『犯罪者の仮面を被らされた者たち Vol.2』遊佐春奈
何のためのお墨付き?優良店の謎
店内に入るとチャゲ&飛鳥の「YA−YA−YA」が大音響で歌われている。辺りを見渡すと、なるほど、これを歌いそうな世代が客層だ。おそらく30代。フィリピンパブ=中高年のおじ様というイメージがあったので、これはちょっと意外だ。私たち以外の客はその30代と思われるサラリーマン風の2グループ(どちらも数人で仕事仲間と来ている様子)と、中年の恰幅の良いおじさんと、どう見ても大学生と思われるメガネの青年、の4グループだ。土曜の夜だというのに人が少ない気がするが、これでも多い方なのだそう。
席に着くと3人のフィリピン女性たちがやってきた。こちらも3人。1人ずつ隣に座って接客を始める。彼女たちは肩の開いた真っ赤なロングドレスを着ている。いや、ドレスというより、大きな布を湯上りにバスタオルを巻くような感じで巻いたらこうなりましたというような装いだ。それが制服なのだろう。どの女性も同じ格好をしている。
ドリンクを注文すると、3人が「お水が欲しい」と言う。どうやら彼女たちの分の酒が欲しいという意味らしい。あいにくこっちは貧乏取材でそんなに大枚叩く気がしない。景気の悪い客で申し訳ない。そう心の中で呟きながら断ると、仕方なしに立ち上がって、グラスに水を入れて戻ってくる。客が酒を注文してくれないと彼女たちは本当に水しか飲ませてもらえないのか。本当に申し訳ない。
私の隣に座った女性は色白で中華系の顔立ちをしている。彼女の名は「ハニー」。25歳。他の客は相変わらず懐かしい歌を熱唱しているか、英語の歌をフィリピン女性とデュエットしている。懐かしいと言っても、私がまだ生まれていない時代か幼少期に流行った歌、懐かしいという感覚すら私にとっては薄い歌。メガネの青年はさっきから英語の歌を熱唱しているのだが、隣に付き添っているフィリピン女性はとてもつまらなそうだ。マイクのコードを持って、退屈そうに客席を見ているから目がよく合う。青年は1人で酔いしれている感じ。そんな妙な空間で、隣に座っている女性と自己紹介し合っていると段々感覚が麻痺してくる。
「日本に来てどれくらいになるんですか」
「3ヵ月くらい」
彼女との会話が吉田拓郎の「結婚しようよ」を大音響で歌う声にかき消される。
そうこうしている内にショーが始まる。スタイルの良いダンサーが、先ほどまでカラオケに使われていた舞台に勢いよく出てきて踊り出す。ラメの入った水着だか下着だか分からないものに黒い透け透けの半そでシャツを羽織っただけの格好で。これが例の入管の審査をパスするためのショーだ。
ところで、この入管の審査の基準がよく分からない。「ハニーさんも踊ったりするんですか」と聞いてみる。「いいえ、私は踊れません」。「??」。いくらショーを毎日やろうが、ダンサーや歌手など興行ビザに合った労働をしている人がいようが、ダンサーでも歌手でもない、接客業務だけをやっているホステスが事実こうやって私の隣で接客をしているのだから、審査に意味はないのではないだろうか。その審査が本当に「契約と違う仕事をしているエンターティナーたち」を雇っている店を摘発する目的で行われているならば。
確かにショーで歌っている女性は先ほどのカラオケとは違って上手い。厳しい倍率を通過した、興行ビザの本来業務に就ける一握りの人材なのだろう。フィリピンの民間エンターティナー養成・斡旋業者の1つ、Empire
Internationalには、ほぼ毎日、日本から斡旋業者や出演店オーナーがやってきて50人ほどの女性を対象にオーディションを行い、その中から3人ほどが選ばれる。しかし、そのほとんどが「容姿」のチェックに過ぎないのだという。日本人プロモーターによるオーディションを受ける前に、TESDA(技術教育・技能開発庁)による資格試験を受け、合格者にはPOEA(海外雇用庁)よりARBが発行されることになっている。しかし、一連のプロセスの中で、偽造ARBの発行や試験での不正といった違反行為が、大量の金のやりとりを介して横行しているという(「人身取引対策行動計画」では、興行ビザ取得条件からこの政府発行の認定資格ARBを削除することになった)。また、受験料1人1300ペソ(日本円で約2600円)を払えば2回までチャレンジでき、2度落ちた人は再度1ヶ月トレーニングを受けて挑戦できる仕組みになっている。つまり、本来業務に就くための倍率は高いが、ある程度の容姿と訓練を受ける金があればエンターティナーにはなれるということ。
ハニーさんは歌を歌うのが苦手らしい。もともとプロのタレントだけを受け入れていた頃(1980年)は、フィリピンから日本へ来るエンターティナーの数は1万3407人だった。それが今の8万48人になってもタレントの需要は変わらないであろうから(実際、この店でもホステス20人くらいに対して、ショーの出演者は3人ほどしかいない)、ハニーさんのような歌も踊りも上手くないという女性は、タレント業務以外の仕事、つまり、接客業務中心のホステスの職に就くことになるというのは簡単に分かりそうなこと。
店に来る前にフィリピンの放送局ABS-CBNが制作したドキュメンタリー『Japayuki』を見た。エンターティナーの実態(資格取得のための訓練から働くまで)を追ったものだった。これはフィリピンで実際に放送されたもので、多くのフィリピン人が見ている。だが、エンターティナーとして日本で働くことを目指すフィリピン女性のほとんどが、ホステスの仕事をさせられることもあることを知っていても、自分はタレントだから自分には起こらないことと思っているという。