『カミングアウト』篠田茜
追記 ゲイというカテゴリーについて
このルポルタージュの中で、私は男性同性愛者をゲイと呼び、ゲイを取り巻く問題について書いたけれど、このゲイというカテゴリーは少し暴力的で、慎重に取り扱われるべきだと思う。
なぜなら、異性愛者というカテゴリーの中にいろいろな人がいるように、男性同性愛者というカテゴリーの中にもいろいろな人が居るにもかかわらず、ゲイというカテゴリーに入れられた人たちは、性的指向のみで人間性を判断され、一面的なステレオタイプ(セックスがすき、おしゃべり、女っぽいなど)を押し付けられてしまうからだ。ある授業で教授が「人間は皆、髪の色も、味の好みも、目の色もすべて違う。それなのに性的指向の違いだけが大問題にされ、それで人をくくるなんて、ナンセンスだ」と言っていたが、あるゲイの友人は実際にこう言って嘆いていた。「ノンケなら、哲学者にも、ダンサーにも、プロ野球選手にも、なんでもなれるのに、ゲイだったらいつも『ゲイの』って形容詞が最初にくるの。ゲイの教授、ゲイのフリーター、ゲイの学生……。何しても、『あー、あの人はゲイだからね』って。男性同性愛者は、ゲイにしかなれないのよ」。たしかに、性的指向のみを大きく取り上げ、それで人を一つのカテゴリーに入れて人間性を判断するなんて、その人達の他の個性を全く無視した暴力行為だ。
また、性的指向の違いは個性の一つとは言え、同時にプライバシーに深く関わる問題なので、他人が軽々しく干渉・詮索してよい問題ではない。前出の「ゲイの」友人が、「自分が誰に性的欲望を感じるかなんて、自分と、自分が好きな人にしか、意味を持たないじゃない。なのに、なんでいきなりあんまり仲良くない人から『ゲイなの?』って聞かれたり、ジェンダーのクラスでレポートを書いたりプレゼンテーションするときに、『僕はゲイなんですけど』って皆に公表しなきゃいけないのよ。そんなのすごく個人的なことだし、本当にほっておいて欲しいわ」と言っていたが、私も「レズビアンなの?」とアメリカ人のそこまで親しくない友人に聞かれて、とても嫌だと思った覚えがある。彼女が、全く偏見をもっておらず、ただ事実を確認するために、まるで「あなた日本人?」と聞くように、さらりと聞いたことは分かったけれど、あまり仲良くない人からいきなりとても個人的なことを聞かれたことが嫌だった。異性愛者なら、いきなり「あなたは男性に恋するの?男性に性的欲望を抱くの?」なんて聞かれることがないのに、と思った。
性的指向の違いが個性の一つして、当たり前のように存在を認められ尊重され、必要以上に問題視されない社会こそ、私たちがこれから作り出すべき社会だろう。
主要参考文献
『男ふたり暮らし』伊藤悟 太郎次郎社
『ゲイリポート』アカー 飛鳥出版
『同性愛者達』 井田真木子 文芸春秋
『同性愛者として生きる』伊藤悟 明石書店
『にじ』2002年夏 虹書房
『にじ』2002年秋 虹書房
『QMジャーナル』動くゲイとレズビアンの会 2000 Vol.15
5-6
『QMジャーナル』動くゲイとレズビアンの会 2000 Vol.14
GB SOS(ゲイバッシング SOS)http://www.occur.or.jp/GB/index.html
シンジのハッテン情報 http://homepage1.nifty.com/skd/shinji/
すこたん企画 http://www.sukotan.com/
『Homophobia
Often Found in Schools, Date
Show』http://www.nytimes.com/ads/marketing/laramie/19981013_laramie4.html