『ブランドに恋して−日本人のブランド消費の今−』加藤晶也
2.ファッションのパラドクス
みんな同じ?みんな違う?
年も明けて間もない一月三日。この日は買い物の好きな人にとっては一大イベントが始まる日である。そう、冬のセールが始まるのだ。僕は名古屋の実家で正月を過ごしていた。年末年始のお笑い番組の多さに飽き飽きしていた私は、ここぞとばかりに買い物に出かけた。自分が普段よく行く店を覗くと、そこには驚くべき光景が広がっていた。あふれんばかりの人が棚に置いてある商品に群がり、次々とその商品をレジに持って行き会計を済ませ、意気揚々と別の店へと向かうのである。「あふれんばかり」の人と書いたが、店によっては実際に人があふれてしまい、入場制限を行っている店すらあった。それでも多くの人(自分も含め)は並んででもその店に入ろうと列に加わるのである。列に並んでいる人々や躍起になって棚に陳列されている商品をかき乱している人々を見ていて気づいたことがある。先ほどの街中での印象と同じように、やはりみんな同じような格好をしているのである。
皆同じブランドを着ているわけではないし、それぞれ違う店で商品を買っているに違いない。しかし、何か同じような印象を受けるのである。違うといえば違う。同じといえば同じ。細かく説明しろ、といわれれば、ボタンが違う、とか、ラインが入っている、とか指摘することはできるがやはり同じような服装をしている印象がぬぐえない。とふと自分の服装にも目が行く。自分の服装とほとんど同じような服を着ている人が周りに大勢いるのである。ハイカットのスニーカーに、古着のデニムのパンツにピーコートを合わせ、マフラーをその上から巻いている人のいかに多いことか。
何か自分がその人ごみの中に埋もれて消えてしまうような印象を覚えた。自分の服はここが違う、と心の中で主張してみてもむなしいだけである。それでも私は店内に入り、自分の気に入った、他の服と似ているようで違う服を買って他の人々と同じように満足気に帰宅したのである。これだけ多くの人が買い物をしている。いったい何のために人はこれほど買い物に走り、似たような服を買い求めるのか。