『犯罪者の仮面を被らされた者たち Vol.2』遊佐春奈

そして振り出しに戻る

 翌日、明け方5時まであれこれ考え、もやもやした気持ちのまま、目黒教会CTIC(カトリック東京国際センター)事務所のアグネス・ガットパタンさんに会いに行った。CTICはカトリック東京教区が運営している外国人のための相談支援センターだ。大使館に行くよりも身近な教会で相談を受けるために設立された。事務所はフィリピン人が多く住む目黒、亀戸、千葉にある。
フィリピンの女性たちは合法的な単純労働のビザがあればその職に就きたいのか、聞いてみた。CTICに相談に来るエンターティナーたちも可能なら昼の仕事を希望しているそうだ。しかし、ある女性がホステスを辞めてベットメーキングの仕事をしていたが、大変だから知人に誘われて夜の仕事に戻っていったという話もあるという。
 では、介護士・看護師として日本に来た場合も、ホステスの仕事に戻るのだろうか。年輩の人は戻らないだろうが、若い人は夜の仕事に戻るかもしれないという。例えば、札幌のフィリピンパブでは、興行ビザでの資格外労働が取り締まられたために、日本人と結婚・離婚した女性が働いているそうだ。このことは、興行ビザでの入国を制限しても日本にいる人(日本人の配偶者など)はフィリピンパブで働く可能性があることを示唆している。「不法で残る人も出るかもしれない」とアグネスさんは言った。
 合法的な単純労働ビザの発給が人身売買の解決につながるという考えが覆されて、振り出しに戻った感じだ。何がフィリピン女性のためになるのか分からなくなってしまった。でも、そんな女性たちの境遇を利用して、金儲けする人たちがいるわけで、それを許容するわけにはいかないと私は思う。今回行ったフィリピンパブは、たまたま優良店だったから待遇も悪くなく、リピーターのエンターティナーも多かった。しかし、フィリピンでリクルートするプロモーターたちは初めての人を狙うという。入管の手の届かない開き直り店もどのくらいあるのか不明だ。
 だからと言って興行ビザ発給の厳格化と介護士・看護師の受け入れをすべきでないと、ここで言いたいのではない。ただ、日本の買春市場の大きさが変わらない限り、新たな悲劇を作り出しかねない。興行ビザ厳格化と介護士・看護師受け入れで、新たにフィリピン人エンターティナーを2003年実績8万人から10分の1の8000人にするという。エンターティナーが数としては減って、早期に人身取引対策が成功したかに見せかけるにはちょうど良い政策かもしれない。日本政府が人身売買対策に本腰を入れるきっかけとなった、2004年6月に米国務省が出した人身売買に関する年次報告書での「監視対象国」からは、早期に抜け出せるかもしれない。しかし、その奥に潜む闇の買春ビジネスによって生み出される被害者のことまで考えないと成功したとは言えない。
 警察庁生活安全局生活環境課で、人身取引対策に携わっている方に「日本の市場の中で売買春がなくならない限り人身売買もなくならないと思うのですが」と聞いてみた。「需要の問題がある限りなくならないでしょうね。あと教育の問題ですかね」。警察がどんなに摘発してもこればっかりは「需要の問題」としか言い様がない。
 しかし、買春を無くすなんて口で言うのはたやすいけれど、実際やるとなると、それを望んでいない人の多いこと。男女問わず。「最終的には売買春がなくなることが理想だけど、それまでせめて性産業で働く女性たちの地位を向上させるべき」とDAWN−Japanのボランティアスタッフの方が話していた。待遇が改善されれば今の状況よりはマシになるだろう。それでも、2002年に海外出稼ぎをしたフィリピン人エンターティナーが7万3685人、そのうち日本以外の国へ向かったのはわずか439人(フィリピン海外雇用庁調べ)。この数から、日本における需要の大きさの異様さを認識してほしい。日本人の海外買春ツアーが批判され出した頃から、最初は台湾、香港などから日本人客を追って来たが、経済状況が良くなり、続いてフィリピン、タイ、インドネシアなどから来るようになったという。長年に渡って蓄積、拡大を続けてきた、この需要の大きさに少しでも変化があればと、一縷の望みを託してこの章を終わりにする。


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