産経新聞逢坂版10月28日に掲載された記事の元原稿です。
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ITやネットワーク社会の最新動向の研究・紹介者として知られる八田真行・駿河台大講師が17日、日本記者クラブで講演。内部告発サイト「ウィキリークス」の日本版を12月に開設する計画を明らかにしたという。
政府、企業等の機密情報を暴露するウィキリークスの日本版と呼ばれる内部告発サイトがこのタイミングで開設されると聞くと、それを標的にしているわけではないのだが、やはり特定秘密保護法を意識せずにいられない。
法案審議中から反対の声が強かった同法だが、「防衛、外交、特定有害活動(スパイなど)防止、テロ防止」の分野で極秘とされるべきデリケートな情報が存在することについては国民的な理解を概ね得ているように感じる。懸念されているのは運用面での危うさだ。何を特定秘密に指定するかが曖昧で、法律が恣意的に運用されるのではないかと多くの人は恐れていたのだろう。
これに対して政府は10月14日、特定秘密保護法の運用基準を示したが、それで不安は解消されたか。たとえば法の運用を監視する機関を設置する約束は果たされたが、その長である「独立公文書管理監」は政府が任命するし、実務を担当する「情報保全監察室」が内閣府に設置されている。こうした「身内の機関」で果たして的確な監視が出来るのかという点には依然として疑問が残る。
しかし政府は同法の施行を12月10日とする政令をも閣議決定した。こうして施行された特定秘密保護法が、もしも国民ではなく、国民の知り得ないところで勝手なことをする政権与党や官僚を守るのだとしたら、その法律は公益性を著しく欠いていることになる。しかし制度上そのチェックが万全にできない不備があるのだとしたら、義憤に駆られた関係者が内部から機密を外部に漏洩させてくれることに期待したくなるーー。そんな心情を「日本版ウィキリークス」は追い風としている。
だが、それは様々な試金石にもなりそうだ。たとえばこの日本版ウィキリークスが予定通りに実現した暁には、流出した機密情報はそのまま公開されるのではなく、契約した報道機関に内々に示す方法が採られるそうだ。秘密の漏洩を防止する特定秘密保護法の高い壁をも乗り越えて告発を敢行する内部通報者を守るために「日本版ウィキリークス」では、先にパソコン遠隔操作事件でも利用された匿名化ソフト「Tor」を用いて提供者情報を匿名化するという。だが提供される情報は匿名ゆえに著しく玉石混交ともなろう。報道機関はその真実性を確かめなければならないし、真実であってもそれが公開されることでむしろ国民の利益を損なうことがないか検証し、判断しなければならない。
一般的な内部告発であれば、従来も報道機関が受け皿となってきた経緯がある。しかし仮にも特定秘密保護法の対象になるような機微な情報となると、公開に対して世論の相当の支持が得られなければ報道機関は信頼を失うし、場合によっては国際社会から厳しく批判されることにもなろう。スクープ競争をして十分な検証を怠るようなことはもちろん許されない。
情報提供者の匿名を守ったままで報道機関側が追加取材を行える工夫もなされるというが、報道機関はそれを使いこなせるだろうか。ベトナム戦争時に国防総省機密文書=ペンタゴンペーパーの内部告発流出を受けて公開し、真っ向うから政府と戦って国民の支持を得たニューヨークタイムズのような金字塔を報道史に打ち建てられるか、報道機関にとって重い試練となる。
そして試練を課せられたのは国も同じだ。国のやることなすこと全てを疑い、反対するような青臭い市民運動家気質は論外だが、国民の利益を本当に守りたければ、万が一のためにチェックシステムが多重化されることは悪いことではないはずだ。特定秘密保護法にも「報道・取材の自由への配慮」を記し、運用基準に「国民の知る権利の尊重」が謳われている。しかし国はその文言にもかかわらず外部への漏洩を促しかねないとして日本版ウィキリークスに圧力を掛けることはないか。その対応次第で特定秘密保護法の性格が改めて明らかになることもあろう。
日本版ウィキリークスにどのように対応するか。国と報道機関の真価が問われることにもなりかねない今後の展開を見守りたい。