『「死にがい」の現在』宮田清彦
10.「やさしさ」から「情」へ
井上が恐れたように、70年代の若者たちは死を拒否し続けることはできなかった。そして、その恐怖と向き合わざるを得なくなったとき、集団志向性へとゆり戻しをかけることで、恐怖を減殺させようと試みている。しかし、実は、井上が強さを求めるために打ち出した「やさしさ」は、未だ現在の中高年の中においても、主軸になしている感覚のように思われる。しかし、それは強さを求めるためにあるわけではない。強さのためのやさしさではなく、やさしさのためのやさしさ、とでもいえばいいだろうか。
現代における「死にがい」を考える記事は、生を充実させるものとして把握されている以上、どの記事も死と生との関わりは感動的なものとして表現されている。記事を読むことで、安らげる。そんな期待があり、それはまるで裏切られてはいけない約束であるかのように、記事のほとんどは感動するように読者を誘いかけている。基調になっているのは、やさしさである。たとえば、前述オブラ誌の記事の中で、雑誌に掲載されている梅原の写真ははち切れんばかりのクシャクシャの笑顔で写っている。そんな「やさしい」雰囲気というのは、多くの記事に共通しているトーンなのだ。
記事の中でもとりわけ「インタビュー 五木寛之 『慈しみ』より『悲』を大事に生きる」(『日経マスターズ』2004年2月)は、やさしさが持つ意味を汲み取っているように思われる。五木は「慈悲」という言葉を分析しながら、こう述べている。
「『慈』とは励ましであり、人に生きる勇気を与える源になるものです。一方の<悲>は慰めという意味に近い。・・・・・・
『慈』の意味する励ましが人を勇気づける前向きの言葉であるのに対し、一方の<悲>が意味する「慰め」はちょっと後ろ向きです。そんなことからか、<悲>はずっと軽んじられてきました。しかし私は今の時代こそ<悲>が重要なのではないかと思っています。
戦後50年の間、大事にされてきたのは『さあ、やろう、頑張ろう』というかけ声であって、そこには前向きの励まし、『慈』が必要だったとわけです。しかし、いまや年間300万人を超える自殺者を出す時代になってしまった。人の心は非常に深く傷ついてしまったのです。
この人達に「頑張れ」と励ましても、さらに傷つけるだけです。どんなに不安でも、どんなに淋しくても、どんなに悲しくても、いいんだよ、今のままでいんだよ、と無言のうちに語りかける、そんな<悲>の考え方が重要になっているのです」。
五木はそんな考えを「情」のことであると、要約する。
30年前、井上が願いを託した「やさしさ」は、本来彼が志向した方向とは全く違った形で残されることになった。抵抗のための強さは、全く影を潜めている。そして、井上の論文執筆の背中を押していた戦争の記憶は遠い彼方の物語と化した。いまや、その再来を恐れる人も少数派になりつつある。
もちろん、実際に安らぎを必要とする人がいる以上、関係性の希求は決して悪いことではないと思う。また、私とて、今まで人の情けにすがることで生きてくることができた。情の価値は高く評価されるべきだという考えそのものに異論はない。しかし、それと同時に、情にはかなりやっかいで難しい側面があることを指摘しておかなくてはいけないと思うのだ。というのも、70年代の若者が保持していた「やさしさ」は、現在において「情」を求める気持ちへと転換した。しかし、その「情」を巡って戦中の若者たちはある問題に直面していた。