『伝染するゲーム脳』 赤木智弘


まとめ

 最近の私は、それほどTVゲームをしているわけではない。まともにするTVゲームなど半年に1本あるかないかだ。
 しかし、子供の頃には飽きることなく延々とTVゲームをしていた。前にも書いたように、TVゲームは我々にとっては「世代の記憶」なのである。
 それは森たちの世代が自然の中でのびのびと遊んだことと決して違いはないはずだ。
 結局のところ「ゲーム脳」を巡る感情的な議論の根幹というのは、単純に自分たちの「過去を守る戦い」に過ぎないのではないか。それならば単なる世代の相違で話は済んでいたはずである。
 しかし、森はここに「脳」という科学的なものを持ち込んでしまう。
 脳の問題は、人間の人格に対するまなざしを左右しかねないクリティカルな研究課題であり、決して安易に扱われてはならないはずであるが、森はこれを持ち出し賛同する側に与えた。
 科学による、一見極めて客観的で正しいように思われる権威性は、「ゲーム脳」という名前のTVゲーム悪玉論を揺るぎのないものにした。

 しかし、本当に揺るがないのだろうか?
 多数の科学者によって確認され、確立した論理は科学的である。しかし、ゲーム脳はいまだ研究の途中である。
 研究途中の論理は、ある科学者の視座の1つに過ぎず、極めて主観的な性格をもつ。また、その論理を信じる側も主観的である。
 今だ論理が主観的であるならば、これには十分に抵抗できる。私はこの文章でそれを試みたつもりだ。
 TVゲームがいつまでも子供たち、いや、我々の良い友人でありますように。


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