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2007年12月29日
 ■ 荻上チキさんのこと

掲示板へのレス

タイトル : Re: 苦労=就活?
投稿日 : 2007/12/28(Fri) 00:09
投稿者 : 正社院
> あなたのおっしゃる「苦労」とは、「就活」なのですか?

少なくとも、親元で就活せずに済んでいる赤木さんより、面接で何十回も落ちた人の方が実直でまっとうな「苦労」してると思いますが。

それはそれとして、「実直でまっとうな苦労」をしても「成果」を出さないと今やサラリーマン社会では評価されません。そういう意味で、「成果」を出している赤木さんのほうが「苦労」していても結果を出していないフリーターよりエラいんです。

 そこまで理解していながら、どうして最後の部分で日和るのでしょうか?

 つまり、「就活の多少」は、結果を導き出さない限り、努力として認められないのですから、就職できていない人にとっては、なんら意味がないのです。
 さらに言えば、履歴書を1,000通送って就職した人が、履歴書を1通しか送らずに就職できた人よりもビジネススキルが高いということもないのですから、努力としてはなんの意味もありません。
 努力というのは、社会の「中」で自分の立場を高めるためにする行為のことですから、非正規社員(主にフリーター)という社会の「外」に弾き出されている人たちにとっては、努力という行為は「不可能」なのです。
 就業させるのは、社会の中にいる、正社員たちの責任です。そして努力はその後から始まるものです。

タイトル : Re^3: 共闘していきましょう!!
投稿日 : 2007/12/29(Sat) 10:09
投稿者 : 氷河期男
>> http://www.nicovideo.jp/watch/sm1765008
>> この動画を見て下さい。
>> 私たちの世代がいかに大変な目にあっているかわかります。
>> 氷河期世代は力を合わせるべきじゃないでしょうか??

> 共闘しようといいますが、赤木さん自身同世代でも正規雇用は自分の敵と公言されてますが。。。。。

私も正直「同世代でも正規雇用は自分の敵」の部分だけ気になってます。
この部分だけ修正して、氷河期世代全員が力を合わせれるようにならないかなぁと考えてます。
それ以外の公言は赤木さんに賛同できるので。

なお、確かに「同世代でも正規雇用は自分の敵」と公言してますが、
「でもそれは本質的な問題ではなくて、団塊世代等の上の世代の正社員こそが敵」とも公言してませんでしたかね?過去のスレで。
そういう考えであれば共闘は可能だと思うのですが。

 同世代でも、正規雇用は敵。団塊世代はもっと敵。ですかね。
 そもそも、共闘に対する考え方がみなさん甘いですよね。片や普通に家族をもって、幸せに生活している正規雇用層と、家族をもつなんて夢のまた夢の非正規雇用層が、いっさいなんのしがらみもなく、共闘できるわけがないのですよ。

 「反戦と抵抗のフェスタ」でも、少し話をしましたが(あの時は「ウヨ厨」になぞらえて、この話をしましたが)、正規雇用層の生活が、非正規雇用層の犠牲によってなりたっている以上、非正規雇用層が正規雇用層を恨んでいるのは、当たり前のことです。正規雇用層はそれだけの「業」を負っています。
 ならば正規雇用層は、共闘しようというなら「恨まれながらも共闘する」ことを前提とするべきなのです。そして、業を解消するために、非正規雇用層の生活をまっとうなものにするための「奉仕」をすると考える必要があります。そうでなければ、賃金の点で既に正規雇用者に対する奉仕を強要とされている非正規雇用層との平等が達成できません。

 共闘することが、自分たちの利益(お金だけではなく、尊厳という意味で)に繋がると主張するなら、恨まれようが噛み付かれようがなんだろうが共闘すればいいのです。
 しかし、多くの左派は「私たちを敵視する以上は、共闘できない」などと考えている。それは正規と非正規の賃金的な格差を前提に、非正規労働層に対して「私たち正規社員層に日和ること(敵視するな!)」を強制する態度でしかありません。
 正規社員層は現状をあるがままに受け入れ、後ろから刺されるかも知れないという覚悟のまま、それでも非正規労働層のために共闘し、ついでに正規労働層のために共闘するべきなのです。
 正規社員層は、非正規社員層と共闘しろ!!

【荻上チキ氏インタビュー】ネットにおける「炎上」や「デマ」の構造

を考える—『ウェブ炎上』の著者の視点

 このサイトを見ているような人なら、もうチェック済みだと思いますが、「成城トランスカレッジ」の荻上チキさんが顔出しされていますね。

 たとえば少年犯罪の問題について、メディア上で「少年犯罪の凶悪化」ということが繰り返し主張される一方、統計的に減っているという反論がよく言われますね。もちろん、統計的に良くなっているんなんだ、という議論も絶対必要です。同時に、リスクが可視化されやすい社会で、「体感不安」という言葉にリアリティをもっている状態では、ただ統計データを示したり、メディアを批判するだけではどうしても弱い。僕と同世代の論客たちが統計を持ち出して、社会不安みたいなものは気にする必要がないんだと反駁しているのを見ていると、それだけでは実は頼りないなと思っています。そもそも増えたら終わりじゃないですか。そうした場合には、ロジックで負けてしまう。だから、検証とは別の思想の研鑽作業というか、「観察する側の言葉」を磨く作業が必要になるだろうなと思う。

 この部分はいただけませんね。
 だいたい、なんだその「そもそも増えたら終わりじゃないですか」ってのは。
 そこに「たられば」を設定できるのなら、ジェンダーフリーだって「男女が平等だったら意味がない」と言えてしまう。
 また、それが頼りないというなら、チキさんがやってくれればいいんですよ。もしくは方法を提供してくれればいい。

 また、「観察する側の言葉」という発言も、意味があるようで、ほとんどないと思う。
 例をあげるなら、シュプレヒコール中心のデモが社会に受け入れられがたいと考えている人が、サウンドデモをやるとする。
 しかし、ではシュプレヒコールデモと、サウンドデモのどっちが本当に社会に受け入れられているかなんていうことは、どうにもわからないわけです。私なんかは「どっちも反発を受けるだけではないか?」と思ってしまうわけで。

 だから私は、「各自が自分の好きな方法でやればいいんじゃね?」としか思わないんですけどね。デモに関しても「俺は参加しないけど、やるならわざわざ反対はしないよ」って態度だし。

 あと、小谷野の件ね。
 私も実名でやっている以上、「匿名での攻撃は卑怯」という小谷野の考え方がわからないでもない。
 ただ、小谷野の感覚は「匿名(ペンネーム)」と「匿名(空白&一時的なペンネーム)」をごちゃまぜにしている。
 私は、サイトという明確な拠点を持った「匿名(ペンネーム)」には、一定の「人格」が存在すると考えており、書き逃げのできる「匿名(空白&一時的なペンネーム)」とは、別のものとして考えるべきだと思う。
 その上で「あえて」、匿名(ペンネーム)ではなく、実名で書くのは、「実名の方が信頼性が高い」とか「仕事が受けやすい」といった、個人の事情によるものだと思う。
 私は『戦前の少年犯罪』の管賀江留郎さんが実名でやっていれば、少年犯罪の調査研究書として、もっと高い評価を得られるのになぁと、ちょっと残念に思っている。とはいえ、使う側がペンネームであることさえ気にしなければ、この本の重要性は変わることはない。

 そして、私は荻上チキも、顔出しをしている以上は本名をもはや本名のみを隠し通す意味はないだろう。
 しかし、それを決断するのは荻上チキ本人の意思であって、小谷野がバラす必要はどこにもない。口は出してもいいけど、それで説得できないなら、小谷野自身が「こいつはダメだ」と思っていればいいだけの話だ。そして「荻上チキは顔出ししているくせに、本名を出せない匿名の卑怯者」とでもBlogに書いておけばいい。それが最低限のマナーというものだろう。
 もし今後、彼の本名が知れ渡った結果、仕事の上で支障をきたすようなことがあったら、小谷野は金銭的な保証を行なうべきだ。それができないなら、河野さんを松本サリン事件の犯人に仕立て上げ、彼の人生をめちゃくちゃにした露悪趣味のマスコミと同じだ。

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2007年12月26日
 ■ 誰が若者に明るい未来を示せるのか

掲示板へのレス

タイトル : 赤木様に質問です(送金方法)
投稿日 : 2007/12/25(Tue) 00:26
投稿者 : 水無瀬
水無瀬と申します(30歳 男 定職)。
スレ主様の趣旨とは関係ないのですが、新スレをたてていいものか
分からなかったので、ここに書かせていただきます。

私もスレ主様同様に、本をよまさせていただきました。
本で、職業訓練よりまずは、当面の金を頂きたい、といった
ことを記載されていたのと思うのですが、赤木様個人や、もしくは
不安定な雇用状態にある若い人の連合のような組織に送金できる
システムはあるのでしょうか。

例えば、PDFで振込用紙をアップして頂き、それを銀行等にもって
いけば送金できるとか、あれば、経済的面から支援する人もいるの
ではないでしょうか(私個人では300万円もだせないです)。

もしそのようにお金を受け取られるのが、嫌でないなら、そうされて
みてもよいのではないでしょうか。(クレジットカードは持ってますが
wikipediaの具体的な寄付方法も分からないので、簡単なシステムで
お願いします)

 金銭の授受には、法的にさまざまな問題があるので、安直に募金を募ることはできません。
 逆にそうした問題をクリアーにするだけの労力以上のリターンがあることが確定的なら、募金もできるのですが、そんなに集まらないでしょう。
 今のところ、小額ならば「はてなポイント」を寄付していただくのが、一番気軽ですかね。
 ここから、ID:ClossOverへ送信していただければ、ありがたく存じます。

タイトル : 主張が変わっていますね
投稿日 : 2007/12/24(Mon) 23:32
投稿者 : ニューケインジアン参
日記を読みました。
最初のころは確か「一番望ましいのはB」と仰っておりましたが
なぜ変わったんでしょうか?

 少なくとも、「希望は戦争」と言いはじめてからは、なにも主張は変わってないと思いますが。

タイトル : 共闘していきましょう!!
投稿日 : 2007/12/23(Sun) 18:04
投稿者 : 氷河期男
http://blogs.yahoo.co.jp/kazuya_blog

このサイトの方は赤木さんと似た主張をしておられます。
(氷河期世代、新卒偏重採用に関する考え方が)

 ニュースとか細かくまとまっていて、いいサイトですね。
 参考にさせていただきます。

タイトル : テキストエディタ
投稿日 : 2007/12/23(Sun) 02:22
投稿者 : hnagoya
参照先 : http://ja.wikipedia.org/wiki/Xyzzy
はじめまして。

なんでもできるテキストエディタとしては古来よりEmacs (http://ja.wikipedia.org/wiki/Emacs)が有名ですけど、Windows上で動作する(広義の)Emacs系エディタとして xyzzy (http://ja.wikipedia.org/wiki/Xyzzy)ってのがありまして、たいへん便利ですし、オープンソースで公開されているという太っ腹なソフトウェアです。いろいろ拡張できますから、赤木さんがご希望のことはたいてい可能なはずです。

 Emacs系なら、どのOSに変わっても同じように使えるから便利ですね。
 とりあえず秀丸を買ったのですが、カーソル移動などがマウスはもちろん、カーソルキーを使わなくても全部できるのは、コマンドラインベース発のエディタならではの魅力だと思うので、少し考えてみます。ただ、以前使おうとして、挫折しているんですよねぇ。

JCCast、第12回。武田徹、ジャーナリストコースの総括を語る。といった趣で。

 今回は、粥川さんと私はお休みで、武田さんがJCを総括しています。今回upされた分は、2004年度までの話で終了しているので、残りは次回ということなのでしょう。
 JCも2007年度で最終年度らしいので、今後のJCCastはどうなるのでしょうか。まぁ、ボイスレコーダー1本(+無指向性マイク)でやっているので、人さえ集まればどこでもできるんですけどね。サーバーも東大で借りているのではなく、2004年度の元受講生(結婚おめ)が借りているサーバーなので独立性的には問題はありません。

長野の帝王、NHKのど自慢で「レーダーマン」を唄う。(反米嫌日戦線「狼」より)


 長野の帝王とは、youtube黎明期から日本人としては珍しく顔出し動画を投稿してきた、ちょっと頭の線が一本切れているタイプの女の子。なんか、ようやく時代が帝王に、そして戸川純に追いついてきたという感じ。
 ちょっと面白いなと思ったのは、瀬川瑛子がかなり積極的なコメントを出している点。普通なら「なんかすごいですね」ぐらいでお茶を濁すものだが、「戸川純さんが乗り移っている」と、実に的確な表現。まぁ今はともかく、80年代には戸川純はメジャーなアーティストですから、ニューウェーブ(だよな?)と演歌、表現は違えど、同じ歌い手として認識しているのかな?

<オマケ>
 鳥居みゆきは、やっぱり戸川純を意識していた。(ニコニコ動画)

先日、大阪経済法科大学アジア太平洋研究センターの「市民アカデミア2007」で、雨宮処凛さんと話して来たのですが、話の中でかつて雨宮さんが思想的に右に行き、私が左に行った理由というのが、ハッキリしました。
 要は、雨宮さんは各種事情(さほど幸せではない事情)で東京に出てくるワケで、それは強度こそ違えど私も同じようなもので、その時に希求していたのは、やはり「社会に受け入れられたい」ということだったのだと思います。
 その時に、たまたま雨宮さんの近くにあったのが「右翼団体」で、私の近くにあったのが「インターネット」だったワケで、単純にそれによって雨宮さんは右に行ったし、私は左に行ったということなのでしょう。
 私の部分を補足しておくと、最近の「右傾化」したインターネット観では、「インターネットで左に行く」という意味がわからないのかも知れませんが、私がネットを始めた1995年頃のネットは、コンテンツも非常に少なく、インフラも貧弱だったので、各自がみんなの為に工夫してコンテンツを産み出し、相互で共栄しようという気風がありました。
 また、規模の小ささが、マスメディアに対するオルタナティブとして、ちょうどよく機能していました。今ではネットは「別のマスメディア」になってしまいましたが。

 で、このことで重要なのは、雨宮さんにしろ私にしろ、そのきっかけは非常にありきたりなものに過ぎなかったということです。
 つまり、単純に「社会に受け入れられたい」という個人がいて、そこに対して「ここで受け入れてくれるかもしれないよ」という誘いがある。そして思想が染まる。
 雨宮さんがオウム真理教の人たちをうらやましいと感じたのも、そして当時「オウマー」みたいな人が出てきたのも、それだけ社会に対して「私を受け入れて欲しい」という希求が多く、しかしその多くが実現されてこなかったということなのでしょう。

 こうして文章に書くと「ごくごくあたりまえ」のことに思えるのですが、それが実際に人間の運命を決めてしまうことは、単に「あたりまえ」で済ませるわけにはいかない意味の大きさがあります。
 たとえばフリーター問題にしたって、フリーターがフリーターでいるのは、フリーターとしてしかフリーターが社会から希求されないからです。その一方で、新卒学生は正社員として社会から希求されます。
 もちろん、希求された後に「これは違う」と個人が感じて離反することはあるのだけれども、その離反こそが本当は個人の自由なのでしょう。(現状では「個人の“責任”」にされてしまっていますが)
 社会は個人の自由を達成するために、極力数多くの希求を出す責任があるのですが、それを怠っています。
 若者が右傾化やカルト宗教にハマることはあっても、それは本人の責任ではなく、右傾化やカルト宗教よりも明るい未来を若者に対して指し示すことのできない、社会の側の責任なのです。

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2007年12月20日
 ■ テキストエディタは、何を使えばいいんだろう?

今売りの「SAPIO」に「こんな夢も希望もない「格差社会」なら、いっそ戦争で全てをリセットしてほしい」と題された文章が出ています。
 内容的には、「希望は戦争」のリミックスです。

掲示板への返答


タイトル : Re: 誤読

投稿日 : 2007/12/15(Sat) 00:08
投稿者 : 加護天使

その指摘は、正しいと思う。
しかし、赤木さん自身が呈示する議論では、
貧困の絶対的水準と相対的水準を(たぶん確信的に)使い分けて議論を混乱させ結論回避をしている。
あるときは、
富裕層はそのままで、中間層貧困層だけまとめてコルホーズにほりこんで飢餓輸出しても構わないようであり、
あるときは普通に家庭を持ちたい(再生産可能な生活水準!)と言う。

 私は何も混乱させているつもりはないんですけどねぇ。

 中間層をまとめてシベリア送りにすることと、貧困層が普通に家庭をもつことは、両立する概念です。
 すなわち、現在の中間層が貧困層になることで「普通」の平均が下がり、相対的に貧困層の地位が向上するのです。
 中間層が年収300万で、貧困層が年収100万のときに、貧困層は中間層の1/3の生活しかできませんが、中間層が年収100万に落ちれば、結局、経済体制というのはマジョリティーに合わせて「普通」の生活を形作るわけですから、貧困層はなにをせずとも普通の暮らしができることになります。つまり、貧困は必ず相対的水準なのです。

 分かりやすく、考え方を示します。
 まず、いまのままが継続すること。つまり、中間層が300万円をもらい続ける未来をAとします。
 次に、左派が夢見るような、富裕層から取り上げて、中間層と貧困層がいままでよりも裕福になる未来。中間層が500万で、貧困層が300万。これをBとします。
 そして、中間層が貧困層に分け与えて、元中間層と元貧困層が250万ずつもらうような未来をCとします。
 最後に、中間層を引きずり下ろし、貧困層と同じような、もしくはそれ以下の賃金になる未来。元中間層と元貧困層が80万ずつもらうような未来をDとします。

 これを平等さの基準で考えると。望ましい順に「C=D>B=A」ということになります。なぜなら、CとDは、中間層と貧困層の格差が0なのに対し、BとAは200万の格差が存在するからです。
 これに「より望ましい方向」という視点を加えれば、「C>D>B>A」になります。収入がより多い方が望ましいですから。(これは貧困の絶対的水準の話をしているのではなく、単に最少値と最大値の幅が大きいほうが、金銭の使いかたの幅が広がるので、選択肢の拡大という意味です。)
 そして私は「中間層が貧困層に分け与える」という設定にリアリティーを感じられないので、必然的にもっとも貧困層にとって都合のいい、Dを主張しているのです。
 私にCを主張させたいのであれば、「中間層には貧困層を救う意思がある」ことを、中間層の側が証明しなければなりません。
 また、Bでは格差が継続するだけなので、論外です。

 これで混乱することはないはずですが、いかがでしょうか。

タイトル : ウーマンリブ
投稿日 : 2007/12/16(Sun) 10:21
投稿者 : 通りすがり
http://www.journalism.jp/t-akagi/2006/07/post_136.html

http://blog.livedoor.jp/gegenga/archives/50638103.html
を拝読しました。

結論は、アンタ日本や世界のウーマンリブやジェンダー史について実は勉強してないでしょ!!ばればれだよ。
あなたが書く「ウーマンリブは・・・」というのは仮想敵、一面的すぎ。もっといろんな意見がたくさん出て、これが代表的な「ウーマンリブ」なんていうコンセンサスはないよ。自分の論を進めるために、作っちゃだーーめよ。

 コンセンサスがとれていないのは、リブ側の都合。ならばちゃんと、ふざけたリブ思想は、ちゃんとしたリブ思想家が攻撃しないといけないわけです。
 そして、ウーマンリブが弱者男性を社会から排除しないことを、ウーマンリブ側がちゃんと証明しないといけないのです。
 そのために、私は強者女性が弱者男性を養うという、家族モデルを提案しているのですが、それができないということは、ウーマンリブが弱者男性を社会から排除しているということを、証明してしまっているのです。

 あと、他人に意見を言おうという時に、そういう文体はまずいですね。それに「通りすがり」というペンネームは、私が最も嫌うペンネームです。荒らしのなんちゃら面相以下です。通りすがりに人の庭に唾を吐いて行かないでくださいね。

タイトル : フェスタどうでしたか?
投稿日 : 2007/12/16(Sun) 19:56
投稿者 : 攝津正 Tadashi SETTSU a.k.a. "Linda"
2週間前ですが、フェスタどうでしたか。
感想、意見などあればうかがいたいです。

 楽しかったですよ。いままで、私からは比較的遠い存在だと思っていた活動する左派というものが、少々近くなった感がありました。
 皆さん真剣だということが、よく分かりました。ただ、それが社会にうまく繋がっていかない。
 私はデモという方法論を肯定しないけど、それでもやらないよりはやるべきだと思います。言論を伝える方法は、少しでも多い方がいいと思います。
 そういう意味でも、反赤木掲示板(http://otd13.jbbs.livedoor.jp/1000041310/bbs_plain)がますます盛り上がると、いいと思います。
 親赤木であろうと、反赤木であろうと、人々がこれまで以上に若者の考え方を無視できない方向に持っていくことが重要なので。

タイトル : Re^4: 既得権は渡したくない
投稿日 : 2007/12/20(Thu) 10:03
投稿者 : ロマサガ

では、氷河期世代を救済するにはどうすればよいのか?
確かに景気回復は氷河期世代やプレカリアートが正社員にな
ったり、高い賃金を得るのにプラスの作用を果たすでしょう。
ただ、成長率はこれまでと違って高い成長率を達成し続けら
れるのか疑問ですし、途上国の追い上げによる国際間の競争
はますます厳しくなっていくでしょう。

そこで、池田・八代・赤木・城 流の正社員賃金切り下げ、解
雇法制基準の緩和がマクロのレベルで求められるわけです。そ
れは正社員の善意によって達成するよりも、金持ち層、権力者
層に訴えて達成する方が早く、確実です。

 そういうことですね。
 なにも、正社員の就職氷河期世代が、貧困層の就職氷河期世代の敵になるのは、皮肉でもなんでもありません。
 就職氷河期を含めた正社員が敵だからこそ、私は戦争に希望を繋がなければならないわけです。

タイトル : 赤木氏、NEWS23に出演?
投稿日 : 2007/12/19(Wed) 23:49
投稿者 : ロマサガ
今TBSを観ていたら、赤木氏と思われる人物が番組予告で映っていました。

12月24日 TBS NEWS23「生活破壊 ギリギリ以下を生きる」
http://www.tbs.co.jp/news23/your_voice/071224.html
特集の中のインタビュー部分で出演されるみたいです。

 24日ですか。
 何日放送か聞いてなかったので、助かります(笑)

タイトル : 修正: 無題
投稿日 : 2007/12/19(Wed) 13:45
投稿者 : 丈太郎

 赤木さんの希望は、

1.若年貧困層の雇用の安定化、ならびに収入の増大
2.貧困層と富裕層の階層関係の流動化、もしくは逆転

 この二つの願望を戦争によって実現しようというものですよね。
 では、どこの国と戦争をおっぱじめれば、この二つの願望が都合よく
実現するというのでしょう? なかなか難問です。
 戦争をするとなると、莫大な軍事費がかかり、もちろんそれはかなり
「公平」に全国民に負担としてのしかかるものですから、相手国から
なんらかの手段で富を強奪しないかぎり、若年層の生活はますます
厳しいものになるに違いありません。もちろん負けてしまっては、
若年層どころか全国民が貧困層に突入するおそれがありますから、
絶対に勝てる相手を選ばなければなりません。

 少し違いますね。
 私が戦争に望んでいるのは、他国から富を奪って裕福になることではなく、国内が破壊されることによって、多くの国民が私たちと同じ貧困層に陥ることです。そのことによって今よりも平等な社会が達成できると考えています。
 詳しくは上の加護天使さんへのレスを読んでください。

最近、日記の更新が億劫なのは、(遊びを含めて)忙しいこともあるんだけど、一番の要因は、Vistaでのテキストエディタ環境が、うまく整備できていないことにあります。
 Macではmiを使っているのですが、これの「ツール」の使い勝手に慣れてしまって、他の環境をうまく使いこなせないでいます。
 ひとまず現在はTeraPadを使っているのですが、お金を出しても秀丸の方がいいのかなぁ。まだちょっとよく分かりません。HTMLへの整形や、日付を反映したテンプレートの張りつけが簡単にできるエディタがあればいいのですが……。

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2007年12月14日
 ■ 掲示板への返答

掲示板への返答

タイトル: Re^9: 赤木くんへ
投稿日 : 2007/12/12(Wed) 12:10
投稿者 : 栃木出身の20代後半

> 私が非難している点、また問いたい点は、
> 先日から繰り返しているが「論客としての赤木智弘」と
> 「個人としての赤木智弘」の矛盾である。

上記を読みました?
なんか他の人にもこの点を触れられると、
さりげなくスルーしていますけど。
今度もスルーですか?佐野ネタで反論ですか?

 私の論理と行動に、どこにも矛盾はありません。
 「十分に裕福な安定労働層の人間が、貧困労働層を救おうとしない」ことのみが問題であり、貧困層の行動は一切問題ではないと言っています。
 すなわち、私が論じる上で、「個人としての赤木智弘」など、論じる価値はないのです。
 それともそんなに貧困労働層を世間に晒して、笑い物にしたいのですか?

 最終的に得たお金と社会的地位でしか、人間の生き方を努力と評価しない「逆メリトクラシー」社会では、貧困層の努力を問うことは、一方的に偏見を助長するだけのことです。
 そもそも努力とは、社会の中である努力目標が与えられて、それをクリアすることで「努力した」と評価されるものであり、努力をするための目標は、たとえば高校生であれば「受験をうける」、会社員であれば「契約を取り付ける」など、社会の中にいて、初めて目標を提示されるのです。そして、社会のメインストリームにいる限り、そうした目標は極めて難易度が低く設定されます。多少難しくとも、テキストを読んだり、他人にアドバイスをうけることで容易にクリアすることができます。
 しかし、社会の外側にいる弱者に設定される「目標」は、極めて難易度の高いものばかりです。スキル学習の機会もなく、正社員として就職しろなどというのは、並大抵のことではありません。
 難易度の差を無視して、その両者を「努力」という言葉でくくり、努力をしているしていないなどということは、偏見そのものでしかありません。

 ところで、該当のSPA!の記事には、一言も「赤木智弘は佐野市出身だ」なんてことは書かれていないと思うのですが、どうしてあなたは書かれてもいないことに延々と突っかかってくるのですか? だいたい、佐野ネタを振ってきたのはあなたの方なのですが……
 確かに撮影したのは佐野ですが、他のインタビューで何度か撮影をしましたが、たとえば大宮や久喜で、撮影したこともあります。決して、撮影場所=出身地であるとは限りません。

タイトル: 誤解の嵐
投稿日 : 2007/12/10(Mon) 12:58
投稿者 : 24歳男性都内正社員

1.基本的に再配分には賛成です。
ただ正社員個人を批判するのは無駄。集権的な再配分なら賛成です。
確かに「不当に」高給を貰っている正社員はいます。
しかしその正社員個人が、構造を理解し・低所得者のために賃金を差し出す、なんて有り得ないソーシャルデザインです。あなたもそんなことしないでしょう。

2.基本的に赤木さん正社員観は誤解です。
「不当に」高給を貰っていても、それは正社員が決めたことではないです。一度正社員になられたらわかりますが(なれない現状だからこのブログがあるわけですが)経営者やその上の株主からすれば、非正規も正規も似たようなものです。賃金体系などを決定する権限などありません。労働組合は組織率は縮小の一途、存在していても死に体です。
正社員が非正規をいじめてばかりいるなんて、(そういった現状はありますが)メジャーでないという意味で誤解です。
また多くの正社員はダラダラ働いて高給なわけではありません。死ぬほど働いています。
赤木さん目的論すぎるんですよね。

3.世代観も微妙です。
ご存知でしょうが団塊の世代も大リストラにあっています。電気系メーカーはいまだに何千人もリストラしてますよ。
賃金カットもかなり進んでますよ。確かに以前なら「出向」があったかもしれませんが、今は「転籍」が多いです。家族がいるくせに、相当な低賃金になります。

1、ありえなかろうがなんであろうが、そうしなければ我々が死ぬのです。あなたは貧困層の現状を気楽に考えすぎです。

2、給料を決めるのは正社員自身ではありませんが、正社員として働き続けることは、正社員自身が決めることです。
 また、目的論でなにが悪いのでしょうか?

3、フリーターの生涯賃金は、正社員の3分の1というデータが出ています。ということは、団塊世代がいまさらリストラされたところで、すでにフリーターの生涯賃金以上に賃金を得ているのですから、何の問題もありません。というか、これからの人達のことを考えれば、彼らのリストラは正当です。あなただって、上の人間がリストラされ、就職氷河期世代がフリーターにされたからこそ、正社員として会社にいられるのですよ。
 あと、「家族がいるくせに」などというのは、家族を持つことができないフリーターならば、相当な低賃金でもかまわないということでしょうか?

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2007年12月07日
 ■ 優しさではなく

9日は、いよいよ紀伊国屋サザンシアターでトークイベント&サイン会です。
 当日でも席は開いていると思いますので、時間があればぜひご来場ください。

なんか、最近は自分の仕事の露出を追うだけでも大変。忙しいことはいいことだけど、これだけ忙しいと移動だけでも馬鹿にならないので、本当に東京で生活したい……。マジで誰か当面の生活資金、100万ぐらい無利子で貸してくれないか? 3年ぐらいで頑張って返すから。
 JCCast第11回がアップされています。
 週刊文春の「著者は語る」に出ています。
 朝日新聞の読書面に掲載されるそうです。ついに新聞書評きましたね。都心の本屋には、新聞書評掲載本のコーナーがよくありますので、そこに一週間並ぶことになります。これはかなりの宣伝になりますね。しめしめ。

現在、これまでMacでやっていた日記の更新環境を、Winに移行中です。
 問題は、やはりエディタで、これまではmiというエディタを使っていたのですが、これのWin版がないので、どういうエディタを使えばいいか、考え中です。
 ひとまず今はTeraPadを試していますが、それまであたりまえにやっていたことが、やれなくなるのは、なかなか大変です。特にタグ付けはmiの機能に頼りまくってたからなぁ。
 brとかpタグを、今は全部打ち込んでいます。そのうちに、自動化しましょう。

コナミのGALAXYシリーズ「GAJAS KING」(コナミサイトでの紹介 基本ルール(PDF))で、シリーズ通して、初めてのJPゲット。

JP4572枚
白7成立

 上:しかも、GALAXYシリーズとしては比較的多めの4572枚。
 下:上ラインに白7(全色対応状態)が成立。

 FEVER状態(ダイス抽選が発生して、FEVER以外の残り回数が当選するまで、GAJAS TIMEが継続)から白GAJAS CHANCE突入。30ゲームほどで20回に転落。
 残り13回ぐらいの時点で、最初の白7成立。全色対応のスーパー弟タイムKING GAJAS TIMEに。このあと、確か1回ずつぐらい、緑7や青7が成立した気がする。
 諦めかけた20回転目のラストで、特に何の演出もなしに、気がついたら全色対応白7揃い成立。驚いた。

 この少し前に緑モードのGAJAS TIMEで、白7成立後に、白7の2ラインが成立したりして、なんか「いかにも出そう」な状態でした。どうせならJPも2ラインだったらよかったのにというのは、贅沢ですかね。

憲法9条マガジンの雨宮処凛さんが『若者を見殺しにする国』に、2回にわたって触れてくれています。ありがとうございます。
「若者を見殺しにする国、の巻」
「素朴だけど、重要なこと。の巻」

 で、今回は後者「素朴だけど、重要なこと。の巻」の内容に触れてみたい。

 雨宮さんは「自己責任論」を否定している。そして「無条件の生存の肯定」という言葉を肯定している。
 つまり、人は産まれながらにその存在を肯定される存在であるということだ。
 雨宮さんは、それをフリーターなどの弱者に適用し、だからこそ、彼らは救済されなければならないと考えているのだと思う。

 しかし、私の考え方は、これとは全く逆の考え方で、無条件の生存の肯定という文脈ではなく、多くのフリーターは自己責任を果たしているのだから、彼らには当然生存権が与えられるべきだと、考えている。
 その一方で、安定した生活をして、家族をもって暮らしている安定労働層は、貧困労働層の数倍の幸せな生活を営むだけの責任を果たしているのだろうか?
 人間の労働力なんてたかがしれていて、ある個人が他人の数倍もの責任を果たしているなど、考えられることではない。ましてや数百倍の利益を得ている富裕層など、なにをかをいわんやだ。
 責任とは、決して現状の収入に比例するわけではない。同じ商店街にある宝石屋と八百屋の収入が雲泥の差だとして、その店舗としての責任に、何の差異があろう。宝石屋は精神的な余裕を売るし、八百屋は食料を売る。彼らが果たす社会責任に、なんら違いはない。どちらがどちらとも社会にとって必要な職業である。正社員とフリーターの関係も同じであり、本部で働く人間と、現場で働く人間、どちも社会責任を果たしている。そこに数倍の収入の差異がでるほどの違いはないはずなのだ。
 にもかかわらず、正社員層はフリーターの数倍もの金を手に入れる。それはあまりにも不平等である。

 雨宮さんは「優しさ」で、この社会を捉えているのだけれども、私はその逆の「厳しさ」でこの社会を捉えている。
 これまでの日本社会において、「優しさ」が擁護してきたものは、弱者ではなく、強者である。強者がすべてのミスを許容され、現在の収入によって人生のすべてを成功と見なし、許容してきた。
 それこそ、ビートたけしの指揮下で講談社に殴り込み、結婚後も淫行で問題を引き起こした人間が、県知事になった途端に「徴兵制があってしかるべき」などと言い出す。その釈明も「道徳観の崩壊を心配しての発言」というもの。徴兵制がいいか悪いかではなく、そのような前歴のある人間が、道徳観を語れる状況がバカバカしい。
 または、船場吉兆の問題についても、偽装はどうでもいいとしても、その責任を責任者樽正社員が負わず、さもパートの責任であるかのように釈明する、責任の押しつけ。
 こうしたことがらの裏側に、私は富裕層や安定労働層に対する、過剰な優しさを見てしまう。

 だから私は、富裕層や安定労働層に対して、当たり前のように厳しくなければならないと考えている。
 そして、貧困層に対して、私は優しいのではなく、貧困層は労働し、これまでのバブル崩壊の責任を取って(取らされて)貧困を負い続けたことよって、もはや十分に責任を果たしていると、認めているから、彼らこそが十分に生活できるだけの賃金を得るべきだと考えているのである。


追記
 こんなことを書くと、私と雨宮さんが対立しているとか、考える人もいるんだろうけど、それは考え方の違いだし、今のところはお互いの目的も一致しているので、些細な違いは問題にならない。やがて考え方が変わってくれば、いつかは対立することもあるかとは思うが、言論というのはそういうものだし、「対立=悪いこと」ではない。

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