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2007年12月29日

 ■ 荻上チキさんのこと

掲示板へのレス

タイトル : Re: 苦労=就活?
投稿日 : 2007/12/28(Fri) 00:09
投稿者 : 正社院
> あなたのおっしゃる「苦労」とは、「就活」なのですか?

少なくとも、親元で就活せずに済んでいる赤木さんより、面接で何十回も落ちた人の方が実直でまっとうな「苦労」してると思いますが。

それはそれとして、「実直でまっとうな苦労」をしても「成果」を出さないと今やサラリーマン社会では評価されません。そういう意味で、「成果」を出している赤木さんのほうが「苦労」していても結果を出していないフリーターよりエラいんです。

 そこまで理解していながら、どうして最後の部分で日和るのでしょうか?

 つまり、「就活の多少」は、結果を導き出さない限り、努力として認められないのですから、就職できていない人にとっては、なんら意味がないのです。
 さらに言えば、履歴書を1,000通送って就職した人が、履歴書を1通しか送らずに就職できた人よりもビジネススキルが高いということもないのですから、努力としてはなんの意味もありません。
 努力というのは、社会の「中」で自分の立場を高めるためにする行為のことですから、非正規社員(主にフリーター)という社会の「外」に弾き出されている人たちにとっては、努力という行為は「不可能」なのです。
 就業させるのは、社会の中にいる、正社員たちの責任です。そして努力はその後から始まるものです。

タイトル : Re^3: 共闘していきましょう!!
投稿日 : 2007/12/29(Sat) 10:09
投稿者 : 氷河期男
>> http://www.nicovideo.jp/watch/sm1765008
>> この動画を見て下さい。
>> 私たちの世代がいかに大変な目にあっているかわかります。
>> 氷河期世代は力を合わせるべきじゃないでしょうか??

> 共闘しようといいますが、赤木さん自身同世代でも正規雇用は自分の敵と公言されてますが。。。。。

私も正直「同世代でも正規雇用は自分の敵」の部分だけ気になってます。
この部分だけ修正して、氷河期世代全員が力を合わせれるようにならないかなぁと考えてます。
それ以外の公言は赤木さんに賛同できるので。

なお、確かに「同世代でも正規雇用は自分の敵」と公言してますが、
「でもそれは本質的な問題ではなくて、団塊世代等の上の世代の正社員こそが敵」とも公言してませんでしたかね?過去のスレで。
そういう考えであれば共闘は可能だと思うのですが。

 同世代でも、正規雇用は敵。団塊世代はもっと敵。ですかね。
 そもそも、共闘に対する考え方がみなさん甘いですよね。片や普通に家族をもって、幸せに生活している正規雇用層と、家族をもつなんて夢のまた夢の非正規雇用層が、いっさいなんのしがらみもなく、共闘できるわけがないのですよ。

 「反戦と抵抗のフェスタ」でも、少し話をしましたが(あの時は「ウヨ厨」になぞらえて、この話をしましたが)、正規雇用層の生活が、非正規雇用層の犠牲によってなりたっている以上、非正規雇用層が正規雇用層を恨んでいるのは、当たり前のことです。正規雇用層はそれだけの「業」を負っています。
 ならば正規雇用層は、共闘しようというなら「恨まれながらも共闘する」ことを前提とするべきなのです。そして、業を解消するために、非正規雇用層の生活をまっとうなものにするための「奉仕」をすると考える必要があります。そうでなければ、賃金の点で既に正規雇用者に対する奉仕を強要とされている非正規雇用層との平等が達成できません。

 共闘することが、自分たちの利益(お金だけではなく、尊厳という意味で)に繋がると主張するなら、恨まれようが噛み付かれようがなんだろうが共闘すればいいのです。
 しかし、多くの左派は「私たちを敵視する以上は、共闘できない」などと考えている。それは正規と非正規の賃金的な格差を前提に、非正規労働層に対して「私たち正規社員層に日和ること(敵視するな!)」を強制する態度でしかありません。
 正規社員層は現状をあるがままに受け入れ、後ろから刺されるかも知れないという覚悟のまま、それでも非正規労働層のために共闘し、ついでに正規労働層のために共闘するべきなのです。
 正規社員層は、非正規社員層と共闘しろ!!

【荻上チキ氏インタビュー】ネットにおける「炎上」や「デマ」の構造

を考える—『ウェブ炎上』の著者の視点

 このサイトを見ているような人なら、もうチェック済みだと思いますが、「成城トランスカレッジ」の荻上チキさんが顔出しされていますね。

 たとえば少年犯罪の問題について、メディア上で「少年犯罪の凶悪化」ということが繰り返し主張される一方、統計的に減っているという反論がよく言われますね。もちろん、統計的に良くなっているんなんだ、という議論も絶対必要です。同時に、リスクが可視化されやすい社会で、「体感不安」という言葉にリアリティをもっている状態では、ただ統計データを示したり、メディアを批判するだけではどうしても弱い。僕と同世代の論客たちが統計を持ち出して、社会不安みたいなものは気にする必要がないんだと反駁しているのを見ていると、それだけでは実は頼りないなと思っています。そもそも増えたら終わりじゃないですか。そうした場合には、ロジックで負けてしまう。だから、検証とは別の思想の研鑽作業というか、「観察する側の言葉」を磨く作業が必要になるだろうなと思う。

 この部分はいただけませんね。
 だいたい、なんだその「そもそも増えたら終わりじゃないですか」ってのは。
 そこに「たられば」を設定できるのなら、ジェンダーフリーだって「男女が平等だったら意味がない」と言えてしまう。
 また、それが頼りないというなら、チキさんがやってくれればいいんですよ。もしくは方法を提供してくれればいい。

 また、「観察する側の言葉」という発言も、意味があるようで、ほとんどないと思う。
 例をあげるなら、シュプレヒコール中心のデモが社会に受け入れられがたいと考えている人が、サウンドデモをやるとする。
 しかし、ではシュプレヒコールデモと、サウンドデモのどっちが本当に社会に受け入れられているかなんていうことは、どうにもわからないわけです。私なんかは「どっちも反発を受けるだけではないか?」と思ってしまうわけで。

 だから私は、「各自が自分の好きな方法でやればいいんじゃね?」としか思わないんですけどね。デモに関しても「俺は参加しないけど、やるならわざわざ反対はしないよ」って態度だし。

 あと、小谷野の件ね。
 私も実名でやっている以上、「匿名での攻撃は卑怯」という小谷野の考え方がわからないでもない。
 ただ、小谷野の感覚は「匿名(ペンネーム)」と「匿名(空白&一時的なペンネーム)」をごちゃまぜにしている。
 私は、サイトという明確な拠点を持った「匿名(ペンネーム)」には、一定の「人格」が存在すると考えており、書き逃げのできる「匿名(空白&一時的なペンネーム)」とは、別のものとして考えるべきだと思う。
 その上で「あえて」、匿名(ペンネーム)ではなく、実名で書くのは、「実名の方が信頼性が高い」とか「仕事が受けやすい」といった、個人の事情によるものだと思う。
 私は『戦前の少年犯罪』の管賀江留郎さんが実名でやっていれば、少年犯罪の調査研究書として、もっと高い評価を得られるのになぁと、ちょっと残念に思っている。とはいえ、使う側がペンネームであることさえ気にしなければ、この本の重要性は変わることはない。

 そして、私は荻上チキも、顔出しをしている以上は本名をもはや本名のみを隠し通す意味はないだろう。
 しかし、それを決断するのは荻上チキ本人の意思であって、小谷野がバラす必要はどこにもない。口は出してもいいけど、それで説得できないなら、小谷野自身が「こいつはダメだ」と思っていればいいだけの話だ。そして「荻上チキは顔出ししているくせに、本名を出せない匿名の卑怯者」とでもBlogに書いておけばいい。それが最低限のマナーというものだろう。
 もし今後、彼の本名が知れ渡った結果、仕事の上で支障をきたすようなことがあったら、小谷野は金銭的な保証を行なうべきだ。それができないなら、河野さんを松本サリン事件の犯人に仕立て上げ、彼の人生をめちゃくちゃにした露悪趣味のマスコミと同じだ。

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