『カミングアウト』篠田茜
奇妙な同居生活の始まり
私は現在、東京都内の大学に通っている。地方出身なので、普段は少し広めのアパートを姉と借りて二人で暮らしているのだが、今年の七月ころに、姉が夏の間旅行に行きたいと言い出した。「あー、家賃のことがなければ心おきなく旅行に行けるんだけどなー」という姉の言葉を聞いて、なんとか夏の間だけ住んでくれる子を探そうと思った。それなら、ゲイの子が良い。それが私の頭に浮かんだことだ。
今年の四月ころ、ひょんなことから大学のゲイサークルに入っているゲイの友達が何人かできた。初めのうちは、ただただ初めて見る「ゲイ」に、「本当にいるんだー……」と驚いた。「ふざけんじゃねーわよ」なんて「オネエ言葉」も初めて生で聞き、「きゃー、テレビとおんなじ!」なんて思いながら、またどう接すれば良いのか少し戸惑いながらも一緒にいるうちに、少しだけどゲイの人達について分かってきた。テレビで見る彼らはたいてい「ちょっとアンタ、おだまんなさいよ」とか、「そんなことなくってよ」などと「オネエ言葉」をしゃべるが、ゲイ全員がそういうしゃべり方をするわけではないこと。普段、ゲイであることを隠している人が多いので分からないが、実は結構周りにゲイがいること(大学に入って以来ずっと友達だった子の何人かがゲイだということを、ゲイの友達ができた後に知った)。ゲイ、つまり同性「指向」は同性「嗜好」などと書かれ、「趣味の問題だ」と言われることもあるが、性的「指向」(性的な意識の方向性)は趣味や嗜好のように本人が自分の意思で変えたり選んだりすることは難しいこと。
まあ、こんなコムズカシイことはさておき、一般的に言って彼らの多くは一緒にいてラクで楽しい。「お母さんに最近黒豚って言われたの」と悲しむ女の子に、「あんたの子供よ、って答えてやんなさいよ」としれっと返す、歯に衣着せぬもの言いとユーモア。彼らとなら、「ねえちょっと見てよあの女、肌見せすぎよね。男の気を引きたいの見え見え。嫌よねー、あーゆうの」と、女の子に対する文句も共有できるし、「はぁ、男ってなんで女のぶりっこに気づかないのかしら…………?」と、男に対する不満もなんだか似ている。そして、ヘテロセクシャルの男の子(異性愛者、つまり女の子を好きになる男の子)と違って恋愛関係に発展する可能性がないから、「私が相手のこと好きだと勘違いされてないかな?」、「もしかして相手が自分に気があるんじゃ?」なんて、大抵自分の考え過ぎで終わってしまう余計な心配も、彼らとの間には必要ない。ゲイが集まる新宿二丁目にあるゲイクラブなんて、女の子にとっては世界で一番安全な場所と言えるかもしれない。ゲイクラブに行くと、おしゃれでかっこいい男の人がたくさんいて、彼らは熱い視線を交し合ったり、いちゃいちゃしたりしているが、女の私など「壁の花」どころか「壁」みたいなもんだ。誰も目もくれない。
とにかく、そんなわけで私はゲイの男友達に家に住んでもらうべく白羽の矢をたてた。そして、夏の間は親元を離れて自由になりたいと、うちに住むことになったのが征司君だった。
征司君は私と同じ学年で21歳、中肉中背。髪の毛は真っ黒、まじめそうな外見で、細かに気を遣ってくれる。自称「気の利くオカマ」だ。わりと中性的な言葉で喋るが、「オネエ言葉」では喋らない。それから、楽器を演奏することやクラシックミュージックが大好きで、なんでも、ピアノの腕はかなりのもので、県で賞を取ったこともあるらしい。また、自分がゲイだということをずっとひた隠しにしていて、最近ゲイサークルに入ったばかりで、自分以外のゲイに初めて会っていろいろな話をできるのが楽しいのだそうだ。
……というようなことを、実は同居を始めてから知った。自分でも無防備だったと思うのだが、同居を始める前まで彼について知っていることといったら、笑いのツボが合う人で、良い人だということと、それから、ゲイだということくらいだ。それでよく一緒に住んだな、と思われるかも知れないが、とにかく家に住んでくれる人を探して、姉が旅行できるようにしたかったのだ。
しかし、征司君が家に荷物をすっかり運び入れた後で、姉の旅行の予定がなくなってしまった。なんでも、一緒に旅行するはずだった友達の予定が変ってしまったと言う。幸い、家には部屋が三つあり、三人で住むことはできる。ゲイのカップルに一人の女が割り込んできて、最後は三人で一緒に住む『ハッシュ!』という映画があったけれど、こうして我が家では、姉妹二人に男一人という、「逆ハッシュ!」のような同居生活が始まった。