『昭和花街残影』神山幸恵


一枚の名刺

 一度だけ、「コマーシャル・セックスワーカー」と書かれた名刺をもらったことがある。性産業従事者。彼女の場合は娼婦で、産婦人科医の話を熱心に聞いていた。「プロテクションなしの性行為で感染の可能性がある病気」について医師は彼女に説明していた。
 医師が一通りの説明を終えると、彼女がぽつんと言った。「嫌がる客、多いんだよね」。「そのプロテクションていうの」。笑顔の隅に困った表情を浮かべて、彼女は去っていった。
 昭和に咲いた花街の花は、今はどの地に根をおろしているだろうか。女たちは幸せを掴んだのだろうか。
 今年の冬はよく歩いた。「江戸は三代住んで初めて江戸っ子。横浜は三日住めば浜っ子」。昔から、誰が言ったかそう聞かされていた。私は三代続いた浜っ子であるけれど、あの日、地図を片手に歩いた街は私の知らない顔をしていた。夜の顔は時に残酷で、女たちの泣き声が聞こえるようだった。
 私は食べるために売る性を否定しない。一日も早く、女たちが自分を売らずに食べてゆけることを願う。繰り返される夜の営み。どうか地球の女たちに静かな眠りが訪れますように。

参考文献

●ハマの日本橋
『南区明細地図 昭和32年度版』経済地社/編 経済地図社
『南区明細地図 昭和35年度版』経済地社/編 経済地図社
『横浜市電が走った街今昔』JTBキャンブックス 長谷川弘和
『横浜の鉄道物語 JTBキャンブックス 長谷川弘和
●チャブ屋
『横浜チャブ屋物語』 センチュリー 重富昭夫
『痴人の愛」 新潮文庫 谷崎潤一郎
『横浜市史稿 風俗編』臨川書店 横浜市役所/編纂
●百合子の大門
『ことばの食卓』武田百合子/文 , 野中ユリ/画 ちくま文庫
『犬が星見た ロシア旅行』 武田百合子 中央公論新書
『文藝別冊 総特集武田百合子』西口徹/編 河出書房新社
『わが町の昔と今 3 神奈川区編』 岩田忠利 とうよこ沿線編集室
『日本遊里史』上村行彰 藤森書店
『近代庶民生活誌 第14巻 色街・遊廓 』南博 三一書房
『史の会研究誌 第3号 時代の目覚めをよむ』 史の会/編 江刺昭子
『史の会研究誌 大正の響きをきく』 史の会/編 江刺昭子
『横浜の空襲と戦災 1 』横浜市,横浜の空襲を記録する会/編 横浜市
●メリーさん
『中区明細地図 昭和31年度版』経済地社/編 経済地図社
『接収解除の歩み』横浜市総務局渉外部/編 横浜市総務局渉外部
月間情報誌『有鄰』第409号 有隣堂
『危険な毒花』 常盤とよ子 三笠書房
●真金町・赤線地帯
月間情報誌『有鄰』第415号 有隣堂
『南区の歴史』南区の歴史発刊実行委員会
『横浜再現』奥村泰宏, 常盤とよ子 平凡社
『横浜の遊廓の研究 』中村数男 横浜開港資料館
『横浜の遊廓の研究 (資料編)』中村数男 横浜開港資料館
『かながわの神社ガイドブック』 神奈川県神社庁設立五十周年記念事業委員会出版事業室
『横浜市南区の衛生統計 昭和33年版』横浜市南保健所/編 横浜市南保健所
『横浜の町名』横浜市市民局総務部住居表示課/編 横浜市市民局総務部住居表示課

断り本文中、敬称を省略しました。


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