武田徹@journalism.jp
武田徹@journalism.jp

Main menu

Skip to content
  • << journalism.jp
武田徹@journalism.jp

ミッキーマウスと握手した日

by 武田 徹 • 2016/03/23 • ミッキーマウスと握手した日 はコメントを受け付けていません

 おそらく私の読者のみなさんが思っているよりも現実の私はここしばらく本格的に「大学教員」をしてきた。大学で厚遇されて当別な条件で雇用されている著名人は別なのだろうが、ふつうの教員は相当な時間を授業の準備や学生の対応に使っている。私もそれと同じだし、一時は役職にもついていたのでそうした日常の仕事以上に大学経営関係や入試への対応の時間も相当取られていた。
 数年前から役職にはついていない。それは書くための時間を増やしたかった自分と、私をその種の仕事から遠ざけたかった人の思いが、ベクトルは別でありながら、交差する一点をもっていた結果だった。このあたりのことについてはいつか本格的に書きたい。
 役職についていると大学の対外的行事の殆どに出席することになる。そうした行事のひとつに卒業パーティがある。
 大学公式の卒業式とは別の学生の自治会主催なので一般教員の出席は義務ではない。私も役職者だった頃は律儀に出席していたのだが、その後は出なくなっていた。
 しかし今年、久しぶりに卒パにでた。自分のゼミ生の多くが出席すると事前に聞いていたからだ。
 会場はディズニーランドホテルだった。学生に人気だと聴いており、私は出席しなかった回に続いて二回目の会場利用らしい。
 私の大学は「左巻き」で、反TPPの立場の教員が多く、安保法制でもデモに参加する教員が結構な数いた。安保法制の強行採決に反対するという声明をネットで出し、教職員に署名も募っていた(。私自身は自分の書いたものに自分の署名をつけることが使命だと考えているので署名は一切しない)。学生にそうした自分たちの立場や主張を伝える機会も多いはずだ。
 そんな大学の卒業パーティがディズニランドで開催される。ここの売りは宴会会場をミッキーやグーフィーといったドナルドキャラクターの被り物をかぶったスタッフが回って記念写真を撮ってくれることらしい。学生は大喜びだ。教員の座るテーブルにもディズニーキャラクターは回って来る。大喜びの学生たちに水を指してはならないと考える気優しい教員は、自分たちもちょっとぎこちないけれど一応場の雰囲気をくずさないようにミッキーと握手してみせる。
 それは、それ、ということだろう。そこを「普段、あなたがたが主張していることとうまく整合しないのですが」と嫌味を言うのも大人げないと思う。しかし「それはそれ」という解決法が弱さを宿していることは確かなのだと思う。「それも、これも」であるべきなのだ。グローバリズムに覆われた世界で深まる格差、不平等の構図や構造的暴力の問題を指摘し、国内農業を守る大事さを訴えることは、ディズニーキャラに熱狂する社会の成立をリアルに踏まえてなお貫徹されるべきだし、貫徹できるロジックを見出すべきなのではないか。そんなことを思った。

共有:

  • Twitter
  • Facebook
  • Google

関連

Post navigation

← 5年目の福島第一原発
清水幾太郎のこと →

プロフィール

武田徹(たけだとおる)

東京都出身。国際基督教大学教養学部人文科学科、同大学大学院比較文化研究科修了。ジャーナリスト、評論家、専修大学文学部人文ジャーナリズム学科教授。

著書に『流行人類学クロニクル』(日経BP社。サントリー学芸賞受賞)、『産業の礎』(新宿書房)、『偽満州国論』(河出書房新社→中公文庫)、『隔離という病』(講談社メチエ→中公文庫)、『核論』(勁草書房→中公文庫→『私たちはこうして原発大国を選んだ』と改題して中公新書ラクレ)、『戦争報道』(ちくま新書)、『NHK問題』(ちくま新書→amazonKndleでセルフパブリッシング)、『殺して忘れる社会』(河出書房新社)、『暴力的風景論』(新潮社)などがある。

法政大学社会学部、東京都立大学法学部、国際基督教大学教養学部、明治大学情報コミュニケーション学部、専修大学文学部などで非常勤兼任講師、東京大学先端科学技術研究センター特任教授、恵泉女学園大学人文学部、人間社会学部教授、グッドデザイン賞審査委員、BPO放送と人権委員会委員など歴任。
 

▼バックナンバー

  • 総力戦で感染症と戦う国で今、何ができるか、何をすべきか 2020/05/02
  • 人工知能と教養 2019/07/05
  • 総覧系新書にみる意味とイメージの伝播 2019/07/05
  • 平成の三冊 2019/07/05
  • 給食時間が怖かったことから始まる「食」論 2019/07/05
  • 「一生困ったことがない人なんていないし、一生困っている人を助けるだけの人だっていない。それが〈平等〉ということ」 2019/07/05
  • 平成の終わりに新書を三冊を選べば 2019/07/05
  • ガンダムって団塊文学だったって知ってた? 2019/07/05
  • 改元と日本辺境論 2019/07/05
  • 平成の終わりと令和の始まりの日本社会論 2019/07/05
  • ネット記事の図書館保存はできないか 2019/07/05
  • 殺して、忘れる社会 2018/10/06
  • もはやブロッキングしかない?社会の現状 2018/09/25
  • 「美しい顔」再論 2018/07/30
  • 存在しない神に祈る 2018/01/12
  • 対話することがまず難しい 2017/12/26
  • 排除を巡って 2017/11/27
  • 流域思考とは 2017/11/27
  • 「心」の存在を忖度するだけではすまなくなってきた 2017/11/27
  • デジタル時代の写真らしさを巡って 2017/11/27
  • 地続きのリアリティ 2017/11/27
  • いかに「市民」と的確な距離を取るか 2017/11/27
  • ニセアカシアの雨がやむときーー中国旅行2017年8月23日〜28日 2017/08/28
  • 愚かなままでーー二人のヨブ 2017/08/10
  • 「印象操作って言ってる奴が一番印象操作している」って言ってる奴が… 2017/08/09
  • 敵の敵が味方だとは限らない 2017/08/09
  • 障害者への責任 2017/08/09
  • 自主避難の文法は中動態か 2017/08/09
  • Good-Bye 2017/03/14
  • 貸与奨学金はもはや似合わない 2017/03/10

twitter

@takedatoru からのツイート    

Copyright © 2021 武田徹@journalism.jp. All Rights Reserved. The Magazine Basic Theme by bavotasan.com.