『1969年の上野高校学園闘争』高橋直純

第1章 「改革、革命」のリアリティ
現在において政治的な「運動」がもつ意味はどのようなものなのだろうか。多くの人にとっては、リアリティのある言葉ではないと思う。筆者の大学でも、構内で時折某セクトの演説やタテ看板を見かけるが、多くの人は素通りして行く。筆者もその一人だ。そのことに対して、さして後ろめたさも感じない。ましてや、高校生にとっては想像の埒外であるだろう。

1章−1 1969年の空気
 1969年ではまだそのような状況ではなかったという。多くの若者が政治や社会情勢を若者なりに真摯に考えていた。なにより世の中に変革の可能性を感じさせる空気が漂っていて、それが政治への希望を持つことを可能にさせていた。村上龍が自身が1969年に佐世保北高校でのバリ封を描いた小説『69』の冒頭から当時の雰囲気を感じさせる部分を引用してみる。

「1969年、この年、東京大学は入試を中止した。ビートルズはホワイトアルバムとイエローサブマリンとアビーロードを発表し、ローリング・ストーンズは最高のシングル『ホンキー・トンク・ウイメン』をリリースし、髪の長い、ヒッピーと呼ばれる人々がいて、愛と平和を訴えていた。パリではドゴールが退陣した。ベトナムでは戦争が続いていた。女子高生はタンポンではなく生理綿を使用していた。 −中略― この頃は、受験勉強をする奴は資本家の手先だという便利な風潮があったのも事実である。全共闘はすでに力を失いつつあったが、とにかく東京大学の入試を中止させてしまったのだ。何かが変わるかもしれない、という安易な期待があった。その変化に対応するためには、大学などを目指していてはだめで、マリファナを吸う方がいい、というようなムードがあった」

 当時教師だったある人は、僕に「60年代末期の青年を内外から動かすロマンティシズムとリアリズムの問題」を読み解く必要性を指摘する。1969年には、世の中が大きく変わるかも知れないと感じることができた。そして、その可能性は政治への意識がリアリズムの範疇にあることを可能とさせた。実際にバリ封に参加したメンバーの一人も次のように語っている。

「ノンポリ(ノンポリシー)だったやつは未だに気分的に信じていない。右だろうが左だろう関係なかった。なんか世の中変わるんじゃないか。もしかしたら幕末のような時代に生きているんじゃないか。俺達はなんの力もないけど、この活動をしていくと世の中が変って、高校だとか大学とかの制度そのものが変わっていくんじゃないかという希望をもっていた」

 現在の政治運動とは格段の差が、1969年のそれとは格段の差があった。そのことを念頭に置かないと、1969年の出来事を正しく理解できない。


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