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2007年08月25日

 ■ また警察か

雨宮処凜さんの『生きさせろ!』がJCJ賞を受賞しました。
 「マガジン9条」に授賞式の様子が掲載されています。

 えー、会場の人からすれば「空気読め」でしょうね。
 けれども、圧倒的に正論です。安定した高給を得て、湯水のように(と書くと、「全然少ないよ」とか彼らはいうのでしょうが、それは彼らの基準の「少ない」ですから)取材費を使える新聞社社員は「賞」という名誉を欲しがるでしょうが、フリーライターが欲しいのは「賞」よりも「金」です。
 会場ではきっと「笑い」が起きたのでしょうが、それは決してジョークでも何でもないということに気づいた人が、その会場に何人いたんでしょうかね。私は一人もいないと予想します。そんなもんでしょ。
 こういうのも一種の「平等ボケ」だと、私は思いますね。新聞やテレビがお金や人をたんまり使って作ったものの絶対的な評価が「8」だとして、フリーライターや一般の人がコツコツとつくったものの評価が同じく「8」で、それを「同じ8の評価」にしてしまうのは、あまりに酷ではないかと。
 大会社の社員が仕事の中で作ったものと、フリーランスが作ったもの、そして重度の身体障害者が作ったものの「完成品」のみを並べて、その機能や美観が全く同じならば、全部同じ価値なのだと判断するべきなのでしょうか?
 もちろん、市場に出てしまえば、誰が作ったかなんて分からないのだから、同じ価値と判断するしかありませんが、「賞」ということを考えれば、その「もの」を誰が作って、どうした背景があるってことを判断できるのですから、そこに対して「色」をつけてもいい気がするのです。

 まぁ、だいたい、賞なんて送る側の都合で一方的に選ばれるものですからね。もちろんそれが次の仕事に繋がるならいいのだけれども、名前ばかりならまだしも、逆に足かせにしかならないような賞もたくさんある。JCJ賞も「左翼」的な烙印として扱われる可能性も否定できませんし。
 私なんかは選考委員に「大谷昭宏」がいるって時点でアウトですね。フィギュア萌え族になんか誉められたくないぞ(笑)
 でも、仮に自分がそういう賞をもらう立場になったとすれば、もらえるものはもらいますけれども、だからといって、それで若者に対する責任を果たしたように考えたり、何らかの恩を着せたり。また、私がその賞を仏壇にまつって家宝にしないからと恨んだりするのは勘弁してください。
 あくまでも「賞」は名誉であり、「金」で賄われるべき「生命の保護」に何ら関係のない、「生き甲斐の代替物」に過ぎないのですから。

わいせつ漫画委託販売のイラストレーター逮捕
 報じているニュースを聞くと、「印刷所に印刷させ」とか何かおどろおどろしさを感じますが、要は同人誌つくってて捕まったということです。
 逮捕のきっかけとなった本かどうかは知りませんが、絵を見ましたけど、一本線モザイクで、ほとんど見えている状態。確かにモザイクの用を足していない感はありますが、そうそう作家さんは他にもたくさんいますから、今回はネームバリューなども考慮した見せしめ逮捕ということでしょうか。
 これの少し前ですが、日本同人誌印刷業組合が「奥付の記載」「成人コミックマークの添付」を同人作家さんたちに要請していたこともあり、今回の件とあわせて、警察が同人誌市場にも一気に食い込んできた様子が伺えます。
 多分、ここまで警察が強気なのは、松文館裁判の判決が今年の6月に確定したことなんでしょうね。警察は平沢勝栄に足を向けて寝られませんね。

20代の暮らしぶり地味、貯蓄意欲は高め・日経調査
 先立つ物(って今気づいたけど、うまい言葉だよな。資本主義社会においては、お金こそが物事の先頭ってわけだ。お金がなければなにも始まらないと)がないのに、消費などできません。
 お金を渡せば、需要は付いてきます。需要がないと不平を言うよりも、すすんでお金を渡しましょう。(お金のともしび(笑))
 つか、東京「駅」から30キロ圏内で、車なんてどれだけ贅沢なんだよ。日経記者の頭には蛆でも湧いてるのか?

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