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総覧系新書にみる意味とイメージの伝播

by 武田 徹 • 2019/07/05 • 総覧系新書にみる意味とイメージの伝播 はコメントを受け付けていません

月刊文藝春秋2018年12月号掲載「新書時評」生原稿。NHK出版の担当者の方からお礼とともに「まさかマンチンと並ぶとは」とのお言葉をいただきました。

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 松本修『全国マン・チン分布考』インターナショナル新書の冒頭で紹介されるのは、二三年前にテレビ番組『探偵ナイトスクープ』宛に寄せられたハガキのエピソードだ。
 当書主は当時二四歳。東京在住の彼女が京都の実家から送ってもらった饅頭を会社で食べようとしたら見当たらない。「私のおまんがないんです」。彼女の発言に職場全体に戦慄が走った。後でその理由を知って赤面した投書主は、女性器に関する方言の分布をぜひ調べてほしいと依頼してきたのだ。
 松本は以前も番組で「アホ」「バカ」の全国分布を調べ、柳田国男が唱えた「方言周圏説」ーー言葉は文化の中心地から同心円状に広がってゆくと考えるーーを実証している。性的な言葉についても調査を始めていたところに投書が届いた。放送禁止用語ゆえに番組化は無理だったが、局を定年退職した後も作業を続けて新書にまとめた。
 女児の性器をふっくらした饅頭に例えた用法が短縮と接頭辞の追加を経て「おまん」に。さらに愛らしいものに着く指子辞「こ」を連ねた言葉はやはり京の都から同心円状に広がっていたが、大人の女性にも使われ始めると饅頭との連想を失って性的なタブー意識をまとうようになる。投書主が職場を動揺させた所以だが、他にも悲喜こもごものエピソードを混じえて堅苦しくならずに言葉の変遷を辿って読者を飽きさせない。
 近代化はこうした文化の伝播状況を変化させるのだろうか。二松啓紀『絵はがきの大日本帝国』平凡社新書は米国人夫婦が蒐集した戦前日本の絵葉書390点をカラーで紹介する。購入者の「見たいイメージ」を予期して発行者が「見せたいイメージ」を描き出す絵はがきは、郵便と交通の整備によってより速く、広く流通するようになった。そうして絵はがきによって形成された大日本帝国イメージは現実の歴史にいかに影響したか。文化史研究の新しい扉を叩く一冊だ。
 今や新幹線が京都と東京が3時間で結ぶ。ずばり「おまん」と名付けられた京菓子が関東圏でも違和感を持たれにくくなったのは人とみやげものの総移動量が増加してきただろう。
ものの名前やイメージは今後どう変ってゆくのか。こちらも豊富なカラー写真で甘党に眼福をもたらす中尾隆之『日本百銘菓』NHK出版新書のような一覧の試みーー饅頭は各種登場するが、「おまん」はまだ収録されていないーーは、文化史研究の貴重な基礎資料にもなってゆくのではないか。

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プロフィール

武田徹(たけだとおる)

東京都出身。国際基督教大学教養学部人文科学科、同大学大学院比較文化研究科修了。ジャーナリスト、評論家、専修大学文学部人文ジャーナリズム学科教授。

著書に『流行人類学クロニクル』(日経BP社。サントリー学芸賞受賞)、『産業の礎』(新宿書房)、『偽満州国論』(河出書房新社→中公文庫)、『隔離という病』(講談社メチエ→中公文庫)、『核論』(勁草書房→中公文庫→『私たちはこうして原発大国を選んだ』と改題して中公新書ラクレ)、『戦争報道』(ちくま新書)、『NHK問題』(ちくま新書→amazonKndleでセルフパブリッシング)、『殺して忘れる社会』(河出書房新社)、『暴力的風景論』(新潮社)などがある。

法政大学社会学部、東京都立大学法学部、国際基督教大学教養学部、明治大学情報コミュニケーション学部、専修大学文学部などで非常勤兼任講師、東京大学先端科学技術研究センター特任教授、恵泉女学園大学人文学部、人間社会学部教授、グッドデザイン賞審査委員、BPO放送と人権委員会委員など歴任。
 

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