『犯罪者の仮面を被らされた者たち Vol.2』遊佐春奈
難民申請者の話
就労について触れているため、出身国などの情報は明かせない。
<Iさんのケース>
支援金がもらえなくなって派遣会社で5年間働いたが、半年前にケガをして今は働いていない。派遣先の土木の仕事で3〜4ヶ月働いた頃ケガをした。その時、労災は一切下りなかった。入管に収容された時、社長は面会にも来なかった。収容されている間に自殺も計ったが、40人くらいの職員が来てできなかった。今は友人から100万円くらい借金して生計を立てている。
<Mさんのケース>
Iさんの従兄弟のMさんも、同じく保護費がもらえず派遣会社で働いていた。5年前にベルトコンベア−で右手を負傷した。最初は50万円くらい労災が下りた。しかし、それ以後は5回も手術をしたが、1回ももらえなかった。そう言って捲し上げた彼の右腕はズタズタの傷跡が痛々しかった。
<Mさんのケース>
Mさんも保護費がもらえず、現在は工場での解体のアルバイト(月1週間から10日で8万〜9万)と借金で生計を立てている。保護費がなぜもらえなくなったかは「分からない。家族もいるのに」。静かな人だけど、そう訴えている時の彼の目は真剣で必死だった。
<Jさんのケース>
Jさんは、保護費に反対だ。少数の限られた人に出すくらいなら働くことを認めるべきだと考えて、保護費の申請をしなかった。工事現場で働いていたが、2003年10月から半年間入管に収容された。出てきてからも工事現場の人の厚意で寮に入れてもらっていたが、不況の煽りで仕事はなかった。その会社が吸収統合され、完全に職を失った。現在、彼は入管に収容されている。