『「体感」としての音楽文化』奥 崇

あり方
 今まで3人の音楽に関わる人を見てきたが、それぞれアプローチの方法は違う。エイフル・若林氏はヴィンテージアンプを通して本物の音を究極的に追求している。一方、石井氏はアンティークアンプという古き「フィルター」を通して新しいものを見ようとしている。レコミュニ・福岡氏は本当にリスナーが「いい」と思える音楽を残していこうとしている。アウトプットは明らかに違う。圧縮音源に対するアプローチや考え方もそれぞれ簿妙に異なっている。一見するとそれぞれが相容れない関係に思えてしまう。
 しかし、ここですでに気づかれている方も多いだろう。3人の根底に流れる「思想」は非常に近い。それは私の言葉でまとめるならこうだ。人類の築き上げた伝統を無視せず、「時代性」なる一瞬の尺度に乗らないで判断する自己。自分が「体感」して感動したことを人にも「体感」してもらう場を提供する日々のライフワーク。これらの根幹の部分で共通性を強く感じる。それは心と生活の豊かさにもつながるものである。そしてそれらをまた共感してく人間が、少ないながらもでてくること。それが今まで人類が積み重ねてきた文化であり「体感」なのだ。
 圧縮音源とそれを利用するiPodブームの先に見え隠れするものは、ただの流行考察ではない。圧縮音源を大量にストックし、iPodやパソコンだけで音楽を楽しむことに文句を言うわけではない。それは人それぞれの選択だ。そして選択肢はできるだけ多くあったほうがいい。しかし、その選択が選ばされたものでないのか、という憂慮を皆がし続ける必要がある。その作業は決してたやすいものではなかろう。これまでの文化の積み重ねを考え、かつ日々日常を「体感」していくことが必須である。それは決して易しいことではない。また正直言えば現代にそのように振舞える人は極少数に思えてならない。これからの音楽のあり方は、ただ音楽の枠だけの話にとどまらない。図らずも後の結果が、私たちの軽薄さを証明することにならないことを願ってやまない。


脚注
*1 MP3
 MPEG Audio Layer-3の略。人間の聞き取りにくい音声などを間引くことなどによって、音のデータを圧縮する技術の一つ。

*2 AAC
 音声圧縮方式の一種。Apple社が標準採用している。

*3 ビットレート
 データの速度を示すもので単位はbps(Bit per Second)。なおCDのビットレートは約1400kbpsである。

*4 iRiverやCreative
 iPodのライバル商品を販売している会社。それぞれ韓国、シンガポールとアジアの会社であることは興味深い。

*5 ダイナミックレンジ
 信号の再現能力を表わす数値。信号の最小値と最大値の比率をdB単位で表したもの。高いほど細かい音まで信号まで再現していると言える。ただレコードについては最大値が小さいので相対的に小さい値が出る。例えば160kbpsなら1秒間に16万個のデータを送っている。

*6 アナログ
 アナログは録音媒体としてのアナログ(レコード)だけでなく、装置としてのアナログ(真空管アンプなど)も入る。

*7 フルトヴェングラー
 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954) ヨーロッパの伝統あるオーケストラの常任指揮者を歴任した大指揮者。

*8 カラヤン
 ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989) フルトヴェングラー亡き後、長年に渡ってベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を務めた。20世紀後半で最も知名度があった指揮者といっていい。

*9 チェリビダッケ
 セルジュ・チェリビダッケ(1912-1996) ルーマニア生まれでドイツで主に活躍した指揮者。順当ならフルトヴェングラー亡き後のベルリン・フィル主席になるべき人であった。その思想は哲学家といってもいいだろう。録音音源を非常に嫌っていたことでも有名。

*10 FMトランスミッター
 音声データをFM電波に変換し、飛ばす装置。FMラジオで受信することができる。大抵は車で使用されることが多い。

*11 ソーシャル・ネットワーキング・サービス
 通称は頭文字をとりSNS。参加者が互いの友人を紹介しあって、友人関係を広げていくコミュニティ型のウェブサイト。既存の参加者からの紹介がなければ参加できないシステムを採用しているサイトが多い。なおソーシャル・ネットワーキング・サイトという呼び名もあり、同義である。

*12 イーライセンスンの三野さん
 三野氏は株式会社イーライセンスの代表取締役。イーライセンス社は音楽の著作権管理サービスをしている。日本音楽著作権協会(JASRAC)の一法人独占を打ち破った企業である。またその独占を打ち破る上で、三野氏は関係機関への働きかけなどを行い独占打破のキーマンである。なお株式会社レコミュニのオフィスはイーライセンスのオフィス内にある。

*13 カネボウと資生堂のCM合戦
 両社のCMに使われた曲を集めたCD「ルージュ 〜コスメティック・CMソング・コレクション〜」まで発売されている。二枚組アルバムであるが、一枚目はまさにタイアップ合戦の始まった頃の曲がつまっている。このCM合戦の黎明期は、石油ショックが落ち着きバブルの階段上る日本の時代であることが興味深い。

*14 DRM
 Digital Rights Managementの略。日本名はデジタル著作権管理。配布・交換が容易なデジタルデータの著作権を保護するための技術。日本ではレーベルからの要求が非常に厳しく、DRMを強くかけてあるものでなければなかなか許可されない。携帯電話への音楽配信だけは元気なのは、DRMが完全にかかっているからだ。


取材協力者(五十音順 敬称略)
石井 健之(and up)
福岡 智彦(レコミュニ)
若林 鋼二(エイフル)

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