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2008年02月09日

 ■ 無駄な道路をつくるな

さて、そろそろ「希望は戦争FAQ」にも、手をつけていくことにしましょうか。(まだやってなかったのかよ!)

 お仕事の話。
 「論座」3月号に、「誰に、希望をつなぐのか」という、ロスジェネの方を向いた話を書いています。
 「文學界」3月号に、「がんはらない人間」という、伊集院光の話を書いています。
 よろしくお願いします。

最近はあんまり報道されなくなってきたガソリン高騰問題だけど、そのなかに「暫定税率を切り下げろ」という話がある。そしてその「切り下げの猶予」として「無駄な道路」があげられることがある。
 でも「無駄な道路」って、本当にあるのか?

 よく、「こんな田舎に、毎日10数人しか利用しない、こんな立派な道路があって、建設費用がいくらいくらで、これは無駄な道路だ!」なんていう人がいるけれども、その「毎日使う10数人」にとっては、必要な道路なんだろ。
 じゃあ、これが無駄だというなら、その10数人には道は必要ない、もしくは路肩が崩れそうな道路を恐々走っていれば、いいということなのか。
 国は「平等」を守らなければならないのだから、都会のど真ん中に住んでいる人にも、田舎の隅っこに住んでいる人にも、同じサービスを与えるのが当たり前なのだ。ならば道路ができるのも、当たり前ではないか。
 それでも、無駄な道路をつくるなというなら、同時に田舎の隅っこに住んでいる人に対して、「そういうところに住むと、国はそこまでサービスを延長しなければならなくてお金がかかるから、そんなところに住むな!」という必要がある。
 逆に「そういうところを選んで住んでいるのだから、国はそうしたわがままな人たちに対して、サービスを提供する必要はない」という考え方もある。いわゆる「無駄な道路論」というのは突き詰めればここに達するはずなのだが、たいてい無駄な道路を糾弾する人たちは、無駄な道路を使わないと生活できない人を糾弾しない。エエカッコしいなんだろうな。

 「居住地の自由」と「無駄な道路をなくせ」の論理は相いれない。無駄な道路を受け入れて居住地の自由を守るのか、居住地の自由を制限しても無駄な道路をなくすのか。
 箱物行政批判は一見簡単に見えるけど、実は全然簡単じゃない。

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トラックバック時刻: 2008年02月09日 18:20

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