)は若者を成長させる」ということです。東京新聞は戦争(徴兵)肯定の立場でしたっけ?
(Blogの方だけ、ちょっと更新) 明日15日、7:30PMからNHK総合で放送される「日本の、これから」に、VTR出演で、ちょっとだけ出ます。 内容は、以前「クローズアップ現代」に出たときに撮影したVTRを編集したものです。 原稿などいろいろと忙しいのと、まだテレビに直接出て話すということに恐怖心があるので、スタジオには行きません。 ので、多分誤読をされるし、いわれのない批判をされるのではないかと思いますが、まぁ、しょうがないですね。
●ゲームあふるる国に生まれて 第3回「「オンライン対戦」によって脚光を浴びた、「あの」ジャンル(その1)」よろしくです。
ちなみに、このコラムでは完全に「普通のゲームコラム」を目指して書いてますので、社会問題とかは基本的には取り扱わない方向で。
●なんだかんだと、月1回ぐらいのペースで雨宮さんと会っているな。
こないだも雨宮さんの本の企画で、数人の人と話してきた。
夜勤明けに東京直行で、話が終わってすぐに戻ってきて、2時間ぐらい寝てまた夜勤という強行軍。
やっぱり移動に時間がかかりすぎるなぁ。東京で暮したいなぁ。
●朝青龍の件は、相撲協会がみっともないと思うよ。
どうせ辞めさせる腹づもりなら、明確に「クビ」を宣告すればいい。
それが4ヶ月の謹慎だとかさ、これは会社でいうところの「窓のない部屋に仕事もないままに押し込める」手法と同じだろう。協会や会社が責任をとらず、退職を個人の責任に貶める古典的な手法。
しかもこれが、白鵬が横綱になった直後だから、分かりやすすぎ。
これまで、なんだかんだありながらも、他に横綱がいなかったから朝青龍を追い出せなかったけど、他に横綱ができたら追い出せるってことだろ。
客観的にみれば「相撲協会はみっともない」というしかないんだけど、マスコミがおおむね「朝青龍の責任」ばかりをとりたてるのは、ゼニでももらっているのかな。
あと、朝青龍もバカなマスコミ相手にイメージを回復しようとして、ネタにされているぐらいなら、むしろ一般人を味方にすることを考えるべき。
どうせ謹慎なら、謹慎生活をネット配信とかどうだろう。ほら、インターネット初期にあったじゃん「インターネットだけで1ヶ月生活する」なんてのが。あれをやればいい。「朝青龍 ネットと稽古だけで、4ヶ月謹慎生活配信」。
当時はまだ、ネットでできる事なんてたかが知れてたけど、今なら「物を買う」なんてのはあたりまえで、出前だって、電話だって、友達をつくることだって、映画をみることだって何でもできる。
「露骨過ぎる人気取りだ」って? いいんだよそんなこと。相撲協会がここまで露骨な朝青龍ハズシをしているんだから、対抗して露骨な手を使ったらいい。スポンサーをつけたっていいし、ここまでバカにされたんなら、相撲協会をとことんバカにしてやればいい。どうせこんな露骨な手しか思いつかないボンクラ共なんだから、どうとでもできるだろ。
貴乃花以降、どうにもならなかった相撲界の人気を、なんとか支えていたのが朝青龍だろ。
相撲協会は散々その上に乗っかってきたのだから、朝青龍に感謝する必要はあっても、このような仕打ちをする権利などありはしない。
現場で矢面に立って働いている人間が、無能な上に虐げられる。なんかどこかで見た構図だな。
●そうそう、すっかり告知を忘れていた。
ゲームあふるる国に生まれて 第2回「レイトン教授の体操」でてます。
雑然とし過ぎている気もしますが、「面白いソフトウェアは、ハードが変わってもおもしろい」というのは、メディアミックスの成功例ですからね。今のゲームやアニメがメディアミックスを既定事項としている事を考えれば、「頭の体操」から学ぶべき事は少なくないと思いますよ。
第3回は明日ぐらいに出せるかも。
●まぁ、選挙は自民党の一人負け状態ですね。
栃木も民主の勝ちということですが、隣の群馬県ではイラクの位置も分からない山本一太大先生が当選ですか。一太先生は群馬県の位置はご存じなんですかね?
Wikiより「山本一太」
2006年4月14日に放送された太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。(日本テレビ系列)に出演した際、白地図にイラクの位置を塗りつぶすという問いに対し、参院イラク事態特別委員会理事であったにもかかわらずシリアの位置を選択し、他の出演者から失笑された。
とはいえ、「年金問題」という一時的なブームで世論が動いてしまった感も拭えず、年金制度自体に反対している私とすれば、決して喜ばしい結果と言い切れないのが痛し痒し。
個別のところでいうと、東京選挙区での丸川珠代と保坂三蔵の関係は最高だね。応援のために組んだ艦隊が本隊を沈めちゃったっていう。当選したのにお通夜状態。
こんな面白い状態になったのも、川田龍平を応援してくれた人たちのおかげ。
あと、義家な。当選しちゃったのは腹が立つけど、公人になったからには、今までの「言うだけ番長」は通用しませんからね。この際、ヤツの「公人」という立場を反義家側が利用して、ヤツの正体をガンガン暴いて行き、こんな人間を政治の場にあげた自民党の愚を万民の元に晒しあげましょう。
口先だけ威勢のいいことをいうものの、やることなすことなんにも続かなくて三日坊主。「恩師に助けられた」などといいつつ、その恩師や母校に後ろ足で砂をぶっかけて、日の丸君が代強制側に。選挙権がなかっただけの丸川なんかより、よっぽど無責任な人材。
「生徒に手を出したんじゃないか? 淫行条例違反疑惑」も、公人となれば避けては通れませんからね。
こうした、叩けばホコリしかでない義家の情報については、「義家弘介研究会」や「冬枯れの街」さんの「義家弘介・教育再生会議カテゴリー」でどうぞ。
●縁count問題
最近、縁countというニュースサイト? が安直なオタクバッシングネタを量産して話題になっている。
縁countの一部記事は、ライブドアニュースからも配信されている。
・普通の神社に“オタク”が集まり大変なことに
・「らき☆すた」オタクがまた暴走〜今度は投票用紙に
・純真なオタクがターゲット〜メイド服を纏った悪魔の新商法
1つ目の記事は、産経新聞や、フジテレビのスーパーニュースでも報じられ(フジサンケイグループばっかりだな)、比較的大きな騒ぎになっている感があるが、縁countの記事も産経新聞の記事も、オタクに否定的な言説の例として取り上げているのは「我ら久喜市民のHP」という1つのサイトのみであり、市民のほとんどは気づいてないか、なんとも思っていないことが大半だろう。
「MICHEE-Nの日々思うこと」では、上の記事とは別に、産経新聞の記者が取材をしていた様子が書かれているが、その宮司さんの話をみれば、決して「大変な事」などにはなっていない事が分かる。
他にも宮司さんの話や、電話で質問した人のサイトがあったのだが、どこだか忘れてしまった。
2つ目の記事は、「選挙でふざけた」というもの。
しかし、選挙に何度も足を運び、結果に注目している方ならご存じの通り、選挙での白票や、立候補していない人間など名前を書く事は昔からあることであり、アニメキャラの名前を書いた人がいても別に驚く事も立腹する事も無い。記事を書いたのはロクに選挙に興味の無い人間なのだろう。
一票はその人のものであり、それを有効に生かすも生かさないも、当人の自由だ。
問題としては投票所で「撮影」を行なったことだが、それを見逃した問題は、選挙管理側にあるのであって、投票者側ではない。
3つ目の記事については、「アキバBlog」で完全否定されている。
「「メイド服を纏った悪魔の新商法」 そんなのいないよ」
毎日アキバの情報を配信しており、私服警官すら見分ける能力があるサイトの人が「いない」と断言するからには、本当にいないのだろう。
オタクという存在が注目されるようになって、既にかなりの時間が経っているが、今だにこのようなオタク趣味の人間を下にみて、主観のみの煽動的な記事をたれ流す連中は、なかなか減りませんね。
しかし、Webを使った情報発信能力は、そうした記事を書く人たちよりも、オタクたちの方が上なのですから、そのようなトバシ気味の記事を書いたり、それに乗っかってオタクバッシングをおこなうことは、自身の首を絞めるだけのことなのだと、自覚したほうがいいと思います。