『見ないを見る−−川崎市ホームレス緊急一時宿泊施設建設を巡る声と力−−』宮田清彦


 男の背中を追って、深夜の街を走った。
 神奈川県川崎市川崎区でホームレスの支援活動を行っているNPO法人・川崎水曜パトロールの会の活動。街中に散らばるホームレス達に生活情報を刷り込んだビラを配っていくのだ。「どこに誰がいるのか、全然、分かんないだろ」。男は悪戯っぽく笑う。ビラを渡し、親しげに声をかけて、少し話して、男はまた走る。走らねば間に合わない程にビラを渡すホームレスの数が多いのだ。
 公共施設の裏側、雑居ビルの軒下、暗く沈んだ駐車場の奥の奥、公園の片隅の草の中。歩道橋の階段の裏側。まさか、こんなところに、と思うような場所に彼らは潜んでいる。
 暗闇に目が慣れていくにつれて一人一人の顔も区別がつくようになった。柔和な顔、力強い顔、弱々しい顔。一人一人、別人で、それぞれに違う生き方をしていることに気付く。全体的には、中高年が多いのだが、中には20代にしか見えないホームレスもいた。

 「川崎の人は温かいよ」と、男は言う。マンションの踊り場で寝ているような人を追い出さない住民もいる。迷惑だというなら迷惑のかからないようにお互い調整しあう。「公共施設なんかだと、電気が消えれば、泊まってもいいって合図」にしている所もある。
 しかし、一方、川崎では昨年約50人の「ホームレス」が亡くなったという。今年は放火と見られる火事も多かった。報道がその原因の一つだと、男は言っていた。2004年1月から2月にかけて、川崎区堤根地域で建設が予定されていたホームレス緊急一時宿泊所の建設予定地では、「再検討」を求める住民が抗議行動を行い、それが大きく報道されていた。報道された時期と一致するようにホームレスの住居、段ボールハウスから火の手があがった。すべてが放火だと断定することはできないが、中には、ガソリンに引火したかのように電線の高さまで火柱が上がった例もあった。もちろん、失火も含まれるだろう。しかし、それだけが原因とも思えない。ブラウン管の中に映った、ホームレス支援施設に対する抗議行動がホームレスに対する放火を助長させたのか。
 住民によって展開された反発運動の末に施設は建設され、ホームレス緊急一時宿泊施設「愛生寮」は2004年9月現在、運営を続けている。
 
 それにしても、ホームレスはどうしてこうも遠い存在なのだろうか。それは川崎で大きく報道がされても相変わらずだ。都市圏で生活をしていれば、通勤、通学の道すがら目に付く彼ら。彼らについての情報量は圧倒的に少ない。不思議なものだ。誰だって、一度くらいは見たことがあるのだから、大勢の興味を引いてもおかしくはないだろうに。しかし、実際はそうではない。
 私達とホームレスという人々の間には、深い溝があるような気がする。何故なのか、取材を終えた今もよくわからない。
 川崎の人々はその溝を突きつけられたのだろう。だから、彼らはいろいろな反応をした。その声と反応をたよりに、問題を考えてみようと思う。どうして、私達は彼らのことを見ないままでいるのか。変化し続ける社会は、今まで向き合う必要もなかった人々を、私達に突きつけることだって充分にある。だったら、その時、うろたえたり、何かの間違いをしでかしたりしないために、川崎の経験を少しだけ参照してみようと思う。


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