月刊文藝春秋2019年4月号掲載「新種時評」生原稿です。
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いよいよ幕引きが近づき、平成を回顧する記事や番組が増えている。ここでは新書らしい視野の広がりで平成という時代を省みる機会を与えてくれそうな三冊を選んでみた。
小川原正道『小泉信三』中公新書は皇太子時代の今上天皇の教育常時参与を務めた経済学者の評伝だ。小泉は慶応義塾の塾頭として最愛の息子を含む多くの学生を戦地に送って死なせている。この苦い経験が戦後の小泉に深い反省を促す。破滅的な戦争に抵抗して祖国を救うを自分は持っていたのか。自問自答しつつ皇太子の教育に当たった小泉の顔にはひどい火傷の痕が残っていた。自らも空襲で焼夷弾に焼かれ、生死をさまよった小泉が、鬼気迫る相貌で戦後の天皇は国民に安定を与える「道徳的奨励者」となるべきだと説く。
その影響は今上天皇に強く及んだ。井上亮『象徴天皇の旅』平凡社新書には宮内庁記者が間近で見た行幸啓の報告だ。たとえば平成5年の沖縄初訪問の時、テロを恐れた警察は移動の足に防弾車両を用意したが天皇皇后は防弾ガラスの窓を開けて沿道の奉迎者に手を振り続けたという。本土から分断され続けてきた沖縄の歴史と人々の心情に思いをはせる。自ら身を賭してそれを実践してみせることで天皇・皇后は小泉の教え通りに道徳的な奨励者になろうとしたのだ。
敗戦の事実を毎年思い出すようにGHQは敢えて皇太子(当時)の誕生日にA級戦犯4名の死刑を執行したという説がある。だとすれば即位前から「戦後」の君主たることを宿命づけられていたことになる今上天皇は、ケネス・ルオフ『天皇と日本人』朝日新書によれば平成の時代に国際協調主義に徹して「戦後憲法固有のさまざま価値」を含む「戦後体制」を「日本が示すべき誇り」とし、海外の激戦地をも慰問に巡って「帝国の時代がもたらした深い傷跡をいやし、戦後を終結させようと努力」してきたという。
井上前掲書は、国内で周縁に追いやられた人たちに寄り添う旅を通じて国民統合の象徴たろうとしてきた今上天皇の姿を描いたが、ルオフは次の天皇が「現存するマイノリティだけでなく、日本にやってくる新たな移住者にも手を差し伸べ」、国民を超えた国家共同体の統合の象徴になるかもしれないと書く。
象徴天皇制国家日本の可能性を示す大胆さは、国内の政治的しがらみから距離が取れる外国人研究者だからこそか。それはともかく、どのような次代に引き継げるかも、後世からの平成の評価を決めるひとつの要因となるのだろう。