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64年東京五輪ポスター

by 武田 徹 • 2013/10/16 • 64年東京五輪ポスター はコメントを受け付けていません

 2020年五輪の記事を書くので、文庫になっていた野地秩嘉『TOKYOオリンピック物語』を読んでみた。
そこでスタートダッシュする選手を写した有名なポスター(たとえばこんなサイトで見られます→http://plginrt-project.com/adb/?p=20406 第二号ポスターと書かれている方)の撮影状況が再現されている。早崎治は都内にある大型ストロボを総ざらい集めて20基の同時発光で選手の動きを止めようとした。問題はデジタルの時代とちがってその場で撮影が確認できないことだ。早崎はスタッフを4人使った。安齋吉三郎には自分と同じハッセル、北井三郎と吉田忠雄にニコンFを持たせる。しかし実際にシャッターを切ったのは早崎だけで、他のカメラはバブルのまま、つまりシャッター膜を開けた状態で撮影に臨み、撮影が終わってシャッターを閉じる。強力なストロボで照らされた被写体に合わせて絞りを設定しており、ストロボ以外は闇のスタジアムだったので撮影を早めに始めても何も映らない。ストロボが光った瞬間の被写体だけが映るという考え方だ。
 陸上選手が真剣にスタートを切れる限界だといわれる20回を超えても早崎は満足せず、結局30回ほどスタートさせて撮影終了。事務所に帰り、翌朝になって現像に出してあがりをまってデザイナーの亀倉雄策とどのカットを使うかの相談をする。撮影したのは100カット、4台のカメラを用い、30回もとっている割には少ない。今のようにストロボを高速モードラとシンクロさせられる時代でもなかった。その中から一枚選んだカットは安齋のスペアカメラが撮ったものだったらしいことを野地は書いている。
 その箇所を読んで改めてポスターの全面をしげしげと見ると、非常に微妙ではあるが選手の背景にあるはずのトラックの白線が選手の足に透けているようにみえる(どうですかね? みなさま)。このポスターはそれこそ64年当時からもう何万回も目にしているはずだが気が付かなかった。これはバルブで待っている時に、既に夜の帷が落ちた競技場でも全くの無光ではなかったので(そうでなければ闇の中で盲滅法シャッターを切ることなってしまう)白線だけは露光してしまったのではないか。
 早崎のカメラだけが通常にシャッターを切り、フォーカルプレンの前膜が開いた瞬間にストロボが点灯する。そのカメラでは長時間露光的な残影は残らないはずなのだ。だからこのカットは安齋の担当していたバルブすえきりのカメラが捉えたものという説明が合点する。
 それでも早崎が撮影者としてクレジットされるのは、他のカメラマンはただバルブのシャッターを閉じるだけしかしていないので当然だろう。選手の動きをみてシャッターを切っているのは早崎であり、ストロボの発光を通じて複数のカメラで同時に撮影しているともいえるのだ。
 ただこの仮説は早崎自身もハッセルを使ったと考えた場合だ。野地は早崎だけがハッセルとローライの二台持ちだったとも書いている。その記述が気になってしまった。というのもこんな重要なカットをハッセルで撮影するかなと思うのだ。その場で映像が確認できないプレデジタルカメラ時代だったのに加えて、ハッセルだと撮影の瞬間はミラーアップしているので通常のファインダーでは確認できない。30度もダメ出ししたのは、完璧なショットを求めて選手の走り出しの微妙なタイミングを見ていた結果だろうが、ハッセルのファインダーを通してだと決定的瞬間はブラックアウトしており、まさに現像してみないとわからない。それでも良いカットが撮れたかどうか手応えでわかるのがプロなのだといえばそうかもしれない。一眼レフの普及以後、決定的瞬間を撮影者自身が実は見ていない逆説が生じてしまったが、それでも多くの傑作が残されてきたのはシャッターが切れるコンマ何秒前まで目撃できていれば決定的瞬間は写せるということの証明だろう。どうもそうした時差が嫌な人はレンジファインダー教徒になるか。ペリクル半透明ミラーに願をかけることになるわけだが、この時の早崎の心理はどうだったのだろう。というのもわざわざローライの二眼レフを持ち込んだのが気になる。彼はストロボが光った瞬間に闇の中に浮かび上がる選手の配置をファインダーの中の映像として肉眼で確認したかったのではないか。そのためのローライだったのではないか。
 というわけで早崎のハッセルも同じようにバルブでスタンバイしており、早崎自身はローライのファインダーで被写体を目視しながらシャッターを切り、それにシンクロしてストロボが発光。ローライと同時に二台ずつの据え置きハッセルとニコンに映像が記録されていたと考えれば、白線の映り方からそれが安齋の担当したスペアのカメラの映像だったと結論を引くことは出来ない。
 いや、そんなごちゃごちゃした推理は野地は全くしていなくて、彼は関係者から安齋のカメラのフィルムが結局ポスターに使われたという話を聞いて書いたのだろう。それを疑う必要はない。白線の映り込みの気配とカメラに関する記述を読んで勝手に盛り上シンプルな話であり、がって「沢木ごっこ」をしているのはワタシでしかない。
 もしもハッセルでストロボを発光させていたとしてもピントグラスを見るのではなく外部のアクションファインダーを使うとかブラックアウトの回避策はいろいろあるし、そもそも二台のカメラを自分用として現地に持ち込んでいたとしてもそれを同時に使ったという保証もないわけで、可能性の広がりの中で推理の体裁は崩壊してしまう。これについては、こんなものだけど、写真という、技術に依存する技芸ゆえに技術的制約の側から色々と考える道が残されているのは確かなわけで、そんな意味も含めて写真は歴史を記録してきたとも言えるのかもしれない。

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プロフィール

武田徹(たけだとおる)

東京都出身。国際基督教大学教養学部人文科学科、同大学大学院比較文化研究科修了。ジャーナリスト、評論家、専修大学文学部人文ジャーナリズム学科教授。

著書に『流行人類学クロニクル』(日経BP社。サントリー学芸賞受賞)、『産業の礎』(新宿書房)、『偽満州国論』(河出書房新社→中公文庫)、『隔離という病』(講談社メチエ→中公文庫)、『核論』(勁草書房→中公文庫→『私たちはこうして原発大国を選んだ』と改題して中公新書ラクレ)、『戦争報道』(ちくま新書)、『NHK問題』(ちくま新書→amazonKndleでセルフパブリッシング)、『殺して忘れる社会』(河出書房新社)、『暴力的風景論』(新潮社)などがある。

法政大学社会学部、東京都立大学法学部、国際基督教大学教養学部、明治大学情報コミュニケーション学部、専修大学文学部などで非常勤兼任講師、東京大学先端科学技術研究センター特任教授、恵泉女学園大学人文学部、人間社会学部教授、グッドデザイン賞審査委員、BPO放送と人権委員会委員など歴任。
 

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