武田徹@journalism.jp
武田徹@journalism.jp

Main menu

Skip to content
  • << journalism.jp
武田徹@journalism.jp

障害者への責任

by 武田 徹 • 2017/08/09 • 障害者への責任 はコメントを受け付けていません

産経新聞大阪版複眼鏡7月掲載分の生原稿です。LLCの障害者対応問題について。

******

 鹿児島県奄美島の空港で障害男性が車いすに乗ったままの搭乗を拒否され、タラップの階段を腕力で登って乗機したという。 
  この件が報じられるとネットを中心に議論が沸騰した。報道に添えられたイラストでタラップを這い上る障害者の姿があまりに衝撃的に描かれていたため、そんな対応を強いたバニラ・エアを厳しく糾弾する声があげられたが、一方では障害者が航空会社と何度もトラブルを起こしてきた名うてのクレーマーだとの指摘もあった。
 こうして非難の応酬に明け暮れる風潮に今更ながらうんざりしつつ、思い出したことがあった。以前、キリスト教主義の大学で教えていた時のことだ。障害学生の受け入れはキリスト教主義校こそ率先して行うべきだというのが筆者の持論であり、入試関係の役職に就いた機会にそれを実行に移そうとしていた。
  すると反対する教職員が現れる。彼らの言い分はこうだ。自分たちの受け入れ能力を超えて障害学生を入学させると十分な教育やキャンパスライフを提供できなくなる。だから障害学生の受け入れ上限数を設けるべきだというのだ。そうした主張をする人は「学生のためを思って」「責任が果たせないのに受け入れるのは無責任」という。
航空会社が障害者の搭乗を拒否するとしたらやはり同じ論理を用いるのだろう。だが、それは本当に学生や乗客のことを思った責任ある対応といえるだろうか。
 障害者差別解消法では障害のある人に対して不当な差別的取り扱いを禁止し、「合理的配慮」を役所や企業、民間事業者に義務づけている。「合理的配慮」とは障害者の意向を尊重しながら、障害の特徴や状況を踏まえた判断をすること。もちろん対応する側の負担が重くなりすぎ、対応が困難な場合もあろう。その場合にはどんな工夫ができるか、障害者と対話を重ねていくことが求められる。
   いつの場合も問われるのはこうした合理的配慮がなされていたかだろう。学生や旅行者と十分に話しあって、もしも他により良い解決策が見出せればそちらを勧めることもありえよう。それは対話もせずに入学や搭乗を拒否するのとは全く異なる。たとえば他に障害者を受け入れる大学がないとか、他に帰路の方法がないといった事情を聴くこともなく、入学や登場を拒否していたら、それを「学生のため」「搭乗者のため」などとはとても言えないはずだ。その場合は限られた条件の中で学生や旅行者の望みをできるだけ叶えられるように工夫する必要が間違いなくあるのだから。
  以前、自身も障害者である野崎泰伸氏の著した『「共倒れ」社会を超えて』という書籍を読んで感銘を受けたことがあった。氏は「沈没しつつある船の救命ボートの定員が全員を救助するのに足りない場合に誰を選ぶか」を考えるような、サンデルの「白熱教室」以来、流行気味の思考ゲームを批判する。そこでは全員が乗れる救命ボートを用意するという選択肢があらかじめ排除され、ボートに乗れない犠牲者をどう選ぶかの議論になっている、と。そうではなく、全員が救命ボートに乗れる理想をあくまでも目指す姿勢の中でどのような応答(レスポンス)すればよいかを考えることこそ責任(レスポンシビリティ)を果たすことになるのだと氏は書いていた。その通りだと思う。
  冒頭の件では第一報の後に航空会社も障害者にも発言の機会があり、犠牲を出さない理想に向かって歩み寄る対話の可能性を感じさせる展開となっている。それに対して航空会社が悪い、いや障害者がクレーマーだと善悪を決めつけることばかりに躍起となる議論は、障害者との共生の問題から遊離した、あまりに無責任な「空中戦」となっているように感じられた。むしろそのことが障害者差別解消への道はまだ遠いと筆者には思わせたのだ。

共有:

  • Twitter
  • Facebook
  • Google

関連

Post navigation

← 自主避難の文法は中動態か
敵の敵が味方だとは限らない →

プロフィール

武田徹(たけだとおる)

東京都出身。国際基督教大学教養学部人文科学科、同大学大学院比較文化研究科修了。ジャーナリスト、評論家、専修大学文学部人文ジャーナリズム学科教授。

著書に『流行人類学クロニクル』(日経BP社。サントリー学芸賞受賞)、『産業の礎』(新宿書房)、『偽満州国論』(河出書房新社→中公文庫)、『隔離という病』(講談社メチエ→中公文庫)、『核論』(勁草書房→中公文庫→『私たちはこうして原発大国を選んだ』と改題して中公新書ラクレ)、『戦争報道』(ちくま新書)、『NHK問題』(ちくま新書→amazonKndleでセルフパブリッシング)、『殺して忘れる社会』(河出書房新社)、『暴力的風景論』(新潮社)などがある。

法政大学社会学部、東京都立大学法学部、国際基督教大学教養学部、明治大学情報コミュニケーション学部、専修大学文学部などで非常勤兼任講師、東京大学先端科学技術研究センター特任教授、恵泉女学園大学人文学部、人間社会学部教授、グッドデザイン賞審査委員、BPO放送と人権委員会委員など歴任。
 

▼バックナンバー

  • 総力戦で感染症と戦う国で今、何ができるか、何をすべきか 2020/05/02
  • 人工知能と教養 2019/07/05
  • 総覧系新書にみる意味とイメージの伝播 2019/07/05
  • 平成の三冊 2019/07/05
  • 給食時間が怖かったことから始まる「食」論 2019/07/05
  • 「一生困ったことがない人なんていないし、一生困っている人を助けるだけの人だっていない。それが〈平等〉ということ」 2019/07/05
  • 平成の終わりに新書を三冊を選べば 2019/07/05
  • ガンダムって団塊文学だったって知ってた? 2019/07/05
  • 改元と日本辺境論 2019/07/05
  • 平成の終わりと令和の始まりの日本社会論 2019/07/05
  • ネット記事の図書館保存はできないか 2019/07/05
  • 殺して、忘れる社会 2018/10/06
  • もはやブロッキングしかない?社会の現状 2018/09/25
  • 「美しい顔」再論 2018/07/30
  • 存在しない神に祈る 2018/01/12
  • 対話することがまず難しい 2017/12/26
  • 排除を巡って 2017/11/27
  • 流域思考とは 2017/11/27
  • 「心」の存在を忖度するだけではすまなくなってきた 2017/11/27
  • デジタル時代の写真らしさを巡って 2017/11/27
  • 地続きのリアリティ 2017/11/27
  • いかに「市民」と的確な距離を取るか 2017/11/27
  • ニセアカシアの雨がやむときーー中国旅行2017年8月23日〜28日 2017/08/28
  • 愚かなままでーー二人のヨブ 2017/08/10
  • 「印象操作って言ってる奴が一番印象操作している」って言ってる奴が… 2017/08/09
  • 敵の敵が味方だとは限らない 2017/08/09
  • 障害者への責任 2017/08/09
  • 自主避難の文法は中動態か 2017/08/09
  • Good-Bye 2017/03/14
  • 貸与奨学金はもはや似合わない 2017/03/10

twitter

@takedatoru からのツイート    

Copyright © 2021 武田徹@journalism.jp. All Rights Reserved. The Magazine Basic Theme by bavotasan.com.