武田徹@journalism.jp
武田徹@journalism.jp

Main menu

Skip to content
  • << journalism.jp
武田徹@journalism.jp

対話することがまず難しい

by 武田 徹 • 2017/12/26 • 対話することがまず難しい はコメントを受け付けていません

読売新聞2016年12月の論壇キーワードの入稿前の生原稿です。大塚英志さんの『感情化する社会』にインスパイアされています。だいぶゲラで手を入れたような気がするのですが…。
*****
 権威あるオックスフォード英語辞典(OED)を出版するオックスフォード大学出版局は、その年を象徴する言葉を毎年選んでいる。2016年は、客観的な真実が蔑ろにされ始めた状況を示すPost-truth(ポスト真実)の語を選出した。
 たとえば英国のEU離脱を求めた勢力は「英国がEUに週3億5000万ポンド(約476億円)もの巨額を供出している」ことを問題視した。この告発は世論の流れを変え、離脱派に国民投票勝利をもたらす一因となったが、問題とされた供出額は真実ではなく、離脱派自身が投票後に主張を撤回している。
 こうして真実と異なる発言がまかり通り、実際に政治すら動かしてゆく「ポスト真実」社会化を憂える声は強い。だが嘘や間違いを指摘し、非難するだけで事態の改善は望めないだろう。
 というのもポスト真実化の背景には、既存の政治家やエリート層が自分たちの実情を理解してくれないと考えるルサンチマンが控えている。間違いを指摘しても感情的な反発を招くだけで、聞く耳は持たれない。
 ならば、どのような対応が望ましいか。瞠目卓生『アダム・スミス』(中公新書)によれば古典的名著「道徳感情論」の中でスミスは「同感」を重視していたという。その場合、同感は距離感なしに他者と一体化する共感ではない。他人の感情や行為に関心をもち、それを理解した上でその適否を判断するプロセスだと考えられていた。
 今、スミスの考えを傾聴すべきは、むしろポスト真実化を憂慮する側かもしれない。たとえばEU経由で英国に入国する移民が自分たちの雇用を奪い、生活を脅かすと感じている社会層はEUに根深い不信感を持っている。つまり巨額の供出金の存在を信じやすい心理状態にあった。
 こうしてポスト真実的認識が導かれる一種の必然性を理解したうえで離脱支持という選択の妥当性を判断する。その判断には彼らの心理に寄りそうステップが踏まれているので、頭ごなしの否定と違ってルサンチマンを越えて対話を開く可能性がある。対話が実現すれば、ポスト真実的な思い込みと統計的事実とのすり合わせも進むだろう。
 自分の感情・行為が様々に評価される経験を積みつつ、人は利害関係や好悪の感情を乗り越えた「公平な観察者」の判断のあり方を学ぶとスミスは考えた。
 ポスト真実化の社会でこそ必要となるこうした学習を進めるためには、相手の感情や行動を理解しつつ判断を交わす対話の場が必要。そうした場をマスメディア上や、思い込み、共感を内輪で確認しあってポスト真実の培養器になりがちなソーシャルメディアの上に作れるか。それがポスト真実の時代の課題だろう。

共有:

  • Twitter
  • Facebook
  • Google

関連

Post navigation

← 排除を巡って
存在しない神に祈る →

プロフィール

武田徹(たけだとおる)

東京都出身。国際基督教大学教養学部人文科学科、同大学大学院比較文化研究科修了。ジャーナリスト、評論家、専修大学文学部人文ジャーナリズム学科教授。

著書に『流行人類学クロニクル』(日経BP社。サントリー学芸賞受賞)、『産業の礎』(新宿書房)、『偽満州国論』(河出書房新社→中公文庫)、『隔離という病』(講談社メチエ→中公文庫)、『核論』(勁草書房→中公文庫→『私たちはこうして原発大国を選んだ』と改題して中公新書ラクレ)、『戦争報道』(ちくま新書)、『NHK問題』(ちくま新書→amazonKndleでセルフパブリッシング)、『殺して忘れる社会』(河出書房新社)、『暴力的風景論』(新潮社)などがある。

法政大学社会学部、東京都立大学法学部、国際基督教大学教養学部、明治大学情報コミュニケーション学部、専修大学文学部などで非常勤兼任講師、東京大学先端科学技術研究センター特任教授、恵泉女学園大学人文学部、人間社会学部教授、グッドデザイン賞審査委員、BPO放送と人権委員会委員など歴任。
 

▼バックナンバー

  • 総力戦で感染症と戦う国で今、何ができるか、何をすべきか 2020/05/02
  • 人工知能と教養 2019/07/05
  • 総覧系新書にみる意味とイメージの伝播 2019/07/05
  • 平成の三冊 2019/07/05
  • 給食時間が怖かったことから始まる「食」論 2019/07/05
  • 「一生困ったことがない人なんていないし、一生困っている人を助けるだけの人だっていない。それが〈平等〉ということ」 2019/07/05
  • 平成の終わりに新書を三冊を選べば 2019/07/05
  • ガンダムって団塊文学だったって知ってた? 2019/07/05
  • 改元と日本辺境論 2019/07/05
  • 平成の終わりと令和の始まりの日本社会論 2019/07/05
  • ネット記事の図書館保存はできないか 2019/07/05
  • 殺して、忘れる社会 2018/10/06
  • もはやブロッキングしかない?社会の現状 2018/09/25
  • 「美しい顔」再論 2018/07/30
  • 存在しない神に祈る 2018/01/12
  • 対話することがまず難しい 2017/12/26
  • 排除を巡って 2017/11/27
  • 流域思考とは 2017/11/27
  • 「心」の存在を忖度するだけではすまなくなってきた 2017/11/27
  • デジタル時代の写真らしさを巡って 2017/11/27
  • 地続きのリアリティ 2017/11/27
  • いかに「市民」と的確な距離を取るか 2017/11/27
  • ニセアカシアの雨がやむときーー中国旅行2017年8月23日〜28日 2017/08/28
  • 愚かなままでーー二人のヨブ 2017/08/10
  • 「印象操作って言ってる奴が一番印象操作している」って言ってる奴が… 2017/08/09
  • 敵の敵が味方だとは限らない 2017/08/09
  • 障害者への責任 2017/08/09
  • 自主避難の文法は中動態か 2017/08/09
  • Good-Bye 2017/03/14
  • 貸与奨学金はもはや似合わない 2017/03/10

twitter

@takedatoru からのツイート    

Copyright © 2021 武田徹@journalism.jp. All Rights Reserved. The Magazine Basic Theme by bavotasan.com.