『1969年の上野高校学園闘争』高橋直純

4章−2 自主ゼミ体制
自主ゼミの仕組みは次のとおり。

教科担当教授の指導のもとに、生徒との話し合いで、自主ゼミをおくことができる。
自主ゼミはA,B,Cの3種のゼミを置く。
@ ゼミAは履修科目の標準単位内におかれるもので必ず担当教師の指導を受け、評価されるもの。
A ゼミBは、学校で置かれた教育課程の単位内には含まれていないが、生徒の希望により評価をし、増加単位としてとくに認めることができるもの。ただし各学年でとることのできるゼミBの単位数については別に定める。
B ゼミCは生徒の希望によっておかれるもので、単位として認定しないもの。
C なおすべてのゼミは、生徒の希望と教師の指導相談の上、テーマと時間を設定し、原則としてグループ活動による。
   ――以下略――

 1969年の11月から70年の3月までに開講された自主ゼミの数は実に313にも上る。その中からいくつかをタイトルだけピックアップして見る。「丸山真男「日本の思想」」「小林秀雄研究」「サルトル研究」「ヘーゲル現象学」「フッサール現象学」「パリ・コミューン」「実数と微積の基礎概念およびテーラー展開」「行列と行列式」「コハク酸脱水素酸素の研究」「清酒の分析」「マルクス・エンゲルスを英語で読む」など。
 生徒の88%が自主ゼミをやってよかったと述べている。実際に僕がインタビューした人のすべてもやって良かったと語っている。多くのマスコミからも取り上げられることになった。1969年12月の「週刊朝日」に掲載された「灰スクールよ、さようなら =“バリ封”を授業革命で解決した都立上野高=」という記事のリード文を引用する。

「紛争は「処分」で収拾という“タカ派高校”が多いなかで、東京の都立上野高校では、試験廃止、自主ゼミをもりこんだ大胆な授業改革にふみきって、世間をアッといわせた。先生、PTAから教育庁、生徒にまで評判のいい、この'新教育'の教室をのぞいて見ると――」

 その他にも、基礎科目においては同一科目を最大限同時間帯に開講し学生が自由に教師を選択出来るようにする教師の自由競争制の採用、男子クラスの廃止、男女混合名簿の採用などのジェンダーの否定などが行われた。これらの取り組みは今日においても非常に先進的な取り組みだったと思う。


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