『透明な英雄』大隅亮

 第一部「鉄の腕」

 宿はづれを滑らかな川が流れ、其処の橋から富士がよくみえた。沼津の自分の家からだとその前山の愛鷹山が富士の半ばを隠してゐるが、三島に来ると愛鷹はずっと左に寄って、富士のみがおほらかに仰がるるのであった。克明に晴れた朝空に、まったく眩いほどに、その山の雪が輝いてゐた。
 若山牧水「箱根と富士」(大正九年)

 どんな国にも明るい未来を夢想してしまう幸福とも不幸ともつかない時代があるものだが、日本でのそれは昭和三十八年頃だったと推測する。その年の元日に放送を開始した国産初のテレビアニメ「鉄腕アトム」がまさに明るい未来の象徴に思われるからだ。東京オリンピックを翌年にひかえ普及がすすんだテレビのブラウン管に映しだされた鉄腕アトムの軽やかなステップは、そのまま二十一世紀の青写真となり子どもたちだけでなく大人たちの心も躍らせたに違いない。ところでサーカスに売られていたアトムをひろったお茶の水博士は当時、科学省長官に就任したばかりだった。この新米の長官はしかしまだ環境庁なるものの存在を知らない。当たり前だ。これから科学の力によって未来を歓迎しようというときに、どうして環境問題といううしろを向いた存在に目をくばる必要があっただろう。もし博士が科学省の定例記者会見で環境破壊に関する質問を受けていたとしたら、マイクに向かってこういったに違いない。なにを邪魔しやがる、前だけを見ろ!
 日本列島は新幹線でつらぬかれ、街ではポルノ映画が盛んにつくられ、ラジオからは陽気な音楽がきこえた。そのような浮かれた時代に見えない悲劇からひとつの地域を救った人びとがいた。明るい未来という華やかなイメージに隠された公害という魔手から町を守ったのだ。そう、たしかにかれらの活躍は市街地で暴れるロボットや異星人と超人的な格闘を繰り広げる鉄腕アトムにくらべれば呆れるほど地味ではある。しかしフォワードの劇的で華美なゴールだけがファイン・プレーなのではない、玄人好みの堅実なディフェンスもまた称賛に値するのだ。むしろ高度経済成長期に特有の、未来にたいする盲目的な信仰という逆風のなかで、貴重な白星をあげたかれらこそ真の英雄ではないだろうか。
 さあ、見えない英雄を讃えよ。

「一緒に死んじまいたいくらいだ」
 その言葉に篠田豊治は絶望した。枯れ葉のような老婆が感情をじわじわと昂揚させていき、しまいにはこういったのだった。昭和三十九年二月九日から翌十日にかけて四日市を訪れたときのことである。この老婆はまだ四十歳の篠田と心中をするつもりなのだろうか、またそれを聞いて篠田は絶望のふちに立たされたのだろうか。いやそうではない。老婆の吐く言葉がさまざまな汚染物質が染みこみ、堪えきらない悲しみをたたえた言葉だったから絶望したのだ。帰りのバスの中で篠田は自らの幸運なめぐり合わせを喜んでいた数ヶ月前のことを思いだした。

 篠田は舞いあがっていた。
 期末試験をおえた中学生のように晴ればれとした気分だった。なぜかというと自分は百姓という職業から解放されそうだからで、なぜ百姓が嫌かというと彼はそれほど農業に長けていないからだ。農家になったのはまだ最近のことだった。早生まれの幸運で危険な兵役をまぬがれることができた篠田は、戦争が終わってからの十年間を九州のセメント工場で送った。しかし労働組合を作りストライキを決行したことが仇となって会社を追いだされてしまった。故郷である静岡県三島市中郷に戻ってきた篠田はまもなくして父親の土地を継ぎ農家になった。そしてはじまった苦労の日々。生涯を百姓として送った父親と違って、まったく畑違いのキャリアを持つ篠田にとって農業は未知の領域であり、暗闇を手探りで進むようなものだった。
 それはまた淳子夫人にとっても同じことだった。農家ではない家に生まれ、薬剤師になった淳子夫人にはぶ厚い百姓の手はまったく異質のものに思えたし、それまで数グラムの粉末を天秤で量ってきた細い手にどうして水を吸って重たくなったワラが運べるだろう、と不安に陥った。百姓はただでさえ体にこたえる職業だ。稲作の重労働に汗だくになって悶える夏。苺づくりのため凍るような冷たさに耐えしのぶ冬。そして夏と冬のあいだも麦の裏作のため労働は途切れることがない。それらすべての季節の重荷を考えればサラリーマンというのは、なんと軽いバーベルを持ち上げる仕事だろう。それに加えて時代の向かい風もあった。池田内閣の「所得倍増計画」にしたがって国民の所得は順風満帆に増加していったのにもかかわらず農作物の価格は据え置きだったので、成長盛りの日本のなかで農家だけがひとり貧乏くじを引いているような気分になった。実際、兼業農家が全農家の四割を超えたのはこの年だった。
 そんな篠田夫妻のもとに未来からの手紙ともいうべき知らせが届いた。
「淳子さん、ちょっと」
「どうなさったの?」
「ついに石油コンビナートが建設されるようだよ」
「それじゃあ、もしかして」
「そうなんだ、ぼくたちはこの土地を売ることができるってわけさ」
 それは天使の羽をつけた鉄腕アトムによってもたらされた柔らかな救済のようにも、鉄の小指との固い約束のようにも思えたので淳子夫人はこころの中でこう叫んだ。これが明るい未来なのね、と。
 天上には秋の空が能天気に広がっていた。

 この石油コンビナート計画は突然の訪問客というわけではなかった。来るべき二十一世紀に向けて各都道府県は自らの手も「鉄腕」にしたいと願い、新産業都市の指定をかけて激しい争奪戦を繰りひろげた。静岡県もその例にもれず政府にたいして熱心な陳情をおこなった。とりわけ斉藤知事は家柄からして資本側の人間であったし、知事選挙のときに新産業都市の指定を受けることを公約したこともあって、県の工業化にはつよい思い入れがあった。水に映った自分を好きになってしまった古代ギリシア神ナルキッソスと同じかそれ以上に、昭和三十八年の政治家は工業化に惚れこんでいたのである。結果的に静岡県は争奪戦に敗れ新産業都市の指定を逃すことになるが、それに準ずる工業整備特別地域に滑り込むことはできた。そのようにして工業に有利なように城壁を築いた上で、闘争の舞台となる三島市をはじめ、隣接する沼津市、清水町といった東駿河湾地区への石油コンビナート計画は着々とすすみ、その旅支度が整ったところで県は発表に踏み切ったのである。
「豊治さん、ぜひ売りましょうよ」
「そうだな、坪あたり三千円というのは好条件だ。このまえ繊維会社に土地を売った人は確か千五百円から二千円だったようだし、間違いない」
「なんて素敵な話なのかしら」
 浮かれた時代の浮かれた人たちは、まだそのすきま風に気づいていない。篠田はあたまのなかで皮算用をはじめているし、淳子夫人はすでに百姓を引退したあとの薔薇に囲まれた夢の生活を思い描いている。また居間でテレビに夢中になっている息子たちも主人公のアトムに絶対の信頼をよせているようだ。しかし夫妻の息子たちよ、アトムばかりに気を取られていてはいけない。もっと注意してブラウン管をのぞきなさい。そうすれば鉄腕アトムにふりかかる「災難」の多くは同じく人間の科学技術から生まれていることに気づくはずだから。


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