『犯罪者の仮面を被らされた者たち Vol.2』遊佐春奈


はじめに

 ある日の夕方、近所のスーパーに向かう途中、前を歩く女性2人を追い越した。フィリピン人女性だった。近所のアパートにフィリピン人女性が数人で住んでいて、フィリピンパブで働いていることは知っていた。夕方、ミニスカートを履いた彼女たちを黒塗りの車が迎えに来ることもしょっちゅうだった。
 しかし、その日は様子が違っていた。スーパーから帰る途中、まずパトカーが目に入った。そして、数メートル先で、警察官に連行される先ほどの女性たちとすれ違った。警察官はタガログ語で何やら質問しているようだった。
 近所にフィリピン人女性が住むようになって10年くらい経つが、こんな光景を見かけたのは初めてだった。フィリピンパブで働くエンターティナーたちの取り締まりは確実に強くなっている。それでも、興行ビザを厳格化し合法的な単純労働のビザを発給すればフィリピン女性のためになる、女性たちが合法的な職に就くことができるなら取り締まりもやむを得ないのかもしれない、と思っていた。ハニーとアキに会うまでは。

1.立ちはだかるのは需要の壁

フィリピンパブ

 偶然にもその2日後、私は彼女たちの働く現場を目の当たりにすることになった。
 西葛西の駅を降りるとすぐにいくつかの店が見える。フィリピンパブは亀戸などの総武線沿い、浦安・葛西など千葉エリアに多いらしい。さらに数分歩くと、目的の店の前に到着する。しかし、その店は閉店になっていた。つい2週間前までは普通に経営されていたらしいのだが。その店は入管の審査もパスした「優良店」だった。

 入管と警察はフィリピンパブへの摘発行動を強化実施中だ。「優良店」とは自粛対応店のこと。つまり、次のような対応をしている店のことだ。フライングブッキング(タレントの不足などのため、契約と違う店に飛ばされること)のタレントを契約通りの店に戻す(あるいは強制送還)。ARB(アーティストレコードブック:芸能人登録手帳)、パスポートをタレント自身に携帯させる。招聘事業者全国連合会とフィリピン業界団体(CALEA)との間で「同伴をやめる。ショーの完全実施。守られない場合フィリピンからのOPA(海外パフォーミングアーティスト)を送らない」との合意を交わす。
 その一方で開き直り店もある。このような無許可店はタレントのランナウェー(逃げ出した人)を受け入れている。つまり、より非合法な雇用が多く危険で、入管の手も届かない。「本来はこのような店の取り締まりに力を集中すべき」と、20年くらいフィリピンの移住労働者の支援に関わっているフィリップ佐々木先生は言う。そんな中、優良店ほど経営が悪化し、潰れていくそうだ。同伴禁止は店側にとってかなりの痛手なのだろう。同伴が禁止になって稼げなくなったから辞めていくエンターティナーたちも多いのだという。
 そういえば、この日、フィリピンパブに来る前に行ったフィリピンレストランは、以前はペイバック(同伴の際、食事などに利用させてフィリピンパブ側から何割かもらう)対象の店だったそうだ。そのレストランのオーナーとその奥さんはいかにも元客とホステスだ。フィリピンパブの近くのホテル、カラオケ店、レストランなどは、ほとんど同伴で儲けていたのだそう。同伴禁止の痛手はこれらの店にも波及しているのだろうなと思う。

 仕方なしに予定していた店と同じビルの他店に向かう。DAWN−Japan(フィリピンの女性移住労働者支援団体)のスタッフ、大学院生、フィリップ先生、テレビ局のディレクター、フィリピンの歴史研究家、近々NGOを設立しようとしている方、私、と職種もバラバラな上、極めて女性比率の高い、フィリピンパブの客として似つかわしくない奇妙な集団が、男1女2の3グループに別れて、いざ入店。

何のためのお墨付き?優良店の謎

 店内に入るとチャゲ&飛鳥の「YA−YA−YA」が大音響で歌われている。辺りを見渡すと、なるほど、これを歌いそうな世代が客層だ。おそらく30代。フィリピンパブ=中高年のおじ様というイメージがあったので、これはちょっと意外だ。私たち以外の客はその30代と思われるサラリーマン風の2グループ(どちらも数人で仕事仲間と来ている様子)と、中年の恰幅の良いおじさんと、どう見ても大学生と思われるメガネの青年、の4グループだ。土曜の夜だというのに人が少ない気がするが、これでも多い方なのだそう。
 席に着くと3人のフィリピン女性たちがやってきた。こちらも3人。1人ずつ隣に座って接客を始める。彼女たちは肩の開いた真っ赤なロングドレスを着ている。いや、ドレスというより、大きな布を湯上りにバスタオルを巻くような感じで巻いたらこうなりましたというような装いだ。それが制服なのだろう。どの女性も同じ格好をしている。
 ドリンクを注文すると、3人が「お水が欲しい」と言う。どうやら彼女たちの分の酒が欲しいという意味らしい。あいにくこっちは貧乏取材でそんなに大枚叩く気がしない。景気の悪い客で申し訳ない。そう心の中で呟きながら断ると、仕方なしに立ち上がって、グラスに水を入れて戻ってくる。客が酒を注文してくれないと彼女たちは本当に水しか飲ませてもらえないのか。本当に申し訳ない。
 私の隣に座った女性は色白で中華系の顔立ちをしている。彼女の名は「ハニー」。25歳。他の客は相変わらず懐かしい歌を熱唱しているか、英語の歌をフィリピン女性とデュエットしている。懐かしいと言っても、私がまだ生まれていない時代か幼少期に流行った歌、懐かしいという感覚すら私にとっては薄い歌。メガネの青年はさっきから英語の歌を熱唱しているのだが、隣に付き添っているフィリピン女性はとてもつまらなそうだ。マイクのコードを持って、退屈そうに客席を見ているから目がよく合う。青年は1人で酔いしれている感じ。そんな妙な空間で、隣に座っている女性と自己紹介し合っていると段々感覚が麻痺してくる。
「日本に来てどれくらいになるんですか」
「3ヵ月くらい」
彼女との会話が吉田拓郎の「結婚しようよ」を大音響で歌う声にかき消される。
 そうこうしている内にショーが始まる。スタイルの良いダンサーが、先ほどまでカラオケに使われていた舞台に勢いよく出てきて踊り出す。ラメの入った水着だか下着だか分からないものに黒い透け透けの半そでシャツを羽織っただけの格好で。これが例の入管の審査をパスするためのショーだ。
ところで、この入管の審査の基準がよく分からない。「ハニーさんも踊ったりするんですか」と聞いてみる。「いいえ、私は踊れません」。「??」。いくらショーを毎日やろうが、ダンサーや歌手など興行ビザに合った労働をしている人がいようが、ダンサーでも歌手でもない、接客業務だけをやっているホステスが事実こうやって私の隣で接客をしているのだから、審査に意味はないのではないだろうか。その審査が本当に「契約と違う仕事をしているエンターティナーたち」を雇っている店を摘発する目的で行われているならば。
 確かにショーで歌っている女性は先ほどのカラオケとは違って上手い。厳しい倍率を通過した、興行ビザの本来業務に就ける一握りの人材なのだろう。フィリピンの民間エンターティナー養成・斡旋業者の1つ、Empire Internationalには、ほぼ毎日、日本から斡旋業者や出演店オーナーがやってきて50人ほどの女性を対象にオーディションを行い、その中から3人ほどが選ばれる。しかし、そのほとんどが「容姿」のチェックに過ぎないのだという。日本人プロモーターによるオーディションを受ける前に、TESDA(技術教育・技能開発庁)による資格試験を受け、合格者にはPOEA(海外雇用庁)よりARBが発行されることになっている。しかし、一連のプロセスの中で、偽造ARBの発行や試験での不正といった違反行為が、大量の金のやりとりを介して横行しているという(「人身取引対策行動計画」では、興行ビザ取得条件からこの政府発行の認定資格ARBを削除することになった)。また、受験料1人1300ペソ(日本円で約2600円)を払えば2回までチャレンジでき、2度落ちた人は再度1ヶ月トレーニングを受けて挑戦できる仕組みになっている。つまり、本来業務に就くための倍率は高いが、ある程度の容姿と訓練を受ける金があればエンターティナーにはなれるということ。
 ハニーさんは歌を歌うのが苦手らしい。もともとプロのタレントだけを受け入れていた頃(1980年)は、フィリピンから日本へ来るエンターティナーの数は1万3407人だった。それが今の8万48人になってもタレントの需要は変わらないであろうから(実際、この店でもホステス20人くらいに対して、ショーの出演者は3人ほどしかいない)、ハニーさんのような歌も踊りも上手くないという女性は、タレント業務以外の仕事、つまり、接客業務中心のホステスの職に就くことになるというのは簡単に分かりそうなこと。
 店に来る前にフィリピンの放送局ABS-CBNが制作したドキュメンタリー『Japayuki』を見た。エンターティナーの実態(資格取得のための訓練から働くまで)を追ったものだった。これはフィリピンで実際に放送されたもので、多くのフィリピン人が見ている。だが、エンターティナーとして日本で働くことを目指すフィリピン女性のほとんどが、ホステスの仕事をさせられることもあることを知っていても、自分はタレントだから自分には起こらないことと思っているという。

ハニーとアキ

 ハニーさんが日本に来たのは5回目。今回は3ヶ月ビザで来て今月(12月)フィリピンに帰るのだそう。「フィリピンでクリスマスやるからね、そうじゃなかったらもっといたいけど」と言いつつ、「2000年、2001年、2002年、2003年、クリスマスもお正月もフィリピンに帰ってない」、「クリスマス前に帰れる、うれしい」と、本当はとても嬉しいのだと思う。日本ではディズニーランド、チャイナタウン、上野に行ったことがあるそうだ。日本での仕事は別につらくないと言う。「フィリピンには仕事ないから、フィリピンの人はみんな心が良いから家族のために働く」と彼女は力強く言う。そこまで言い切られると返す言葉がない。
 アキさんは「アナタ春ね、ワタシ秋ね」と陽気に話す気さくな人。初めて日本に来たのは17歳。それから、10年の間に6回もエンターティナーとして日本にやってきた。その間、平塚や足立区でも働いたことがあるそうだ。エンターティナーたちは皆スタイルが良いが、比較的ふくよかな彼女は、「Dカップ」と自分の腹をつまんでおどけて見せる。そんな彼女も「初めて(日本に)来たとき日本語全然分からなくて毎日泣いた」、「お客さんが胸を触ってくるのでヌーブラをしている」と、時折哀しそうな顔をする。
 フィリピンからのエンターティナーにはゲイの人もいる(女性エンターティナーと同じようなプロセスで日本に入ってくる)。この店と同じフロアにオカマバーがあり、オーナーが同じだという。2人も初めの2ヶ月はその店で働き、今の店に移ったのだそうだ。

予想と現実

 彼女たちは話をするより、カラオケをすることを要求してくる。「何か歌って〜」。話の途中で何度もせがまれた。場を持たせるのが大変なのだろうか。聞きたいことの核心に迫る前に45分が過ぎてしまった。この店は45分で1人2000円。先ほどの30代サラリーマン風の人たちは既に帰っていた。22時くらいに帰ったから19時くらいから来ていたと勝手に想定して、3時間普通に飲んだだけだと1人6000円。フルーツの盛り合わせが3000円くらいだったから何か食べたとしても1人1万円を切る。バブル期だと一晩で1人3〜4万円以上は使っていたという。今は1セット3000円が相場だが、バブル期は8000円から1万8000円くらい。レディスドリンクもおつまみも今は客次第だが、昔は客がコントロールできずタレントの言いなりだった。中には3〜4人の女性を同伴して同伴料2万円、居酒屋で飲んで、食べて2万円、1回で10万円なんていう人もいたという。フィリピンパブにはまってしまうと、3〜6ヶ月(お気に入りのタレントが働いている期間)に2〜3百万円、店に落ちる金額だとして店長たちは皮算用をしていた。例えば人気のあるタレントは6ヶ月の間に常連さんを5人ゲットしたとすると1千万円くらいの売り上げになる(この場合、彼女の給料は30万円くらい。店は120万円は払っているが、仲介業者に取られる)。売り上げが3分の1以下に下がった挙句、同伴が禁止になれば、それは優良店が潰れていくのも無理ない。
 フィリピン訛りの「どうもありがとうございました〜」というにぎやかな声に見送られて外に出る。

 フィリピンパブからの帰り道、私は混乱していた。その晩泊まる予定の潮見教会に到着しても気持ちは晴れなかった。
 以前、日本でホステスの仕事をしていたタイ人女性に会ったことがある。350万円もの借金を背負わされていた彼女は、いわゆる人身売買の被害者だった。タイの女性は単純労働のビザがあれば日本でホステスではなく、その仕事をしたいのだという。実際、彼女も借金返済後は布団屋や団子屋という仕事に就いていた。そんなことから、フィリピンの女性もタイの女性と同様、ホステスの仕事ではなく他の仕事がしたいのだと思っていた。
 ところが、フィリピンパブで出会った彼女たちは、タイの女性とは明らかに様子が違っていた。現に5回も6回も来ているハニーとアキは仕事内容を知らないはずはない。仕事に必ずしも満足しているわけではないが、家族のためには仕方が無いと完全に割り切っている様子だった。フィリピンのエンターティナーは借金もなく、外国人ホステスの中では待遇が良い方だという。外国人ホステスの待遇は、欧米・中国・韓国出身者が良く、次のランクがフィリピンで、タイなどその他の東南アジア諸国出身者はその下の最低レベルの待遇を受けているのだそうだ。同じホステスの仕事を経験したタイの女性とフィリピンの女性で様子が違っていた所以はそこにある。単純労働が認められても仕事がきつくてホステスの仕事に戻るかもしれない。そうなった時、もし興行ビザでの入国が制限されていたら……。そうなればタイの女性のように借金を背負わされたりということにもなりかねない。

現実味を帯びて行く……

 そんな、単純労働者受け入れが必ずしも人身売買の解決に直結するとは限らない、全ての女性移住労働者のためになるとは限らない、と思い始めた頃のこと。おりしも、政府は「人身取引対策行動計画」を練っていた。その中には「人身取引を防止するための諸対策の推進」として、「興行」の在留資格・査証の見直しが挙げられている。3日後(2004年12月7日)には策定された。
 2004年10月にはマニラで行われたフィリピンとの自由貿易協定(FTA)第5回交渉で日本政府が看護師・介護士受け入れに関して在留期間制限を事実上撤廃する方針を示した。11月にはラオスで行われた2国間協議(EPA)にて、とりあえず200名(介護士100名、看護師100名)の労働者受けいれを合意している。
 フィリピンでは既に200以上の許可を受けた業者があり、約8万人が介護士・看護師を目指して勉強しているという。構造はエンターティナー派遣と同じで、エンターティナー派遣時のプロモーター、店、ブローカーが、それぞれ、訓練機関、介護センター、派遣業者になっただけだ。先ほど紹介した民間エンターティナー養成・斡旋業者Empireでも、エンターティナーに引き続いて現在、日本向けの介護労働者の養成にも力を入れ始めている。しかし、「エンターティナーの送り出しはやめない」。DAWN−JAPANのスタッフがEmpireを訪問した際、代表のNieva氏はそう断言していたという。

そして振り出しに戻る

 翌日、明け方5時まであれこれ考え、もやもやした気持ちのまま、目黒教会CTIC(カトリック東京国際センター)事務所のアグネス・ガットパタンさんに会いに行った。CTICはカトリック東京教区が運営している外国人のための相談支援センターだ。大使館に行くよりも身近な教会で相談を受けるために設立された。事務所はフィリピン人が多く住む目黒、亀戸、千葉にある。
フィリピンの女性たちは合法的な単純労働のビザがあればその職に就きたいのか、聞いてみた。CTICに相談に来るエンターティナーたちも可能なら昼の仕事を希望しているそうだ。しかし、ある女性がホステスを辞めてベットメーキングの仕事をしていたが、大変だから知人に誘われて夜の仕事に戻っていったという話もあるという。
 では、介護士・看護師として日本に来た場合も、ホステスの仕事に戻るのだろうか。年輩の人は戻らないだろうが、若い人は夜の仕事に戻るかもしれないという。例えば、札幌のフィリピンパブでは、興行ビザでの資格外労働が取り締まられたために、日本人と結婚・離婚した女性が働いているそうだ。このことは、興行ビザでの入国を制限しても日本にいる人(日本人の配偶者など)はフィリピンパブで働く可能性があることを示唆している。「不法で残る人も出るかもしれない」とアグネスさんは言った。
 合法的な単純労働ビザの発給が人身売買の解決につながるという考えが覆されて、振り出しに戻った感じだ。何がフィリピン女性のためになるのか分からなくなってしまった。でも、そんな女性たちの境遇を利用して、金儲けする人たちがいるわけで、それを許容するわけにはいかないと私は思う。今回行ったフィリピンパブは、たまたま優良店だったから待遇も悪くなく、リピーターのエンターティナーも多かった。しかし、フィリピンでリクルートするプロモーターたちは初めての人を狙うという。入管の手の届かない開き直り店もどのくらいあるのか不明だ。
 だからと言って興行ビザ発給の厳格化と介護士・看護師の受け入れをすべきでないと、ここで言いたいのではない。ただ、日本の買春市場の大きさが変わらない限り、新たな悲劇を作り出しかねない。興行ビザ厳格化と介護士・看護師受け入れで、新たにフィリピン人エンターティナーを2003年実績8万人から10分の1の8000人にするという。エンターティナーが数としては減って、早期に人身取引対策が成功したかに見せかけるにはちょうど良い政策かもしれない。日本政府が人身売買対策に本腰を入れるきっかけとなった、2004年6月に米国務省が出した人身売買に関する年次報告書での「監視対象国」からは、早期に抜け出せるかもしれない。しかし、その奥に潜む闇の買春ビジネスによって生み出される被害者のことまで考えないと成功したとは言えない。
 警察庁生活安全局生活環境課で、人身取引対策に携わっている方に「日本の市場の中で売買春がなくならない限り人身売買もなくならないと思うのですが」と聞いてみた。「需要の問題がある限りなくならないでしょうね。あと教育の問題ですかね」。警察がどんなに摘発してもこればっかりは「需要の問題」としか言い様がない。
 しかし、買春を無くすなんて口で言うのはたやすいけれど、実際やるとなると、それを望んでいない人の多いこと。男女問わず。「最終的には売買春がなくなることが理想だけど、それまでせめて性産業で働く女性たちの地位を向上させるべき」とDAWN−Japanのボランティアスタッフの方が話していた。待遇が改善されれば今の状況よりはマシになるだろう。それでも、2002年に海外出稼ぎをしたフィリピン人エンターティナーが7万3685人、そのうち日本以外の国へ向かったのはわずか439人(フィリピン海外雇用庁調べ)。この数から、日本における需要の大きさの異様さを認識してほしい。日本人の海外買春ツアーが批判され出した頃から、最初は台湾、香港などから日本人客を追って来たが、経済状況が良くなり、続いてフィリピン、タイ、インドネシアなどから来るようになったという。長年に渡って蓄積、拡大を続けてきた、この需要の大きさに少しでも変化があればと、一縷の望みを託してこの章を終わりにする。


2.この国の基準

再び

「(支援金)今はもらえてません」
ひょんなことから数人の難民申請者に出会った。
「えっ、何でですか?」
「分かりません」
彼らは「こっちこそそれが知りたいよ」と言わんばかりに首を横に振った。
 合法的な単純労働のビザの発給が多くの女性移住労働者に望まれているとは限らないと知ってから、私の脳はしばらくフリーズしていた。もう不法就労や単純労働者受け入れについて考えるのはやめようと思った。しかし、彼らに会って、思考停止していた私の脳が再起動することになる。
 
 在留資格を持たない難民申請者には、就労は許されていない。その代わり、生活に困窮している申請者には、外務省から委託されている機関RHQ(難民事業本部)から限定的ではあるが補助金が支給されることになっている。4ヶ月毎更新で、12歳以上の大人は1人につき日額1500円、12歳未満の子ども1人につき日額750円の生活費支給に加え、必要に応じて住居支援が支給される。宿舎借料(限度額)は、単身者4万円、2人5万円、3人5万5000円、4人以上6万円。
 2001年12ヶ月間の保護費受給者は433名(更新した申請者の数も含む。つまり、全員が更新し続けている申請者であれば、3分の1の人数ということになる。その可能性はないにしても、この数よりは少ないことが予想される)。1982年に難民受け入れを開始してから2001年までに難民認定不認定だった人が合計で1721人いる。その内、現在も日本にまだ滞在しており、難民不認定に対し異議申出をしている人の総数は、問い合わせたところ法務省入国管理局でも把握していなかった。それでも、@毎年、難民認定一次審査の難民不認定者の半数以上が一次難民不認定に係る意義申出をしている、A10年以上かけて5〜6回の異議申出をしている申請者もいる、B難民認定手続き関係訴訟の係属中の件数が過去5年間で各年5〜49件ある、などのことから考えると、かなりの数の申請者が現在も手続き中で日本に滞在していると考えられる。不認定者の中で、同じく2001年までの合計で、申請を取り下げた者が340名、異議申出で認定された者が7名いる。法務省入国管理局も外務省の手前、それほど多くの難民申請者を強制退去させてはいないであろう(入管側に問い合わせたがこれも把握していないとのこと)から、仮にそれらを引いた1374名が、現在も手続き中だと考えると、3割(全員が保護費支給申請を更新し続けている申請者だったら1割)ほどしか支給されていないことになる。
 それでも在留資格のある人は就労できるから、もらわなくても何とか暮らせていける。同じく2001年までの合計で、人道配慮による在留が認められた者が219名いる。法務省入国管理局によると、ほとんどの難民申請者が申請時に在留資格を持っていないという。保護費受給者が在留資格のない申請者のみに支給されていたとしても、在留資格のない難民申請手続き中の1155人(2001年)の37%(全員が更新し続けている申請者だったら12%)ほどしか支給されていないことになる。支給されている人の中でも、保護費と住居費両方合わせてもらえていない人は、生活費か住居費どちらかを稼ぐために、就労せざるを得ない。つまり、在留資格のない者でも就労せざるを得ない状況にあるということだ。その上、理由なく補助金給付が打ち切られることがある。難民事業本部援護課の方は保護費打ち切りの理由を「法務省入国管理局の審査過程が終了すれば打ち切ります」と説明していたが、実際は異議申出で難民申請手続き継続中の人でも打ち切られている。
 
難民申請者の話

 就労について触れているため、出身国などの情報は明かせない。
<Iさんのケース>
 支援金がもらえなくなって派遣会社で5年間働いたが、半年前にケガをして今は働いていない。派遣先の土木の仕事で3〜4ヶ月働いた頃ケガをした。その時、労災は一切下りなかった。入管に収容された時、社長は面会にも来なかった。収容されている間に自殺も計ったが、40人くらいの職員が来てできなかった。今は友人から100万円くらい借金して生計を立てている。
<Mさんのケース>
 Iさんの従兄弟のMさんも、同じく保護費がもらえず派遣会社で働いていた。5年前にベルトコンベア−で右手を負傷した。最初は50万円くらい労災が下りた。しかし、それ以後は5回も手術をしたが、1回ももらえなかった。そう言って捲し上げた彼の右腕はズタズタの傷跡が痛々しかった。
<Mさんのケース>
 Mさんも保護費がもらえず、現在は工場での解体のアルバイト(月1週間から10日で8万〜9万)と借金で生計を立てている。保護費がなぜもらえなくなったかは「分からない。家族もいるのに」。静かな人だけど、そう訴えている時の彼の目は真剣で必死だった。
<Jさんのケース>
 Jさんは、保護費に反対だ。少数の限られた人に出すくらいなら働くことを認めるべきだと考えて、保護費の申請をしなかった。工事現場で働いていたが、2003年10月から半年間入管に収容された。出てきてからも工事現場の人の厚意で寮に入れてもらっていたが、不況の煽りで仕事はなかった。その会社が吸収統合され、完全に職を失った。現在、彼は入管に収容されている。

この国では「不法滞在者」

 法務省入国管理局の難民認定に携わっている職員は、難民申請手続き中であろうが入管法違反であれば、強制退去の対象にもなるし、収容もする、と断言していた(UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)は難民申請者の収容を原則的に認めていない)。「難民申請者が不法就労で入管に収容されることもあるのでしょうか」と聞くと、「あります」。「申請の結果が出るのを待たずに収容したりもするのでしょうか」と聞くと、「退去強制手続きと難民認定手続きは別物ですので」。また断言された。それなら、なぜ申請者の就労を認めていないのだろうか。外務省からの保護費を受け取れる人が限られているにも関わらず、就労が認められていなければ、申請をするために日本で生活をすることも困難になる。就労したらしたで不法就労で収容される。そのことについて聞くと、「外務省が保護していますので」。だから保護費を受け取れる人は限られているんだってば。そう思っていると、こう説明を加えた。難民認定していない人に保護の必要はない、と。
 そこで、ふと思い出した。人身取引防止について入管に質問した時に感じたこと(Vol.1)を。入管の仕事は外国人を入れるか、残すか、出すか。人身売買被害者であってもそれは同じ。ましてや難民認定されていない「単なる不法滞在者」に保護や働く権利なんて必要ない。例えそれが「難民認定される可能性がある」難民認定申請者であっても。
 中には難民申請するやいなや収容される申請者もいる。申請をすること自体が収容の原因になってしまうので、収容を恐れて申請しない人、申請したけど取り下げる人も多いのだという。例えば、トルコ国籍クルド人の場合、2004年現在で483人が難民申請し、認定率は未だに0%(同じく2003年G7各国のトルコ出身難民認定率、カナダ66%、フランス(第一次審査)5.1%、ドイツ(同左)12.0%、イギリス(同左)3.3%、アメリカ(異議審査局)37.8%、イタリアは数字記載なし。フランス、ドイツでは異議審査の認定率は第一次審査より高い)。その内、現在も収容に耐えながら申請手続きを継続している数は減っているという。そのような潜在的な難民も、この国では不法滞在者。
 2001年以降、99年12月の難民申請や退去強制手続きの進行により、「仮放免」の取り消しが相次いでいるという。3年以上に及ぶ長期収容や、妻子を残しての家族分離収容、来日したばかりの妻を1人残しての夫の収容なども。また、2003年10月、警視庁・東京都・法務省・東京入管による「不法滞在外国人半減キャンペーン」以降、摘発や仮放免の取り消し、長期無期限収容が相次いでいるそうだ。現在仮放免中のある難民申請者が、「いつ収容されるか分からない」と話していたことがあった。「1〜2年収容所。仮放免。その繰り返し」。祖国の迫害から逃れてきて日本でも迫害を受けているようなものだと話していた。仮放免者は毎月1回、仮放免手続きを更新しに入管に行かなくてはならない(居住地の県外に出る場合もいちいち申請が必要)。その際、入管は(入管法)違反調査を行い、違反者はそのまま収容する。難民認定に携わっている職員に「どういう理由で収容しているのですか」と聞くと、「入管法違反者と一般的に在留状況がよろしくない人」と答えた。「在留状況がよろしくない」と言われても、具体的にどういう人のことか分からない。例えば、「逃亡のおそれがある人とか」なんだそう。これはまた、曖昧な表現である。「逃亡のおそれ」なんかいくらでも捏造できるのではないか。実際、その難民申請者は日本に家族(妻と子)もいて逃亡のおそれがあるとは思えない。外務省からの保護費で生活しており、就労しているわけでもない。なのに、いつ収容されるか分からない毎日なのだそうだ。彼の家族や親戚は、18人がドイツ、8人がオーストラリアに逃亡して全員難民と認定されている。弟はオーストラリアで3年で国籍まで取れたのに、彼は10年経っても難民認定されていない。


3.境界線は誰が作ったか

ある非正規滞在者の話

 これまで、人身売買の被害者や難民申請者がどういう状況にあるかを書いてきた。しかし、人身売買の被害者であるかどうか、難民であるかどうか、が問題なのではない。人身売買も難民も非正規滞在者の問題も、抱えている問題はみんな一緒なのだと思う。基本的には受け入れたくないという意識が根底にあるから、国際的に避難を浴びても、お茶をにごしたような解決方法しかできないのではないだろうか。
 ここでは詳しく触れないが、受け入れをしないと言いつつも、実際は人手不足の中小企業や産業界からの要望で研修生として単純労働者を受け入れている。月々10万円の安月給な上、ピンハネ、耐えかねた研修生の逃亡などが問題になっている。また、1990年から日系ブラジル人やペルー人(約23万人)を受け入れるなど、その時々の都合に合わせて条件付で受け入れてはいる。しかし、受け入れる体制を整えていなかったため、義務教育を受ける年齢の外国人の子どもの20〜30%が学校に通っていないなどの問題がある。合法的には受け入れていないが、産業界の都合で、工場や建設などの分野で働いている非正規滞在の外国人も沢山いる(http://www.moj.go.jp/PRESS/040518-1/b10.html)。ここでは、実際受け入れないと言いながらも、需要があるがため非合法で受け入れている結果、彼らがどういう状況にあるか紹介したい。
 バングラディッシュ出身のTさんは、日本に来て7年になる。観光ビザで韓国に入り、5年くらい働いた後、もっと稼げると言われていた日本へ船で不法入国した。なぜ不法入国したかは、「(日本は)ビザを取るのがめんどう」と言っていた。
 最初は千葉の自動車部品会社で働き、ビザの件でクビになった。次に群馬の部品会社で働いていたとき、右手の中指切った。そう話しながら見せてくれた彼の指は、第一関節の辺りでざっくり切り落とされていた。2ヶ月病院に入院したが、会社からは一銭も金が出なかった。ある支援団体に相談に行って労災に入った。ケガをする前の2ヶ月分の給料(60万円)は、裁判しているが、未だに払われていない。現在は通院中で、その支援団体でボランティアをしている。
 取材当時、「来年国に帰る」「日本、外国人に対して厳しいでしょ」「捕まると大変だから」と言っていた彼は、もう日本にいないかもしれない。

非正規滞在者=凶悪犯罪者というイメージ

 非人道的なように感じられるが、入管は入管法に則って非正規滞在者を摘発しているにすぎない。では、なぜ入管法がそうなっているのか、つまり、なぜ非正規滞在者はどういう状況であろうと摘発すべき対象となっているのか。その理由の1つに、治安との関係があると思う。
 警察庁生活安全局生活環境課の方に「合法的な就労方法があればブローカーを頼らずに済むし、不法滞在・就労も減ると思うのですが」と聞いた。返ってきた答えは「どのような就労を受け入れるのかは国の政策の問題」。そうなれば理想的だが、単純労働者受け入れについては国が決めたことだという。法務省入国管理局も社会保障、教育、日本人の労働への影響などの観点から、各省庁・政府が決めていることだという見解だった。つまり、すべては日本人の受け入れる体制にかかっている。
 では、日本人の受け入れる意識はどうかというと……。内閣府が行っている「外国人労働者の受け入れに関する世論調査」(2004年5月)というものがある。専門的な技術、技能や知識を持っている外国人の入国は認め、単純労働に就労することを目的とした外国人の入国は認めていない制度についての考えを聞いたところ、「今後とも専門的な技術、技能や知識を持っている外国人は受け入れ、単純労働者の受け入れは認めない」と答えた者の割合が25.9%、「女性や高齢者など国内の労働力の活用を優先し、それでも労働力が不足する分野には単純労働者を受け入れる」と答えた者の割合が39.0%、「特に条件を付けずに単純労働者を幅広く受け入れる」と答えた者の割合が16.7%、「分からない」が17.7%となっている。「受け入れる」と答えた者が55.7%と過半数だったのに対して、「単純労働者を受け入れない」と答えた者の割合は25.9%だったが、「単純労働者の受け入れを認めるべきではないと考えるのはどうしてか聞いたところ、「治安が悪化するおそれがある」を挙げた者の割合が74.1%と最も高かった。
その意識はどこから来ているかというと、同じく、内閣府が行っている「治安に関する世論調査」(2004年7月)というものがある。ここ10年間で日本の治安はよくなったと思うか聞いたところ、「よくなったと思う」とする者の割合が7.1%、「悪くなったと思う」とする者の割合が86.6%となっている。さらに、ここ10年間で日本の治安は「悪くなったと思う」とする者(1816人)に、治安が悪くなった原因は何だと思うか聞いたところ、「外国人の不法滞在者が増えたから」を挙げた者の割合が54.4%と最も高かった。また、自分や身近な人を犯罪に巻き込むかもしれないと不安になる組織や個人は何かと聞いたところ、「情緒不安定な人や怒りっぽい(すぐ切れる)人」を挙げた者の割合が49.9%と最も高く、その次が「外国人の犯罪グループや不法滞在者」(43.2%)だった。
 では、この不安はどこから来ているかというと、警察庁が出している外国人犯罪率と入管や都及び警視庁の不法滞在者摘発キャンペーンとマスメディアでの取り上げ方にある。2003年10月、法務省入国管理局、東京入国管理局、東京入国管理局、東京都及び警視庁で首都東京における不法滞在外国人対策の強化に関する協同宣言を出し、不法滞在者の摘発強化や効率的な退去強制などを推進することとした。また、同年12月犯罪対策閣僚会議において「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」が取りまとめられ、犯罪の温床となる不法滞在者を今後5年間で半減させるために「水際における監視、取り締まりの推進」、「不法入国・不法滞在対策の推進」、「外国関係機関との連携強化」等の施策を推進することとされた。2003年には、全国から入国警備官を東京入国管理局に応援派遣の上、東京都内を中心に入管法違反者の集中摘発が行われ、退去強制手続きを執った入管法違反者は、前年度比9.5%の増加となった。
 この摘発の根拠となった外国人犯罪率統計を見てみると(http://www.npa.go.jp/sosikihanzai/index.htm)、検挙数は確かに増加している。しかし、この外国人犯罪率は日本人の犯罪率に比べて数%に過ぎない(外国人差別ウォッチネットワーク編『外国人包囲網』p11〜12で「来日外国人の犯罪に占める率を見てみよう。すると、長期的に見ても安定して2%前後であることがわかる。逆にいえば、98%前後の犯罪は日本人によるものなのである。外国人犯罪が増加しているという点についてはたしかに短いスパンで見ると増加している。しかし、実数は日本人よりも圧倒的に少なく、また、来日外国人の犯罪以上に日本人の犯罪が増加していることがわかる」と図入りで説明されている)。
 ところが、警察では外国人犯罪率の増加を広報し、入管では摘発キャンペーンを張り、メディアでも頻繁に取り上げられる。「日本人の犯罪も増加しているにも関わらず、日本人の犯罪の増加よりも外国人犯罪の増加を大々的に広報したり、摘発のキャンペーンを張っているのはなぜでしょうか」と、警察庁の方に聞いてみた。「一般的に言えば増加率が大きいことと凶悪犯罪が多いことではないでしょうか」という答えが返ってきた。しかし、外国人の犯罪の中で凶悪犯罪もこれまた数%である(『外国人包囲網』p13で、「凶悪犯罪とされる犯罪は、日本人でも来日外国人でも、ともに一般刑法犯の1%に過ぎない。きわめて微小であるだけでなく、日本人と来日外国人との間に顕著な違いも見受けられない。さらに図4で確認できるように、この間の凶悪犯の増加といわれるものは、日本人による凶悪犯の増加の影響がほとんどであることが、明らかである」と図入りで説明されている)。ある警察官から、「一時の情に惑わされるべきではない。事実外国人犯罪は増えているのだから」と言われたことがある。しかし、日本人の犯罪よりも外国人の犯罪を大きく取り上げることだって情に惑わされていることになる気がするのだが。

悪循環

 一方、マスメディアの外国人犯罪報道については、アムネスティ・インターナショナル日本がWeb上でこんなデータを報告している。日本人の犯罪の客観件数31万4015(1998年度前半に朝日新聞上で報道された件数を2倍にした数値)に対し、報道件数4826で報道率1.54。一方、外国人の犯罪の客観件数10248に対し、報道件数390で報道率3.81、対日本人比率2.56(参考:奈良大学社会学部間淵領吾「外国人犯罪」2001年6月12日)。
 「外国人による犯罪と比較した場合その1%を占めるに過ぎないにも関わらず、マスメディアが外国人犯罪を報道として取り上げる率が高いことが、明らかになっている。これは、『外国人ということ自体にニュース性がある』(旗手・箱石『来日外国人人権白書』明石書店、1997年、p322)。『外国人労働者あるいは外国人にかんする最近の報道のもうひとつの特徴は、外国人犯罪の問題をあまりにも誇張しすぎることである。たとえば、一つ犯罪事件が起きると、マスコミは事件そのものの報道よりも、<ドコドコ人が強盗><ナニナニ人が密輸>などの人目をひく見出しで飾り、外国人にたいする先入観を植えつけている』(百瀬宏・小倉充夫『現代国家と移民労働者』有信堂、1992年、p31)」(アムネスティ・インターナショナル日本(http://www.amnesty.or.jp/multiculture/f_crime.pdf))。
 「治安に関する世論調査」でもこんな結果が出ている。日本の治安に関心があるとする者(1698人)に治安に関心を持ったきっかけを聞いたところ、「テレビや新聞でよく取り上げられるから」を挙げた者の割合が83.9%と最も高かった。治安に関する情報の入手方法でも、「テレビ・ラジオ」を挙げた者の割合が95.7%と最も高く、以下、「新聞」(80.1%)、「家族や友人との会話など」(32.3%)、「自治体や自治会の広報」(18.1%)などの順になっている。
 この警察・入管とメディアの協同キャンペーンは日本人の外国人に対する意識に大きく影響してきた。国民の外国人に対する意識の変化がはっきりと見られる調査結果が出ている。内閣府の「人権擁護に関する世論調査」(2003年2月)で(http://www8.cao.go.jp/survey/h14/h14-jinken/images/zu21.gif)、外国人の人権擁護についての意見を聞いた。前回(1997年7月)の調査結果と比較すると、「日本国籍を持たない人でも、日本人と同じように人権を守るべきだ」(65.5%→54.0%)と答えた者の割合が低下し、「日本国籍を持たない人は日本人と同じような権利を持っていなくても仕方がない」(18.5%→21.8%)と答えた者の割合が上昇している。また、「外国人労働者受け入れに関する世論調査」(http://www8.cao.go.jp/survey/h16/h16-foreignerworker/images/zu15.gif)で、観光客として入国した外国人、外国人留学生などがホステスや作業員などとして働き、収入を得る事例が生じているが、このことについてどう思うか聞いた。前回(2000年11月)の調査結果と比較して見ると、「よくないことだ」(49.2%→70.7%)と答えた者の割合が上昇し、「よくないがやむを得ない」(40.4%→24.5%)と答えた者の割合が低下している。この結果は、ちょうど警察が不法滞在者一掃キャンペーンを張り出して、メディアも盛んに取り上げ出したのと連動している。
 そして、更に、これらの日本人の意識を参考にして政府は外国人労働者受け入れに関する政策を決定している。受け入れはしないという政府の方針、外国人犯罪増加のキャンペーン→メディアの反応→国民の意識調査の変化→政府の政策というような悪循環が出来上がっているようだ。
 不安の原因は相手をよく知らないからだと思う。私も彼らの現状を知るまではイメージだけが膨らんでいた。外国人ホステスがどんな状況にあるか、難民申請者がどのような生活をしているか、その他の非正規滞在者がどのような状況にあるか、普通に暮らしていたら知る機会がない。どうしても政府やメディアが発表している情報に頼らざるを得ない。インターネットがあるから、自分で探そうと思えば、ある程度の情報は手に入るかもしれない。しかし、非正規滞在者に実際会って話を聞く機会はそうあるものではない。だから、イメージが先行して不安も増す。
 それでも、人身売買被害者や難民申請者は被害や迫害など具体的な現状が見えやすいし、国際的に問題とされているから理解も得られやすいだろう。実際、支援団体が多く、メディアの露出度も高い。「悲劇のヒロイン」に仕立て上げられて登場することも多々ある。しかし、その度に何か変わっただろうか。取り上げられる度に入管批判が高まって、在留特別許可などが個別に出されたりする。ところが、非正規滞在者全体へのイメージが変わったわけではない。氷山の一角のヒロインには同情票が集まるけれど、それは一時的なもの。今回のケースは特別で、それ以外の「不法滞在者」は摘発すべきという意見は根強くある。それは、どちらも個別の事象であって全体を表しているわけではないにも関わらず、大げさに取り上げる報道にも原因があると思う。「悲劇のヒロイン」を取り上げる一方で、外国人の凶悪犯罪を大々的に取り上げる。時には同じ日の紙面を賑わしていることもある。すると、「あぁやっぱり外国人怖いよな」となってしまうのではないか。私自身もそれらの報道に触れていて混乱した。それがこのルポを書く大きな動機にもなった。

おわりに

 ある日、突然、自分がテロリストのアジトに電話をかけていて、それが傍受されていたら、どうするだろうか? まさかと思うだろうが、案外、身近にそういうことが起きたりする。例えば、あなたが学生で、学校の課題で難民について調べていた。疑問に思ったことがあって、ある難民支援団体に電話で問い合わせてみた。実は、そこは彼らの出身国からテロ組織と名指しされていた団体だった。
 唐突だが、誤解を恐れずに聞いてみた。ここで、やっぱり外国人は恐ろしい、日本でテロ活動をしようとしていたんだ、などと思わないでほしい。その「テロ組織」がテロ組織であると誰が決めたのか、落ち着いて考えてもらいたい。
 国を持たない民族、クルド民族がいる。トルコ、イラク、シリア、イラン、アゼルバイジャンなど国境沿いの山岳地帯に居住している。1980年代後半からトルコ政府軍とPKK(クルド労働党)の闘争激化。村の集団移住や治安当局による迫害。90年代半ば、トルコ政府軍の「村の無人化計画」。迫害を逃れたクルド人たちが日本にもやって来て、埼玉県川口市や蕨市に住み始めた(蕨、川口だけで400人くらいいるという)。そして、2003年、その地に「クルディスタン&日本友好協会」をつくり、クルドの文化紹介や地域住民との交流の拠点にした。ところが、トルコ政府から日本政府に「蕨にテロ組織がある」と協会の事務所の撤去要請がきた。日本はトルコと友好関係にある。だから要請に応じた。警察が事務所を強制捜査したこともあったという。そういえば、事務所には物があまりなかった。難民申請者の1人が麻薬を持っているとでっち上げられたことがあったという。それ以来、いつも片付けておくようにしているそうだ。事務所のあるビルはいつもシャッターで閉められていて、外部からの侵入者を恐れているようだった。協会の事務所は常に監視され、電話も傍受されているのだという。それを聞いた時、私は内心驚いた。電話で「爆弾」とか「麻薬」とか言っていたら警察が動いたのだろうか。自分がそういうことを言う必要もなく、あり得ないことだし馬鹿げているかもしれないが、一瞬本気で考えた。けど、彼らが危険だとは思わなかった。その代わり、こんなことを考えた。
 
 ある境界線があって、一線超えると自分の置かれている状況が一変する。それは当たり前のことなのだけど、当たり前すぎて結構見過ごされていることがある。私が出会った人は皆そういう状況にあった。
ある日突然、テロリストになる。
        難民と認定される。
        犯罪者になる。
        被害者になる。
        日本人になる。
その境界線は私たちが勝手に作っているものであって、見直されても良いと思う。もしそれが誤解とか思い込みで作られているのだとしたら。


<参考資料>
外国人差別ウォッチ・ネットワーク『外国人包囲網「治安悪化」のスケープゴート』現代人文社2004年
特定非営利活動法人難民支援協会『難民申請者の住環境に関する状況調査』2004年
DAWN−Japan『DAWN−Japan資料集』2004年
DAWN−Japan第6回フィリピンスタディーツアー報告書『フィリピンと日本の人のつながりって何だろう』2004年
法務省入国管理局編『出入国管理』2004年


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